僕ら兄弟六人はいつまでもずっと横並び。顔も性格もやる事も、生き方でさえ、ずっと同じ道を歩いていくものだと思っていた。
それがただの願望で、僕の独り善がりなのだと気づいたのは高校に入学して少ししてからだ。
おそ松兄さんとトド松は元より人の輪に入るのが得意だったから、誰かが「松野」と言えばだいたいはこの二人のどちらかのことだった。二人の周りには常に人が絶えなくて、僕はこいつらにコミュ力とやらを全部吸い取られたのだと確信した。
カラ松は中学から始めた演劇を高校でも入部して更にどっぷりハマったのか、知らないうちに普段から演技がかった振舞いの気持ち悪い奴になっていた。それまでは喧嘩っ早くて、空回りばかりだけど、なにに対しても当たって砕けろってタイプだったのが、途端に大人しくなってしまったのは少なからず衝撃があった。昔は少し憧れていた部分もあったのに、今では死んで欲しいとしか思えない。僕の落胆などアイツが知る由もないけど。
十四松は高校に入ってから大人しい性格を一変させ、箍が外れたように明るくなってしまった。多くの運動部に入って、超人的な身体能力と底抜けの明るさを手に入れたらしい。僕には考えられない行動力だが、これはあいつなりに他の兄弟の変化に合わせて変わろうとした結果なのかもしれない。きっと僕より、あいつは兄弟の変化に敏感で、それが怖くて仕方なかったんだろう。
チョロ松兄さんは十四松と正反対。あれだけ悪戯や問題を繰り返す悪ガキだったのに、おそ松兄さんが落ち着いてしまった途端に、拠り所を失くしたみたいに静かになってしまった。頭が悪いくせに勉強なんかに励んじゃって、友達の趣味も変わって、チョロ松兄さんの居場所は図書室ばかりになった。
僕はと言えば、そんな兄弟の変化について行けず、かと言って変わらない自分も嫌で、根っからの真面目な性分が災いしてか、考えすぎた結果、自分の殻に篭ることを選んでしまった。
僕らはよく「〇〇な松野、〇〇の松野」などと呼ばれていた。例えば十四松なら「元気な松野」、カラ松なら「演劇部の松野」といった感じ。おそ松兄さんとトド松は、殆んどのクラスメイトに苗字の呼び捨てか名前で呼ばれていたから、この限りじゃない。
そして僕は「根暗な松野」とよく呼ばれていた。直接そう言われたわけじゃないし、僕に話しかける奴なんてのは殆んど居なかったから、僕は僕の呼び名を第三者の立ち位置でよく耳にしていた。
ここまでの話で分かってもらえたと思うけど、僕には友達が居なかった。中学まで居た友達は、結局僕の友達ではなかったようだ。同じ高校に進学した友達だった奴らはいつの間にか僕に話しかけることも無くなって、かと言って新しい友達なんて作れるわけもなく、僕は高校進学して早いうちに独りきりになった。そのことを不便に感じたことは特に無かった。あの日、現国の教科書を忘れるまでは。
まぁ別のクラスの兄弟に借りればいいや、なんて思っていたのだけど、どいつもこいつも現国だけ忘れてきやがって使い物にならない。その日は僕の出席番号と同じ日付で、あの先生なら絶対に僕に当てるのだろうと簡単に予想がつく。授業開始前から、憂鬱で背中が丸まる思いだった。
「あ、じゃあなまえちゃんに借りられないか聞いてみるよ」
そう言ったのはトド松で、僕は見も知らない女の子に教科書を借りるなんて絶対に御免だったのに、「いいからいいから」なんて押し切られて、一分も待たずにトド松が僕らより背の低い可愛らしい女の子を連れて来た。家族以外と目を合わせたり話したりすることから遠ざかっていた僕は、これでもかと言うほど脂汗を掻いて、それはもう挙動不審だったのだけど、その子は僕の顔を見てにっこりと笑って見せたのだ。久しぶりに、誰かに笑いかけられた。
「わあ!本当に新しい松野くんだー!私、みょうじなまえ!よろしくね」
明るく話しかけられて、差し出された手。僕はその手を見下ろしても、相手の意図が分からずおろおろするだけ。今考えても僕の第一印象は最悪だったと思う。それなのに、彼女は僕が手を取ろうとしないのも気にせず、もう片方の手に持っていた教科書を差し出してくれた。
「はい、これ教科書。色々書き込みとかもしてるけど気にしないでね」
ありがとうの一言も言えず、覚束ない手で教科書を受け取った僕は、やっぱりなにか言わなきゃいけないと思って、目を泳がせて汗を掻くばかり。トド松はそんな僕を見てニヤニヤするだけのクソ野郎だったので、助けは望めない。かと言って、その場から動こうともしない僕。実は緊張しすぎて足が縫い止められたように動かなかったんだ。
「松野くん、下の名前は?」
顔を覗きこまれて、ギクリとした。名前と言われても、僕は咄嗟になにも言えなくて、カラカラの口の中で何度も彼女の質問を繰り返していた。
「い…いち、まつ、…だけど」
それが僕が言えた精一杯だった。それなのに、彼女は凄く嬉しそうに笑って、今度は無理やり僕の手を取って上下にぶんぶんと振った。その時僕の頭は手汗のことばかり心配になって、あれから一度も触れたことがない彼女の手の柔らかさだとかを憶えていないことがひどく悔やまれる。
「これからよろしくね、一松くん」
彼女、なまえちゃんは、初めて僕を「僕」だと認めてくれた他人だった。
ぼんやりした気持ちのまま現国の授業が始まって、案の定僕は先生に朗読をするよう当てられてしまった。渋々と僕は席を立つ。声変わりで掠れて低くなってしまった自分の声もコンプレックスだった僕にとって、人前で声を出すっていうのは拷問に近い行為だった。これらはのちに好意的に受け入れるよう自分を変えていったのだけど、その頃の僕はまだ完成していなかったんだ。
「おーい松野、早くしろー」
先生の声も、ニヤニヤくすくすと聞こえる小さな笑い声も、全部が僕を馬鹿にしているように聞こえて、教科書を持つ手が震えた。指定されたページを開いて、指定された行に視線を滑らせる。たどたどしく読み始めると、教科書の書き込みが目についた。漢字の横には細かな字でルビが振ってあったり、難しい熟語の横には線が引いてあって「調べる!」なんてメモ書きがされてあった。それだけでも結構我慢していたのに、捲った次のページの下部に、「主人公イメージ」と題された絵が描いてあって、思わず僕は笑ってしまった。
突然吹き出した僕に、クラス中の視線が集まって吐きそうだったけど、そこからは全部早口で読み終えてさっさと席に座った僕には、それ以上なにかを尋ねてくる奴も居なかった。
僕の、なまえちゃんに対する第一印象は「面白い子」。教科書を借りたことと、その書き込みが切っ掛けで、僕はなまえちゃんと話しをするようになった。友達なんていらないと思ってたし、今だって友達なんて裏切るだけだって思ってるけど、それでもなまえちゃんはきっと僕の友達なのだと思う。それだけで僕にとっては貴重な存在だ。
トト子ちゃん以外で、初めてお近づきになれた女の子。僕を六つ子の一人じゃなく、「一松」だと呼んでくれるなまえちゃんに、単純な話だけど僕は友情以上の感情を抱いてしまった。
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「そっか、最初に一松兄さんとなまえちゃんを引き合わせたのボクだったっけ」
半ば無理やりにアルコールを注ぎ込んだ結果、一松兄さんは意外にも饒舌になまえちゃんのことについて話してくれた。貝の顔色は真っ赤だ。僕も一松兄さんに飲ませる過程で結構飲んでしまった。程良い酔いが心地良い。
「それでぇ、一松兄さんは結局なまえちゃんになんて告白して、なんて断られたわけ?」
「なんでそんなことまで言わなきゃいけないの…」
「えー、いいじゃんいいじゃん!気になるし!」
「…べつに、普通だよ」
「普通ってー?好きですー!とか?」
「…………か、って」
「え?」
「ぼくを…飼ってくれないか、って」
「それ全然普通じゃないよ!?え、それなまえちゃんなんて答えたの!?」
「え…?「そういうのはよく分からないから、友達でいよう」って」
「なまえちゃん相変わらず優しいな!!いや、ていうか一松兄さん、それ多分なまえちゃんになんにも伝わってないよ!!」
「えっ?なんにもって…?」
「だから、なまえちゃんは一松兄さんに告白されたなんて思ってないって絶対!!」
「え、マジで」
「いや、もう、うん!マジで!!」
「………マ、マジで」
むしろそれで告白したと思えていたのが不思議で仕方ない。数年越しの事実に打ちのめされて愕然としている一松兄さんには悪いが、なまえちゃんは絶対に一松兄さんの意図に気づいていないし、一松兄さんの精一杯の好意にすら気づいていないだろう。とりあえず、特殊性癖を持つ兄の丸くなった背中を撫でてあげた。
「…んぇ、ここ…どこ…」
「あ、チョロ松兄さん起きた」
「あー…トド松?え、なに、…どこ」
涎を拭いながら起きたチョロ松兄さんは、開け切らない虚ろな目できょろきょろと辺りを見回している。上手いこと色々忘れてくれてるみたいで安心した。
「ほら、居酒屋。チョロ松兄さんが飲もうってボクらのこと誘ったんでしょ?」
「…あー…うん、そう、だったかも…」
「チョロ松兄さんもまだ飲むでしょ」
「……いや、水…もらう…」
「じゃあ、これ飲んでいいよ」
「ありがと…」
手渡したのは日本酒のコップ。疑いなくぐびっと飲み干したチョロ松兄さんは、ガゴンとテーブルに頭を落とした。
「…ふぅ、惜しい人を亡くした…」
「いや、殺すなよ」
「おーいチョロ松兄さん、生きてるー?」
「お前、一回精神鑑定とか受けたほうがいいよ?」
「一松兄さん失礼だよ、ボクほど兄思いの弟がいる?」
「……………」
「あ、今のうちにチョロ松兄さんからお金もらっとこーっと」
「悪魔でもお前より温かい血が流れてると思う…」
ホント人聞き悪い。一松兄さんは自分のことを棚上げして僕のこと色々言うんだから。ぷんすかしつつ、僕はチョロ松兄さんのポケットから財布を取り出し、中を開いた。
「うわ、三千円しか入ってない。こいつマジで奢る気無かったな…ていうか、これ割り勘しても足りないし!一松兄さんいくら持ってる?」
「…………百六十円」
「百六十円!?一松兄さんってどうやって生きてんの…?えー、ボクだって今日はもうお金使っちゃったあとだし…」
うーんと悩んだ結果、僕は妙案を思いついた。そうとなれば話は早い、さっとスマホを出してすぐさま出て来る番号に電話を掛ける。
「え…なに、誰に掛けてんの」
「えー?やっぱ、彼氏のケツは彼女に拭いてもらおっかなーって」
「なまえちゃん呼ぶの?」
「そのほうが面白そうだし」
「うわ…」
数コールののち、目的の人物の声が耳に届く。
『もしもし、トド松?』
「あ、もしもしなまえちゃん、今大丈夫?」
『うん、大丈夫。どうしたの?』
「ん、あのね、実は今困ってて」
『え、なんかあった?』
「チョロ松兄さんと居酒屋来てるんだけど、チョロ松兄さん潰れちゃってさー…、出来たら迎え頼めないかなぁ〜って」
『あ、え、チョロ松潰れてんの?』
「うん、なんかあったみたい。知ってる?」
『……うん、まぁ…多分、心当たりある、かも』
「そうなの?そっかー、それで、迎え頼めるのかな?」
『分かった、出来るだけ早く行くね。いつものところ?』
「ありがとう!そう、いつものところだから、よろしくねなまえちゃん!」
『うん、じゃあまたあとでね』
「はいはーい、じゃあまたー」
電話を切って一息つくと、隣の一松兄さんがじっとりと淀んだ視線を向けてくるのに気がついた。
「え、なに?」
「お前って…びっくりするほどクズだよね…」
「はあ!?なんで!?」
「いや、普通好きな女の子騙したりしないでしょ…」
「これは処世術!べつに嘘は言ってないし!」
「いやぁダメでしょ…だってこれからなまえちゃんに金借りようとしてんだよ、おれら」
「なまえちゃんにお金借りるのはチョロ松兄さん。ボクらじゃないもん」
「うわぁ…お前、うわぁ…」
「やめてよ!そういう目で見るの!」
一松兄さんの視線を無視して、手元のカルーアミルクをちびりと飲む。僕が顔を背けたことで、一松兄さんも手元の酒に意識を戻したらしい。少し騒いだからか、僕らの視線の先でテーブルに埋もれていた頭がぴくりと動いた。
「……なまえ…?」
「あ、起きた」
「いま、なまえって言わなかった…?」
「チョロ松兄さんのセコム怖いよね」
「死んでても好きな子の名前には反応出来るのか…」
「はあ?…なに、あー…頭いてぇ…」
「さっき凄い勢いで打ちつけてたからね」
「トド松のせいでね」
「一松兄さん黙ってて」
ぼんやりしているチョロ松兄さんにメニュー表を差し出すと素直に受け取ってくれた。据わったままの視線が活字をなぞるように動いている。
「チョロ松兄さん次なに飲むの?」
「まだ飲ませんの、本当鬼だねお前」「…なんか、軽めのやつ…つーかホント頭というか額が痛いんだけど…俺なんかした?」
「チョロ松兄さんは寝てただけだよ」
「まぁ間違ってない」
「???」
「まぁそんなことはいいからさ!飲もうよ!」
「?まぁ、いいけど…」
元来根がクズな僕らは、なんだかんだ酒の誘惑には勝てない。気絶して少し酔いが覚めたのか、チョロ松兄さんは梅酒ソーダを頼んで、僕らが頼んだ料理やつまみに手を出し始めた。
「それで、なまえがどうかしたの?」
「ん?んー、なまえちゃんて素直で頼り甲斐あって可愛いなぁって話」
僕の説明に、一松兄さんは酒をぐびりと飲んだきりなにも言わなかった。だって嘘は言ってない。
「…そうなんだよ、なまえって可愛いよな…」
「チョロ松兄さん、ノロケはNGだからね」
「いや、無理でしょ。なまえの話しすんのに、惚気るなってほうが難しいよ。だって超絶可愛いと思わない?」
「そりゃ思うけど」
どうやらチョロ松兄さんの酔いはまったく覚めていなかったらしい。なまえちゃんの名前を言うたびに、チョロ松兄さんはだらしなく相好を崩す。その顔は吐きそうなくらいに気持ち悪い。
「だってさぁ、なまえってすげえ良い匂いするしさぁ、抱き締めたらめっちゃ柔らかいしさぁ、俺のことたまに“チョロちゃん”って呼ぶんだけど、もう本当そんなん萌えすぎてケツ毛も燃えるっつぅかさぁ!?っあっはっはっ!俺今上手いこと言っちゃった?!ケツ毛萌える…あははは!」
「…一松兄さん」
「なに、トド松」
「六松が五松になってもいいよね?」
「まぁまぁまぁ、気持ちは分かるけどその振り上げてる蛙の置物置きなよ。ていうかそれどこから持ってきたの?上の棚から?頑張ったね」
チョロ松兄さんのノロケとクソ寒いギャグに耐えられなくて、正直こいつを殺すか鼓膜を潰すかしたかったのだけど、どちらも一松兄さんに止められてしまった。いつもは僕が止める側なのに、なんか一松兄さんに宥められるのってなんとなく釈然としない。
それからチョロ松兄さんは、酒を飲んではノロケ話を繰り返し、赤ら顔をだらしなく緩めて机に項垂れた。管を巻くのも極めてうざいが、こうもノロケ話が続くのもはっきり言って殺意が芽生える。なまえちゃんが可愛いっていうエピソードを聞いてキュンキュンしてしまうのが悔しい凄い悔しい泣きたい。
「ほんとさぁ…俺、なまえに頼ってばっかで、いつまでもこんなんじゃ駄目だって分かってんだよ…分かってんのになかなか上手くいかなくてさぁ…」
「仕方ないよ、ぼくら根っからのクズだから」
「そう!クズ!クズなんだよ結局!でもさぁ、そんなクズでも良いってなまえは言ってくれんの…本当アイツなんなの女神なのかなぁ…」
その女神が来るとも知らず、今度はなまえちゃんが如何に女神であるかのエピソードを語りだすチョロ松兄さん。僕と一松兄さんは、聞いてる振りすらせず聞き流しながら、酒を呷る。なまえちゃんが優しいとか、いい子だっていうのは今更すぎる話で聞きたくもない。それから言っておくけど、僕が二人の関係に納得してるのと、それでも悔しいのとはまったく別の話だ。
あー早くなまえちゃん来てコイツぶん殴ってくんないかなー
そんな僕の願いが届いたのか、ガラリと居酒屋の戸が開いて僕らの女神が姿を現した。チョロ松兄さんは気がつきもせず、まだなまえちゃん女神伝説なるものを語っているが、恐らく半分以上は妄想か捏造だ。じゃなきゃドラゴンとかが話に出てくるのはおかしい。見た目以上にチョロ松兄さんの酔いはひどいのかもしれない。
「はいはい、もうお開きだよ皆さん」
そう手を叩いて僕らの席にやって来たなまえちゃんは、眉根を寄せて困り顔を浮かべている。それに声もなく驚いた顔をしたのは勿論チョロ松兄さんだ。ポカンと口も目も開けてなまえちゃんを見上げる様は、大変に間抜けで笑える。
「なまえ…?」
「ほらチョロ松、もう帰るよ」
「なまえだ…」
「うん、私だが?」
「…っ、なまえッ!!」
「なッ!?ぎゃあ!!!」
ガゴンッ
発作でも起こしたようになまえちゃんの腰に突然抱きついたチョロ松兄さんは、次の瞬間にはなまえちゃんの拳骨によって沈んでいた。一瞬、チョロ松兄さんの首が体から落ちたのかと思ってめちゃくちゃ怖かった。多分僕は悲鳴をあげていたけど、テーブルと頭蓋骨の衝突音が大きくて、周りに聞かれてはいなかったみたいだ。よかった。
「なまえちゃん…日頃の怨み?溜まってんねェ…」
「ちっちがっ、どどどどうしよう?!急だったからつい…!ごめん、ごめんねチョロ松大丈夫?!」
「大丈夫だよ、今日二回目だし」
「尚更大丈夫じゃないよ?!」
慌てふためくなまえちゃんは、おろおろしてて可愛い。チョロ松兄さんは完璧に白目を剥いて落ちているので、しばらくは起き上がれもしないだろう。ご愁傷様です。
「それよりなまえちゃーん、ボクら困ってるんだよー」
「え?チョロ松を連れ帰ってほしいんじゃなかったの?」
「うんまぁ、そのクソシコ松のことはどうでもいいんだけどさ、ここの払いが、ね…?」
「…あんたら…お金無いのに普通居酒屋来る?!もう、バカ!クズ!穀潰し!!」
「ありがとうございます!!」
「一松兄さんはちょっと黙ってて。ボクらだって来たくて来たわけじゃないんだよ、チョロ松兄さんに無理やり連れてこられたの!」
「ッあーもう…、いくら足りないの?」
歯軋りでも始めそうな表情のなまえちゃんに、店員さんに持って来てもらった伝票を見せる。
「そしてここに、チョロ松兄さんの三千円と、一松兄さんの百六十円、ボクの八百二十円があります」
「よし、チョロ松を置いて帰ろう」
そっと伝票を裏返しにテーブルへと置いて、なまえちゃんは待たせていると言うタクシーで僕らに帰ろうと提案する。勿論、賛成!
僕ら三人は店員さんに、寝てるこいつが払いますとだけ伝えて店を後にした。外はもう日が落ちてしまいそうなほどの夕暮れで、思ったよりも居酒屋に長居してしまったことに驚いてしまった。僕も一松兄さんも伸びをひとつ。息が酒臭い。
タクシーに乗り込んだ一松兄さんはでかい欠伸をして、タクシーの席で真ん中に座ってるなまえちゃんの肩に寄りかかって寝てしまった。それを見たなまえちゃんは、「一松は猫みたいで可愛いね」なんて。なんだその役得。悔しいから僕も同じようにして寝てやった。ふくれた僕も、頭を撫でられてすぐに機嫌回復。この上なく暖かい眠りに落ちていった。
今日は良い酒だったかもしれない。
童貞たちの夕暮れ
着いたよ!ほら、二人とも起きて!
(2016.11.25)