おそ子先輩がなぜこの場に私を呼んだのか分からないまま、飲み会はスタートしようとしていた。
各々がビールジョッキを手に、ウキウキとした表情で「カンパーイ!」と軽快にグラスを打ちつけて一気に呷る。私は少し遅れて小さく乾杯を呟き、飲み慣れない生ビールを一口。

「てゆーか結局、誰なのよその子」
「あ、そうね、紹介がまだだったわ」

おそ子先輩が私に向き直り、まずは周りに居る女性一人一人を紹介してくれた。おそ子先輩の目の前から順に健康的な肌のカラ子さん、眼鏡のチョロ子さん、ギャルメイクの十四子さん。そして私の隣にガーリーガールトド子さん、アンニュイ美人の一子さん。それぞれ特徴がしっかりしていてとても覚えやすく、なんと言ってもみんな美人で可愛い人ばかりなので、なんだかドキドキしてしまう。

「そんで、この子はみょうじなまえちゃん。うちの会社の新入社員」
「へぇアンタ、なまえっていうんだ」
「よっ、よろしくお願いいたしますっ」
「ハハッ、かわいーいー、なんかなまえって小動物みたい!」
「私も同じこと思ったー!なんかぁ、男ウケしそうな感じ?か弱くて守ってあげたーい!みたいな?」
「やっぱり?ね、そういうのって努力で醸し出せたりするもんなの?十四子是非習いた〜い!」

トド子さんと十四子さんが身を乗り出してくるのに対し、私は仰け反り気味に彼女たちを見る。
べつに私はそんな変な努力などしたことはないし、男ウケなんて考えたこともない。そう見えていたなら、なんだかとても悲しい。

「やめなさいよ二人とも!この子怖がってるでしょ!」
「えー、なんでなんでー?」
「そうそう、可愛さの秘訣聞いてるだけじゃ〜ん」
「単純に若いってのもあんじゃない?なまえ、今いくつ?」
「えっ、あ、二十四です…」
「二十四!!ッカァああ〜ッ!わっかいわぁ、うちらと四つも違うの?!道理で肌もピチピチ…」
「あ、いえ、カラ子さんだって健康的なお肌で…」
「バァーカっ!」
「っ?!」
「肌は二十五で変わるの!!そっからはもう下降!下降!下降の一途!!若いからこそ色々言えんのよォ!」
「す、すみませんっ!」
「ちょっとカラ子!!なに絡んでんの!?ごめんねなまえちゃん、この子口が悪くて」

おそ子先輩のフォローに苦笑いを返して、生ビールをもう一口。笑いも苦ければ口の中まで苦い。本当に、なんで私ここに呼ばれたんだろう。

「でもさ、おそ子。今日はなんでこの子が一緒なの?」

そう疑問を呈して来たのは向かいの席のチョロ子さん。私もまったく同じ疑問を持っていたので、よく言ってくれたと頷きながら、私もおそ子先輩に視線を向ける。
おそ子先輩は、困り顔で私を見ていた。

「おそ子先輩…?」
「あのねなまえちゃん…、私なまえちゃんの抱えてる問題は、もっと誰かに相談するべきだと思うの」
「えっ…」
「誰が解決策を持ってるか分からないし、一人で抱えていくより理解者は多いほうが、なまえちゃんのためなんじゃないかって」
「…で…でも、それは…その…」

おそ子先輩の言いたいことも分かる。それにおそ子先輩がここに私を連れてきたわけも理解出来た。
おそ子先輩にとって、ここに居る五人は信用の置ける人たちなのだろう。それでも、私は怖い。

「なになに?なまえちゃん、なんか悩みでもあるの?」

チョロ子さんの質問に答えられず、押し黙って膝の上に拳を作ると、その拳が温かな手に包まれた。

「大丈夫よ、なまえちゃん」
「…おそ子先輩……」
「べつに茶化したりしたいわけじゃないの、本当になまえちゃんが悩んでるのが分かるから、少しでも力になりたくて…」
「……分かって、ます」

そうだ、おそ子先輩は善意で言ってくれている。それは分かってる。
それを、無碍にして良いのだろうか。これは私自身の問題だ。だから、もしここで初対面のこの人たちに馬鹿にされたら、そのときは一人で泣けばいい。それだけの話だ。

「分かりました…お願いします、おそ子先輩」
「うん…、大丈夫、大丈夫よ」

おそ子先輩の温かな手が私の手の甲を優しく撫でる。
話を飲み込めていない五人の皆さんが首を傾げるのを見据えて、私の代わりにおそ子先輩が口を開いてくれた。

「今日、なまえちゃんを呼んだのはね、みんなにもなまえちゃんの悩みを相談しようと思ったの」
「悩みって?」
「なになに、恋バナ?」
「経験豊富なお姉様たちが手取り足取り教えちゃうわよ〜」
「んもう!そういうんじゃなくて…なまえちゃんはね、男性恐怖症なの」
「男性…」
「恐怖症?」

首を傾げる目の前の三人と隣のトド子さんを見て、なんだか居た堪れない気持ちになる。

「男性恐怖症って、つまり男の人が怖いってこと?」
「は、はい…」
「えー!嘘ぉ〜!マジで?」
「はい…本当に…」
「それで、なまえちゃんはそれを治したいってこと?」

隣から顔を覗き込んできたトド子さんに、私は曖昧に頷いた。
確かに、私のコレは社会生活に支障がある。お父さんにだって何年会ってないか分からない。それに、まともに恋だって出来ないし、結婚なんて夢のまた夢だ。けれど、治したいかと聞かれるとそれはよく分からない。だって治るなんて希望、抱いたことがないのだ。私は一生、この気持ちと寄り添って生きていくのだと思っている。

「男性恐怖症…かぁ」
「それで、みんなにもなまえちゃんをサポート出来るなにか良い案が無いかって思って」
「ハイハーイ!十四子思うんだけどぉ、イケメンとデートするっていうのは?」
「…え、デ、デートですか…?」
「そう!お姫様みたいにエスコートされて、男らしさに守られて!そしたら、男の良さが分かるんじゃない?」
「あーダメ、なまえちゃんてば、うちの部署一番のイケメンに声掛けられても一切靡かなかったから」
「「「「マジで?!」」」」
「なんで?!だってイケメンが声掛けてくれてんのよ!?土下座でついてくでしょ!?」
「ご、ごめんなさい…?」
「あーもう、だから!なまえちゃんにとってはイケメンだろうがブサメンだろうが等しくただのオトコなの!仕方ないでしょ?!」

そう、私にとって男性は男性という枠組みで、それ以下にはなり得てもそれ以上にはなり得ない。申し訳ないが、おそ子先輩の言う“部署一番のイケメン”というのが誰かというのも分からない。

「あ、じゃあなまえちゃん!」
「は、はい!なんでしょう、チョロ子さん」
「ボーイズラブにハマろう」
「…………え、は?」
「男なんて所詮受けか攻め!なまえちゃんに危害を加える男なんて存在しないの。なぜなら男は男同士で愛し合っているから!」

突拍子もないチョロ子さんの話に目を白黒させている間にも、チョロ子さんは鼻息荒く語り始めている。

「ムカつく上司も、終業後は仕事の出来ない新入社員にズコバコされてギシアンしてるのよ!」
「ズ、ズコバコ……?ギシ、アン…??」
「つまり!なまえちゃんの怖がってる男は全員ホモなの!どう?そう考えたら少しは楽にならない?」
「……は、はい!なんだか、少し楽になったかもしれません!」
「よし!じゃあ次のコミケに参戦よ!!」
「はい!チョロ子さん!!」
「ちょっと待ったァアア!!チョロ子、なまえちゃんを変な方向に走らせないで!なまえちゃんも、今のは全部忘れなさい!!」

阿修羅の形相でおそ子先輩からそう言われてしまえば、私は素直に頷く他なかった。なんだか少しなにかを掴めそうな気がしたのだけど…

「じゃあスポーツは?」
「スポーツ…ですか?」
「そう、スポーツの世界って男社会なとこあるんだけど、その中で強くなって男を蹴散らせるようになれば、「なんだこんな腰抜け共を怖がってたのか」ってなるんじゃない?」
「な、なるほどです…!」
「なまえちゃんて運動出来たっけ?」
「……からっきしですね…」
「なんでもいいのよ?最近だとフットサルとかテニスの社会人サークルが盛んだけど」
「どちらも玉にすら負ける気がします…」
「…………」
「すみません、真剣に考えてくださったのに…」

カラ子さんの提案には凄く納得出来た。なにかで私が男性を上回る、それが出来れば少しは世の中の見方が変わるのかもしれない。しかし、いかんせん私には取り柄と言える取り柄が無かった。本当に申し訳ない。

「んー、じゃあ合コンでもする?」
「えっ?!」
「ほら、荒療治的な!」
「むッ無理です!無理…っ!」
「えー、なまえちゃんを餌にしたら良いの集まりそうなのに…」
「エ、エサッ?!」
「トド子!!」
「てへ!」

可愛く舌を出したトド子さんには悪いが、合コンなんて私にはハードルが高すぎる。

ここまでみんなの言葉に惑わされてわたわたもしたけれど、私が想像していたような否定的なことは一切言われなかった。初めから、深く突っ込まずに解決案を探ってくれた。彼女たちは、初めて出会ったときのおそ子先輩のようだ。

「でもォ、なまえちゃんて誰かを好きになったことないのォ?」
「好きに…ですか、そうは言っても私は小学校から去年までずっと女子校でしたし…」
「えっ?!マリア様に見られてる感じ?!」
「?確かにうちの学校はカトリックでしたけど…」
「いいのいいのなまえちゃん、チョロ子の話は七割無視して良いから」
「おそ子先輩がそう言うなら…」

チョロ子さんは高い頻度で暴走をするのだと学びました。

「じゃあさじゃあさ、かっこいいって思った男は居なかったの?」
「居なかったです」
「この人見てるとなんかドキドキするゥっ!とか、あーッ濡れちゃうーッ!みたいなとかは?」
「ドキドキは恐怖感なら…、あの、濡れるってなにがですか?」
「うーん、想像以上に純粋…」
「ちょっと、なまえちゃんを汚さないでよ?」

十四子さんの話に深い意味を求めちゃいけない、というのはおそ子先輩の弁だ。
それからも、あーだこーだと案が出るけれど、どれも私が実行出来るようなものではなくて、申し訳なさに顔が俯いてしまう。膝の上で、両手が手持ち無沙汰に絡んだ。

「あの…皆さん、ありがとうございます。やっぱり、おそ子先輩のお友達ですね、凄く真剣に私のこと考えてくださって…」

優しい皆さんには悪いけれど、私は自分の病気を半分以上諦めているところがあった。だから、どの提案にも真面目になれない部分があるのかもしれない。なんだ、結局私が悪いのではないか。

「その男性恐怖症って治さなきゃ駄目なの?」

その声の主は一子さんで、私が顔を上げても一子さんの視線はどこか違うところに向いていた。

「男なんて、数ある塵の一つよ。ただのゴミ。関わる必要なんてないわ」
「出た、一子の“男なんて”」
「本当なんでそういうこと言うかなぁ、今はどう治そうかって話じゃん」
「ごめんね、なまえちゃん。一子ってああいうとこあるって言うか…」
「あ、いえ、…」

一子さんの言葉が、一番しっくりきたとは言えなかった。
みんなが一子さんを囃しても、一子さんはつんとした表情を崩さない。

「やっと喋ったと思ったら」
「一子はモテないからやっかんでんのよ」
「べつに、モテないわけじゃないわよ。ただ、無理して治そうとする意味が分かんないってだけ。いいじゃない、女なんだから、もっと女であることを楽しむべきよ」

目の覚めるような気持ち。
毛先をいじりながら、ニヒルに微笑む一子さんは、美人で神秘的、私にとってはとても魅力的に見えた。

「一子さん!」

突然張り上げた声に、全員の視線が私に集中した。それもそうだろう、自分でさえこんなに声が出たことに驚いている。それでも構わずに、私は膝立ちになって一子さんへと気持ちを向ける。

「私に、“女”を教えてください!」

その場に居る全員、私でさえもその発言に驚いていた。


It always seems impossible until it's done.

―Nelson Mandela

何事も成功するまでは 
不可能に思えるものである。
―ネルソン・マンデラ
(2017.01.29)


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