暗闇の中、不規則に瞼を叩く光が、まるで顔の周りを飛び回る羽虫のように煩わしく感じて、重たい瞼を開いた。
上瞼と下瞼がのっそりと離れ、暗闇の中を何度も通り過ぎる光が見えた。
「あ…、起きた?」
頭上から声がした。傾けた体はだるくて、頭は硬いなにかに受け止められている。ゆっくり上体を起こすとき、肩を流れる髪が無いことに気がついた。あれ、なんで髪が無いんだろ…そうだ、切ったんだ。一子さんと出掛けて、髪も化粧も服も変えた。それから、十四子さんとトド子さんと一緒にお酒を飲んで、一子さんと魅力の話をして…それで、えっと…、そう、物事をハッキリシャッキリ言わないと簡単に殺される物騒な世の中だから、自分の意見をちゃんと持ってちゃんと言わないといけないって、そんな話をしたと思う。
「なまえ?」
「…いちこ、さん?」
短くなった髪の隙間から一子さんが見える。暗がりの中、時折差し込む明かりに照らされる一子さんは妖艶だ。ちょっとワンピースの肩のところがくしゃってなってるのすら、なんだかおしゃれに見える。
肩…そうだ、肩を借りてたのかもしれない。さっきまで頭を預けていた硬い感触と、スパイシーな甘い匂い、柔らかで温かな余韻…それらは全部、一子さんのものだ。
「いちこさん…」
「今タクシーに乗ってるの、分かる?」
タクシー。ああ、だから暗闇の中を光が何度も通り過ぎるのか。あれは街灯だ。車窓の外はすっかり暗く、街灯が灯るだけで、お店の明かりは見当たらない。いったい今何時なんだろう。
「起きたなら住所言えるでしょ?」
「住所…住所は、」
言い馴染んだ住所を告げると、タクシーがウィンカーを出して道路を戻っていく。いったいどこに向かっていたのだろうか。
「すぐ着くだろうから、アンタはもう少し寝てなさい。ね?」
「…ふぁい」
あくびと一緒に返事をするなんて、はしたない。でも出ちゃったものは仕方ない。一子さんの手に引き寄せられるまま、私はまた一子さんの肩に頭を預けた。
・
・
・
「…て、…起きてほら、着いたわよ」
「んん、ん…はひ…」
「すみません、待っててもらえます?」
一子さんが運転手さんに一声掛けて、私の体を支えながら一緒にタクシーを降りてくれた。
「鍵は?ちゃんと持ってる?」
「…はい」
ふらつく足に波打つ視界。バッグの中を探ろうとして、転びそうになったところを一子さんに抱きとめられる。まさかこんなに体の自由が利かないなんて…
お酒に飲まれるなんて初めての体験で、想像していたより気持ち悪くはないけど、頭はボーッとして手足は思うように動かない。足に力が入らないので、体重の殆んどを一子さんに預けた状態、なんなら引き摺られているようにも見える格好で、なんとかアパートの部屋の玄関まで辿り着く。申し訳ない、申し訳ないと思うけれど、それも頭の片隅だった。
一子さんの体温にドキドキして、スパイシーな香水の香りにくらくらして、もっと一子さんを感じてたい、なんて、ただの変態だ…。
じゃら、ガチャン
一子さんの手が、私の代わりに玄関の鍵を開ける。それをぼんやり眺めて、体を支えるために肩に回してくれている一子さんの手を掴んだ。
「なまえ…?ほら、早く部屋に入ってちょうだい?」
「………やです」
「嫌って…アンタねぇ、」
「だって、いちこさん、かえっちゃう」
「そりゃ帰るわよ、どうしたの?」
「わたし、わた、し…」
肩を支えてくれている手を払って、一子さんの胸に飛び込んだ。
ぎゅうっと、隙間なく抱きついて、離れたくないと両腕を腰に巻きつけて意思表示。一子さんの胸に顔を埋めると、一子さんの匂いが一層強くなった。一子さんは、十四子さんみたいに豊満な胸じゃなくて、はっきり言えばささやかなものではあるのだけど、十四子さんのときよりずっとドキドキして、たまらない。耳を当てると、一子さんの鼓動もドキドキと速いのが分かる。それに更にドキドキした。
「いちこさん、すき」
好き。
一子さんが、好き。
「はいはい、ありがと」
「……すきです。いちこさんと居ると、いつもドキドキして、むねがくるしくて、泣きだしたくなります」
「なにそれ、つらそうね?」
「つらいです…。すごく、すごく、つらい」
「じゃあ、一緒に居ないほうが良いわ。ほら、そろそろ帰してちょうだい」
「いやです」
「……なまえ、わがまま言わないで」
一子さんの声が硬くなる。分かってる、こんなの迷惑以外のなにものでもない。分かってるんだけど、でもだって、自分の意思とか意見とかちゃんと言わないといけないって、今日決めたから。変わるって、変わりたいって思ったから。
「いちこさん…」
「……………」
「いちこ、さん…っ」
「…なまえ、泣かないで?ね?」
この気持ちが言葉にならない。
そばに居たい。一子さんの隣に居たい。一子さんを独り占めしたい。どこにも行かないでほしい。好きだけじゃ足りない、好きだけじゃ表現出来ない。だって、好きっていうのは、尊敬してるってことだけど、一緒に居たいってことだけど、でも、私の“好き”は、この膨らむだけ膨らんでいくこの気持ちは、だって
「すき、なんです…っ、ほんとに、ごめ、ごめんなさ…ふ、ぅ、ッ」
だって、この好きは、きっと普通は男女の“好き”で、女である私が女である一子さんに抱くわけのない好きで、そんなの、伝えたって伝わらない。そう思うと、涙が止まらなかった。どうしたって伝わらない、届かない、届けちゃいけない。
「なまえ…」
頬を拭う指が、好き。
優しい声が、好き。
ミステリアスでアンニュイな、その雰囲気が、好き。
私を見るとき、艶っぽく細められる夜空みたいに綺麗なその瞳が、大好き。
想いも、涙も、塞き止める術を失ったみたいに溢れ出す。
「いちこさん、いちこさんは、なんでわたしのこと、」
なんで、私のことを気にかけてくれるの?
なんで、私に優しくしてくれるの?
なんで、私を振り払ってくれないの?
その全てに、意味を持たせようとしてしまう自分が嫌だ。あるわけない幻想ばかりが頭をぐるぐる回る。
「なんでかしらね…」
しんしんと流れ続ける涙もそのまま、優しい手に両頬を包み込まれた顔は、いとも簡単に上を向かされる。大洪水の視界でも、一子さんの綺麗な瞳が見えた。
悲しい。悲しいよ。なんで、こんなに好きになったの。大好きな一子さんとの関係を壊したくなんかないのに、たった二回しか会ったことのない相手に、しかも同性に、なんでこんな感情が溢れて止まらないの。
「……ねぇ、なまえ」
「ぐす…っ、ふぁ、は、い…、いちこしゃん…っ」
「ふふ、すごい顔。鼻水まで出てるわよ?」
「ずびっ、ずずっ、っ、ら、らって…っ」
「せっかくの化粧が台無し…、今日二回目ね?」
「ご、ごめ、んなさい…、泣いてばっかり、で…」
「……そうね、私、アンタの泣き顔は好きじゃないわ」
ガンッと頭を鈍器で殴られたような衝撃。少しでも一子さんに嫌われたくないと叫ぶ心が、今にも張り裂けそうになる。服の袖で顔を拭おうとしたら、止められた。そうだ、これは一子さんに選んでもらった服なんだから、化粧汚れなんかつけて落ちなくなったら大変だ。ああ、どうしよう、もう、逃げ出したい。
「ほら、顔拭くわね」
「んっ…」
一子さんが出したハンカチで涙を拭われて、鼻水まで拭われる。恥ずかしさと申し訳なさに、もう消えてしまいたくなる。一子さんの腰から腕を離したのに、私の体はまだ一子さんとぴったりくっついていた。なんで、と頭が働く前に私の腰がぐっと更に一子さんにくっついて、体があったかい。
「アンタの泣き顔…好きじゃないから、出来ればあまり見たくないの」
「す、すみ、ません…」
「……分からない?」
「…?なに…」
「私には分かるのよ、私は絶対にアンタを後悔させる…。そのときに、アンタが泣く姿なんて見たくない…」
「いちこ、さん…?」
「後悔しない、なんて誓えないでしょう?」
なにを、とか、なんの、とか、そんなことは頭の外に飛んでいく。一子さんの言う後悔が、なんのことでも良い、どんなことでも良い。でも、一子さんと居ることに後悔なんか絶対にしない。なぜだか、私はそう断言出来た。私が泣くのを見たくないと言う一子さんが、今にも泣きそうで、私だって一子さんの泣き顔は見たくないと思った。
「こうかい、しません」
なんでもいい。一子さんと居られるなら、なんでもいいんです。今この時、一子さんが私を拒絶しないでいてくれただけで、もう充分なんです。
「後悔しないので、なんでも、言ってください」
怪しかった呂律が、その一言だけはしっかりしていた。
真摯に見つめた一子さんの瞳が揺れる。そして、頬を柔らかく撫でられた。壊れ物を扱うみたいに慎重に滑っていく一子さんの手のひらは柔らかくて温かい。撫でる感触は、少しくすぐったいくらいに優しい。
「…なまえの好きが、どんな好きでも、気にしてあげられないからね」
あんなに優しく頬を撫でた手が、今度は首の後ろを力強く引き寄せた。そう認識出来たときには、もう触れていた。柔らかくて、甘い感触。
普段の一子さんからは、想像も出来ないような、情熱的で荒々しいそれに、呼吸を忘れてしまう。
「…なまえ、」
「い、いちこさ…んっ」
脳天が沸騰して、なにも考えられない。
気づいたときにはベッドの上で、一子さんは居なかった。
飛んだ記憶を手繰り寄せようと部屋の明かりをつけて、キッチンでコップに水を入れる。
冷水が胃に流れていく感覚の中で思い出せたのは、一子さんが私をベッドまで運んでくれたことだ。雪崩れるようにベッドに沈んだ私に布団を掛けて、一子さんは最後に頭を撫でてくれた。鍵はポストに、最後の言葉はそうだったと思う。確認しに行くと、施錠された玄関下のポストに鍵が投函されていた。
ベッドに戻った私は、もう一度力無く沈んだ。一子さんの余韻を探すけれど、一子さんの匂いすらしない。ぐるぐると天井が回る。眩暈に任せるように、私は瞼を落とした。
□
電子音の音楽。
それが私を呼んでいる。そう思うのは、きっと毎朝の習慣だからだろうか。
眠たい目をこすると、目がごろごろして、拭った手を見ると黒いカスみたいなのがついている。頭が働かない。…そう、これはきっと、マスカラだ。
ぼやける視界のまま天井を見る。やけに明るいと思ったら部屋の明かりがついていた。なにも考えずに、明かりを消す。まず、しなきゃいけないことはなんだろう。
ガンガンと重たい痛みと、ひどい吐き気。ふらつく足でお風呂場になんとか辿り着く、ガビガビする顔も髪も全部綺麗にしたかった。
メイク落としを顔に馴染ませながら、頭からシャワーを浴びる。
温めると少しだけ頭痛が和らいだような気もしたけど、吐き気はどうにもならない。こういうときに飲める薬は持ち合わせていないし、近くのコンビニは土日のシフトが男性店員だから買いにも行けない。崩れるように蹲り、人生初の二日酔いの恩恵を全力で受け止める。
とりあえず、水を飲んで、寝てしまおう。そう決めて、手早くシャワーを終える。髪を適当に乾かしてベッドに沈むと、枕元の携帯が着信を告げているのが目に入った。表示されている名前は、トド子さんだ。
「…はい、もしもし、みょうじです…」
『あっ、なまえちゃんおはよー!昨日結構飲ませちゃったから心配してたんだけど、大丈夫?』
昨日。
そうだ、二日酔いになるってことは、その原因があるわけで。どうして、そこに頭がいかなかったんだろう。昨日は、一子さんに連れられて見た目を大変身させてもらって、それから十四子さんとトド子さんの四人で飲み会になったのだ。後半はテキーラの一気が続いて…、それで、それから、
『今、一子の家?』
「えっ…?」
『昨日、なまえちゃん潰れちゃったから、家も分かんないし一子が家に泊めるって言ってたけど、一緒じゃないの?』
「あ…はい、自宅に居ます…」
そうか、あのタクシーは一子さんの家に向かってたんだ。だから、あのときタクシーがUターンして…
『そうなんだ。二日酔いとか大丈夫?』
「えっと…それが、結構ひどくて…体調だけじゃなくて、昨日の記憶があんまり…」
『あはは、あるあるー!でもなまえちゃん酔っ払っても全然変わんなくてつまんなかったくらいだから、大丈夫だよ!』
「つ、つまらなかったですか」
『もぉ!変な意味じゃないからね?あっ、でも、ふふっ』
「…?なんですか?」
『んー?うふふ、なまえちゃんってば、ずっと一子にラブコールしてたよ』
「ラ、ラブコール?」
『そうそう、一子さん好き好きー!ってもう呆れるくらいずっと言ってたんだから』
好き
『一子も苦笑いだったけど、あの子にしては珍しく嫌そうじゃなかったから、相思相愛だねーって。ほんと、一子があんなに誰かの世話焼いてるの初めて見たもん!まぁ、なまえちゃんがほっとけない感じあるのは分かるけどねー』
“すき”
『とりあえず、また飲もうねーって言いたかったの。今度は私ともデートしようね!』
「…あっ、はい、ぜひ…」
『あとね、二日酔いにはトマトとかグレープフルーツが効くって聞いたことあるよ。試してみると良いかも!…あーごめんね、これから約束あるから切るね!お大事に!』
返事を返す前に電話は切れていた。
きっとトド子さんなりに心配して電話を掛けてくれたのだろう。LINEにも十四子さんから心配するようなメッセージが来ていた。優しい人たちだなぁ。さすがおそ子先輩のお友達だ。そんな人たちとお近づきになれて、本当に良かった。
まだくらくらする頭で、トド子さんの言葉を思い出す。確かに私も二日酔いにはトマトや蜆の味噌汁が良いなんてのを聞いたことがある。わざわざ外に買いに行かなくても、家にあるものでなにか緩和剤になるものがあるだろうか。スポーツドリンクを大量に飲むと良いとかも聞いたことがあるような…
ピンポーン
…こんな時間に誰だろう、そう思って手が止まる。「こんな時間に」と考えておきながら、今が何時なのか分からなくて時計を見た。午前十一時、休日の朝にしても遅い時間だ。
歩く振動だけでもズンズンと痛む頭を手で押さえながら、玄関へと向かう。宅配便かなと思ってドアスコープを覗いて、驚いた。なんで、なんて考える時間が勿体無い。すぐさま玄関を開けると、玄関前に居た人を驚かせてしまったようだ。びくりと揺れた肩から、綺麗な黒髪が流れ落ちる様がなぜだかやけにはっきりと見える。
「…お、おはよう、ございます」
「…おはよう、起きてたのね」
はにかむように微笑んだ一子さんが、眩しい。いつもの笑顔のはずなのに、心臓が太鼓でも鳴らしているみたいにドコドコとうるさい。
「二日酔いになってるかと思って、来てみたの」
「ありがとうございます…、あの、玄関で立ち話もなんですし、綺麗じゃないですけど良ければ中へどうぞ」
「昨日見たけど、ちゃんと片付いてるじゃない」
「え、昨日?」
そう聞き返すと、一子さんはとても驚いた顔をして、それから悲しそうに微笑んだ。
胸が、苦しい。
「…なんでもない。勘違いかしらね」
一子さんは、玄関の敷居を跨ぐことなく、私にコンビニの袋を差し出した。それを受け取って中を見ると、二日酔い用の薬や栄養ドリンクなんかがごそっと入っている。
「これ…」
「つらくても外に買いに行けないかと思って。とりあえず今まで私がお世話になったことのあるやつを買ってきたわ」
「わっ、ありがとうございます…!今、お金持って来ますね」
「いいわよ」
「そんなわけには!そうだ、昨日の飲み会の代金も…」
飲み会、一子さんも居た。当然だ、だってあれは一子さんが企画したもので、一子さんはいっぱい私を元気づけてくれた。すぐに俯いてしまう私の顔を何度も上げてくれた。
重たい痛みの向こう側から、昨日の記憶が帰ってくる。
家まで送ってくれたのも一子さんだ。そして昨日の夜…私は溢れ出した気持ちを、一子さんにぶつけてしまった。それで、それから
「っ、なまえ…?」
ぼろり、ぼろり、大きな雫が溢れて零れて床に落ちる。がしゃり、とコンビニの袋が落ちて、両手で顔を覆う。なんで、忘れていたの。平然と玄関を開けてしまった自分が恥ずかしい。頭の痛みや吐き気なんて言い訳になるはずもない。あんなこと、あんなに幸せなこと、少しの間でも忘れてしまっていたなんて。
「…後悔、してる?」
ガチャンと、玄関が閉まる音がした。顔を覆った手に、一子さんの手が触れる。昨日はあんなに温かかった手が、今は少し冷たい。戸惑うみたいに触れて、離れて、せっかく近づいてくれた体温が離れていく気配がした。その手を慌てて追いかけて、戸惑った表情の一子さんを見上げる。
「後悔なんか、してません…っ」
いつも少し据わったような一子さんの目が見開かれて、瞳が震えているのが見えた。その瞳に映る私は、また泣き顔で、一子さんに見たくないって言われたばかりなのにと情けなくなる。
「私、私はっ、一子さんのことが、」
ぎゅっと握った手を逆に引き寄せられて、言葉は最後まで続かなかった。存外力強い腕に抱かれて、体温が密着する。一子さんの心音と私のそれが同じように早鐘を打つのを聞いていると、幸せな気持ちが溢れた。
「…好きです」
目を閉じて、一子さんの匂いや体温を感じながら、一子さんのことだけを考える。なんて幸せなんだろう。
「……………」
「…一子さん…?」
「……ねぇ、なまえ…」
「は、い…」
顎を掬われて、次の動作を理解する。至近距離で見る一子さんは、一子さんなのに一子さんじゃないみたいで、少し怖い。でも、目を閉じて唇が触れ合うと、そんななにもかもが吹っ飛んでしまう。残るのは、好きだって気持ちだけ。
「……なんだか、」
「…?」
「…いいえ、柄じゃないわね…」
「一子さん…?」
互いの顔がぼやけるような距離で見詰め合って、額同士がこつんと当たる。
「…ただ、これはどんな奇跡なんだろうって…そう思ってただけよ」
一子さんが言うように、一子さんっぽくないその台詞が鼓膜を揺らしたとき、私にとってはその言葉がとてもしっくりきていることに気がついた。
「私も…」
「ん…?」
「…私も、そう思います…。とても、素敵な奇跡です…」
一子さんが息を呑むのが分かる。互いの体温を掻き抱くように求め合い、私は背中に腕を回して、一子さんは腰に腕を回して互いを抱き寄せると、隙間なんか一ミリも無くなってしまう。
「……そうね」
一子さんが溜め息みたいに微笑んだ。
―Plato
愛に触れると誰でも詩人になる。
―プラトン
(2017.03.20)