待ちに待った温泉旅行の日がやって来た。

早朝に迎えに来てくれた一子さんと一緒に待ち合わせの駅へ向かうと、眠そうな顔をした五人の姿があった。もう肌寒い季節だけれど、カラ子さんは腹チラどころではない格好で上着すら持ってきていないらしい。やはり、日頃からスポーツをしている人は違うなと感心してしまった。

「おはようございます!この度は、皆さんのご旅行に同行させて頂くことに、」
「もーなまえちゃん!そういう堅苦しいのは無し無し!うちらに気を使う必要なんて全然無いんだから!ねっ、楽しもっ!」

トド子さんに両手をきゅっと握られ、ウィンク付きでそんなことを言われてしまえば、素直に頷く他ない。トド子さんの行動は相変わらず可愛らしい。私も見習わなくては。

「なんかトド子、うちらとなまえの対応違くなーい?」
「カラ子みたいなオッサンとなまえちゃんを一緒に扱うわけないでしょ」
「誰がオッサンよ!!」
「はいはい、みんなもうそろそろ電車出るわよー。三回乗り換えるんだから、気を抜かないでよね」
「「「はーい」」」

先導するおそ子先輩は、まるで幼稚園の先生みたいだ。それに従って歩きだすみんなも可愛らしくて、微笑ましい。
車内でもわいわいと飽きないみんなの会話を聞いて過ごし、電車を乗り換えること二回。ワンマン列車に乗って着いた先は、「子宝温泉」を売りにしたちょっと寂れた温泉地だった。ここからバスに乗り換えるということで、おそ子先輩が時計を見ながらわたわたとしている。どうやら思ったよりタイムスケジュールに余裕が無かったようだ。

「ちょっと!みんな急いで!旅館までのバス、二十六分に出るから…っ!」

私もスマホを見てみると、もう二十三分。走ればなんとか間に合いそうだけど、他のみんなは周りを見てるだけで、おそ子先輩の言葉を聞いている様子はない。

「皆さん、バス!乗れなくなりますから、急ぎましょう!」

ぐっと握りこぶしを作って声をあげる。ついでに一子さんの手を引いて我先にと走り出した。おそ子先輩を始めとしたみんなもついて来てくれたけれど、結局バスは私たちの目の前で行ってしまった。時刻表を見ると、次のバスは一時間後。…田舎の交通機関ってなんでこうもゆるゆるなんだろう。

「ごめんなさい、もう少し早めに声を掛けていれば…」
「なまえちゃんのせいじゃないわよ。ありがとね」

おそ子先輩にばかりスケジュール管理を任せてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、おそ子先輩は眉尻を下げて、ありがとうとまで言ってくれる。なんて優しい人なんだろう。
一子さんが、私と同じようにバスの時刻表を見て、眉間に皺を寄せる。そういえば、つい慣れで一子さんの手を取ってしまった。慌てて一子さんの手を放すと、ちらりと視線が絡んだ。

「…ねぇ、タクシーにしない?」
「だぁめ、バスなら九百八十円なのに、タクシーだと五千円もするんだから!」
「それくらい旅行なんだし良いじゃない。しみったれてるー」
「しみっ…!?」
「まあまあ!おそ子先輩も一子さんも落ち着いて…、それより次のバスは一時間後ですし、これからどうするか考えませんか?」

多分みんなが思うように動いてくれないストレスでおそ子先輩はイライラし始めていて、みんなも旅行の疲れで同じようにイライラし易い状態なのだろう。出来るだけみんなに笑顔で旅行を楽しんでもらいたい私としては、こんな序盤で険悪な雰囲気になってもらいたくない。

「私、お腹空いたー」

カラ子さんがそう言ってお腹を押さえた。確かに時間的にはお昼前だし、バスを待つなら時間もある。

「あ、じゃあ、駅前で食べてバスを待つのはどうですか?時間があまったら、近くに秘宝館っていうのもあるってパンフレットに書いてありましたし」
「いいじゃんそうしようよ!」
「えー、どうする?」
「十四子はどっちでも、食べてもいいし食べなくてもいいー」
「じゃあ食べよう!ね、決まり!」

ふと、向こうで写真を撮っているトド子さんが見えて、近くに寄ってみる。トド子さんの意見も聞きたかったし、遠目から見てもインパクトのある灰皿に興味を惹かれたというのもあった。普段なら、こんな簡単にうろちょろ出来ないけれど、今は周りにおそ子先輩たちしか居ないので、安心して歩き回れるのが嬉しい。

「トド子さん、なに撮ってるんですか?」
「なんかこの寂れた感じがフォトジェニックで良いと思わない?」
「フォトジェニック…あっ、写真映えするってことですね?確かに、この灰皿とか…かなりシュールな感じが」
「ねー!逆に可愛くない?」
「あはは、そう言われるとちょっと可愛く見えてきました」
「ちょっとー、そこの二人とも!一回駅前戻るわよー!」
「あっ、はーい!じゃあ、行きましょうかトド子さん」
「結局どうなったのー?」
「バスが一時間後なので、一度駅前でお昼ご飯を食べるんだと思います」
「あ、そうなの?」
「時間があまったら、近くを散策してみましょうか。また可愛い写真が撮れるかもしれませんよ」
「あはは、逆に可愛いやつ?」
「逆に可愛いやつ」

トド子さんと二人でケラケラ笑い合いながら、みんなの後を追う。駅前にあったこれまた寂れた定食屋さんで、各々好きなものを注文して私たちは少し早めの昼食にありついた。
因みに私は一般的な焼き魚定食。可もなく不可もなく美味しい。
ちらっと一子さんの頼んだものをチェックすると、鶏肉の煮込み定食だった。鶏肉が好きなのだろうか…。自分の作れる鶏肉料理のレパートリーを頭の中で検索して、いつか一緒に作ったり作ってあげたり出来たらいいなぁ、なんて考えてハッとする。
だめだめ、今はみんなと一緒の旅行なんだから、一子さんのことばっかり考えちゃだめだ!
脳内のお花畑を、ぶんぶんと頭を振って消していると、みんなに不思議な顔で見られてしまった。恥ずかしい妄想しててごめんなさい。

食後、みんなが一息ついたタイミングで、私は事前に印刷してきた旅館の情報や駅と旅館の周辺情報、それからさっきの駅から持ってきた温泉地のパンフレットを鞄から取り出し、それをみんなに一部ずつ配った。それぞれ驚いた顔をしたり、首を傾げたりしながら受け取ってくれる。なんだか、はしゃいでいるようで恥ずかしいけれど、必要な情報だと思ったので持って来たのだ。いや、実際にはしゃいではいるのだけど。

「え、なまえちゃんこんなの作って来てたの?」
「一応…。調べたら、旅館周りや駅前も結構入り組んだ地形だったので、万が一はぐれたりしたときでも旅館の情報と周辺地図があれば便利かなって」
「やだ、出来る子…!」
「あっ、なにこれやだー、近くに郷土料理の店あったんじゃーん。そこ行けば良かったくない?」
「ああ、そこは夜しかやってないんです。あんまり人来ないんですかね、お昼やってるお店自体少ないんですよ」
「なまえペディア重宝するー!それに比べたら、おそ子って大雑把だよねー」
「ぷぷぷ、性格の差が出てるよねー」
「ちょっと!なによそれ!?アンタたちが自分で調べれば良いだけでしょ!?」
「おそ子先輩は、皆さんのために旅館探したり予約入れてくれたりスケジュール管理してくれたり、私なんかにはとても真似出来ませんよ。凄いですよね、有難すぎます」
「なまえちゃん…っ!」

おそ子先輩が大袈裟に涙なんか溜めて、私の両手を掴む。七人分のスケジュールをすり合わせるなんて大変だろうに、みんなはそれをちゃんと分かっていないらしい。それに、おそ子先輩がこうやって企画してくれなければ、私は皆さんとこうして温泉旅行に来られてないわけだし、本当におそ子先輩様様なのだ。

「なんか、なまえって前会ったときと変わったよねー。そんな感じだったっけ?もっとオドオドした小動物みたいな感じじゃなかった?」
「確かにー、なんかあったの?」

カラ子さんとチョロ子さんが揃って首を傾げる姿がちょっと可愛らしい。私は、皆さんとの出会いのおかげで自分を変える努力をしていることを掻い摘んで簡単にご報告した。二人から見ても変化があるのは、とても嬉しいことだ。今後のやる気に繋がる。最近分かったことだけど、わたしは褒められて伸びるタイプらしい。いや、煽てられて木に登るタイプと言うべきだろうか…

「なるほどねー」
「いいんじゃない?私は、前より今のなまえちゃんのほうが好きー」
「ほ、本当ですかっ!?うわぁ、それは凄く嬉しいです!」
「まぁ、尻尾ぶんぶん振ってる感じは変わってないけどね」
「え、尻尾…?」

その問いかけは有耶無耶にされ、定食屋さんをあとにした私たちは、バスまでの時間をどうするかで悩むことになった。

「やっぱ、秘宝館?」
「でも行くには時間短くなーい?」
「じゃあ、もう一本遅いバスで旅館行く?」
「私は早く旅館で休みたいわ」
「十四子的にはどっちでもー」
「私もー」
「私、もうちょっと写真撮っていきたいかな」
「だいたい、全員で行動する必要ある?子供じゃないんだから」
「せっかくの旅行なんだよ?みんなで楽しみを共有したいじゃない!」
「それはちょっと分かんないかなー」
「うん、もうちょっと自由は欲しいよねー」
「もうなんでもいいから、早くどうするか決めてよー」

この六人は仲が良いのに、まったく意見が噛み合わないらしい。というか普段からおそ子先輩に任せきりなのだろうか、黙って見ていたらてんで意見がまとまらなくて、思わず苦笑い。

「もういいや、私ここから一人で行動するね」
「えっ!トド子!?」
「なまえちゃんから貰った資料あるし、一人でも平気。みんなと歩くともたもたするから、一人で行動したほうが色々行けるもん」
「ちょっと、勝手なこと言わないで…っ」

黙って見守っていたら、トド子さんがさっさとバス停とは逆方向に向かって行ってしまった。おそ子先輩の機嫌が悪くなるのは分かったけれど、トド子さんは写真を撮るのが趣味なんだと思うし、それなら旅館に行くまでの間くらい単独行動でも良いのではと思ってしまう。

「じゃあどうする?秘宝館行く?」
「どっちでもー」
「私もー」
「もう!みんなちゃんと考えてよ!」
「私も抜けるわ。寒いし、ケチケチするの嫌だし、旅館で合流すればいいよね」
「はぁ!?ちょっと、一子まで…!」
「あと、この子も一緒に旅館連れてくから」
「…へっ?」

ぐいっと腕を掴まれて、軽くたたらを踏む。見上げると、一子さんと視線が絡んだ。

「さっきからちょっと顔色悪いみたいだし」
「えっ!?そうだったの!?大丈夫?なまえちゃん」
「それなら先に旅館行ってたほうが良いよねー」
「うん、先に休んでると良いよ」
「合流したら一緒に温泉入ろー」
「そういうことだから」
「あっ、え、ちょ…っ」

一子さんに引き摺られるまま、四人を残してその場を離れ、駅前に一台だけ停まっていたタクシーに押し込まれた。
目を白黒させる私の混乱を無視して、一子さんはタクシーの運転手さんに旅館の名前を告げている。一子さんの突然の行動に整理出来ないでいる頭を、一子さんは力任せと言える強引さで自身の膝の上に招いた。

「ぐえっ、ちょ、一子さん…っ!?」
「旅館着くまで暫くあるから、アンタはこうしてなさい」

なんで、と思って顔を上げたら、運転手さんが年配の男性であることに気がついた。これも一子さんの優しさなんだと飲み込むことにして、少し硬い一子さんの膝に甘えることにする。優しい手つきで髪を梳かれるせいか、それとも自分で思うよりもずっと私は疲れていたのか、一子さんの膝枕に甘えながら意識はすぐに混濁していった。


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ふっと意識が戻ると、ちょうど旅館に着いたようだった。一子さんと二人でチェックインを済ませ、私たちは大部屋の和室へと通される。
次ノ間のある広く綺麗な空間と、畳の良い匂い、それに窓からは温泉地らしい景色が一望出来る。これは、なかなか

「良い部屋ね」
「はい!こんな素敵な旅館に泊まれるなんて、感動です!」

窓を開けると、硫黄の匂いが香ってきた。

「一子さん!硫黄の匂いが」

子供みたいにはしゃいで振り返ろうとしたら、背中から抱き締められて声が詰まった。心臓がヒリヒリする。

「い、一子さん…あの、外から見えちゃいますよ…」
「だから、嫌ってこと?」
「…だから、少し窓から離れませんか…?」

一子さんの腕の中で、ゆっくり体ごと振り返る。至近距離で見上げる一子さんの頬を撫でると、少し驚かれた。

「アンタ…、そういうのどこで覚えてくるの?」
「?一子さんにされて嬉しかったことを真似してるだけなんですけど…、嫌でしたか?」
「…あ、そう」

少し呆れたように見える表情を浮かべて、一子さんが私の腰を抱き寄せる。引っ張られるような形で窓辺から室内に移動した私は、少しバランスを崩して一子さんの胸にダイブするような格好になってしまった。それでも、一子さんは私のことを結構簡単に受けとめてくれる。前から思ってたけど、一子さんは顔に似合わず力持ちな一面があると思う。
見上げた顔は、妖艶そのものなのに。

「…なに?」
「あ、いや…一子さん、美人だなぁって…」
「やだ、正直ねアンタ」

美人と褒められて嬉しそうにする一子さんは、綺麗というより可愛い。こういう素直なところも、好き。

「今なに考えてるか当ててあげましょうか」
「えっ」
「私のこと、好きだなって思ってたでしょ」
「えっ!?」

な、なんで、バレたんだろ?

「ほら、なんでバレたんだって思ってる」
「い、一子さんはエスパーですか…?」
「ふふ、アンタが分かりやすいだけよ」
「ええー…それにしたって…」
「どうせ指摘しても治らないと思うから言うけど、アンタ、私のこと見てると目がとろんってしてくるのよね」
「え、えっ、えっ?!そそそそそんなだらしない顔してますか?!」
「結構頻繁にね」
「う、うわ…」

そんな顔してたら、いくら口で言わなくたって、すぐに一子さんとの関係が周りにバレるんじゃないの?!それは、まずい。まずいよね?まずいよ!
確かに一子さんと目を合わせていると、ぽやんとなってくらくらするし、ドキドキして心臓が口から出そうになる。それが顔に出ていたなんて、恥ずかしすぎる!

「また百面相してるわよ?」
「ふあっ!?ポ、ポーカーフェイス…!」
「こら、眉間に皺寄せないの。跡になったらどうするの」
「だっ、だって…っ」

そんな分かりやすい顔して、もし一子さんとの関係がバレて別れることにでもなったりしたら、私は自分の表情筋の緩さを許せない。これは真面目な問題なのだ。
むむむ、と更に眉間に皺を寄せて俯くと、一子さんに両手で顔を掬い上げられた。頬を包む手が、なんだかいつもより冷たく感じる。

「んん…っ」

引き合うように触れて、一子さんの舌が唇を割り、口内をまさぐる。腰が浮き上がるような感覚と一緒に、心臓が喉元まで上がってきたように苦しくなる。頭の奥が焼けついて、思考が回らなくなって、足先から順に感覚が遠のいていく。

「…、んっ、ぁ」

離れるとき、唇をぺろりと舐められた。揺れていた視界が鮮明になり始め、一子さんを見上げると、いつもの顔で艶やかに微笑んでいた。

「キスしたあとのなまえの顔が一番好きよ」
「…わたし、どんな…?」
「うふふ、もう溶けちゃいそうって顔」

それは、それは、ポーカーフェイスからは随分と遠い。

「うぅ…」
「なによ、褒めてるのに」
「だって…、私、一子さんと離れたくない…」

溶けちゃうなら溶けちゃうで、一子さんと溶け合いたい。混ざってひとつになって、一子さんの一部になれたらいいのに。
一子さんの胸に顔を埋めると、優しく背中を撫でられる。髪にキスをひとつ、頭に頬を擦り寄せられた。
それだけでもう蕩けそうなんだから、一子さん相手にポーカーフェイスなんて出来るわけもない。

「アンタがいいって言うまで、離さないでいてあげるから、安心しなさい」
「…じゃあ、ずっと…」
「はいはい、…ずっとね」

私の不安や色々な思いをなにも言わずに見抜いて、ただ甘えさせてくれる。一子さんの余裕や、大人らしい包容力には勝てる気がしない。勝つ気もないし、悔しくもないけど、こんなに甘えてていいのか不安にはなる。そんなこともきっとお見通しで甘やかしてくれるのだから、一子さんはちょっとタチが悪い。タチが悪いくらい、優しくて困る。好きすぎてつらい。

「それよりアンタ、やっぱり口の中熱いわね…、熱出てきたのかしら」
「ふへっ…」

前髪を掻き上げる動作で、ぐいっと上を向かされる。反射的に目を瞑ってしまうと、こつんと額同士がくっついた。

「んん…熱は、ないわね…。おそ子たちがこっちに来るまでまだあると思うから、アンタは少し寝てなさい。布団って勝手に敷いて大丈夫よね」
「あ、あの…?え…?」
「まさかアンタ、本当に自覚無いの?顔色悪いって言ったじゃない」

次ノ間の押入れからお布団をひと組引っ張り出しながら、一子さんが渋面を作って振り返る。

「てっきり、アレはそういう口実なのかと…」

一子さんも私と二人になりたくて〜なんてことをちょっとでも考えていたお花畑な脳みそを殴りたい。純粋に心配してくれていたなんて、恥ずかしくて合わせる顔がない。

「まぁ、それも無くはなかったけど」
「っ、本当ですか!?」
「尻尾振るのやめなさい」
「え、尻尾…?」
「でも顔色悪いのも本当よ。昨日はちゃんと寝たの?」
「…ちょっと準備に時間が掛かりまして、…少し夜更かしを」
「電車の乗り換えもあったし、私たちが近くに居てもずっと目瞑って縮こまってたじゃない。乗り物酔いは?」
「……少しだけ」
「………………」
「…っ痛い!」

ゴツンと、軽めにではあるものの一子さんから拳骨を頂いてしまった。額をさすりながら見上げると、一子さんはちょっと怒った顔。

「アンタね…、そういうのは早く言いなさいよ」
「でも、全然平気でしたし!皆さんの足を止めるほうが…ぁ痛いッ!?っい、一子さん、拳骨はひどくないでしょうか!?」
「拳骨じゃなくて、ちゃんと脳みそ入ってるのか確認するためにノックしてるのよ」
「もっとひどい…!」
「それで体調崩されたほうが周りに迷惑が掛かるでしょ?」
「…っそれは、…すみ、ません…」
「私たちのメンバーみんな、他人に興味なんか無いんだから、元気そうにしてたら気づいてあげられないの。分かった?」

それは、確かにそうなのかもしれないけれど、でもせっかくの旅行に水を差したくなかったし…。気づかれないほうが、私としては有り難かったわけなんだけど、ああでも今日は何度か一子さんと目が合っているし、それで…?ん?

「それは、あの」
「なに?」
「一子さんは、私に興味があるから気に掛けてくれていたってことでしょうか…?」
「恋人に興味無いわけないでしょ?」
「っそ、れも、そうですよね…っ」

かあぁ…っと全身が火照る。一子さんは簡単に“恋人”とかって言うけれど、私は未だにそれが慣れなくて浮ついてしまう。

「とにかく、分かったなら大人しく寝てなさい。いいわね?」
「うぅ…でもせっかく一子さんと二人になれる時間なのに…」
「自分から寝るのと、私に酸欠にされてブっ倒れるのとどっちがお好み?」
「おやすみなさい!」

パッパと一子さんが準備してくれたお布団に向かい、潜り込む。寝られる格好じゃないんだけどなぁ、なんて思っていたのも束の間。私の意識は早々に暗んで、明かりが消えるようにぷつんと眠りの中へ落ちていく。
意識が消える前、一子さんにふわりと頭を撫でられる感触がした。


□


大人しい寝息を聞いて、一息つく。
まったく、なんでこうもこの子は上限なく頑張ろうとするのだろうか。
誰も気づかなかったら、きっと旅行が終わるまで黙っているつもりだったのだろう。いや、それ以前に自覚が無かったみたいだから、旅行が終わってからガクンと倒れたりするんじゃないの?
そうやって、目の届かないところでなにかあったと考えたほうが胸が苦しくなる。

「………バーカ」

もう、勝手に居なくなってほしくないのに。


Love is best.

―Robert Browning

愛は最上なり。
―ロバート・ブラウニング
(2017.03.20)


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