あてもなくぶらぶらと商店街を通り抜けようとしていたら、見知った声に呼び止められて振り向いた。
「よっす、一松!」
「なに、なまえちゃん。元気だね」
「一松の分も無理にテンション上げてるからね」
「すみませんね、生きてる価値の無いゴミが呼吸することでそんな弊害が生まれるなんて。いっそ目の前で車にでも轢かれてあげようか」
「一松も買い物?」
「アッ、無視ですかそうですか。…まぁ多分、買い物」
「え、多分?」
そう、多分。
と言うのも、内容がチョロ松兄さんへの再就職祝いだからだ。お手製の猫のぬいぐるみは前回あげちゃったし、正直言ってネタは尽きている。今更あいつになに渡して良いかも分からないし、だいたい勝ち組に一歩近づいたあのクソ三男になにかあげたいとも思わないんだけど、まぁ一応兄弟だし、形式的にね。
ってことで、格好だけでもと商店街をぶらついてみたが、良いアイディアが浮かばなくてもういっそなにも無しで良いじゃん帰ろうかなと思ってたところ。そんな折に、なまえちゃんに声を掛けられたのだ。
あ、そうだ。
「なまえちゃんは、チョロ松兄さんになにかあげるの?」
「?…あ、就職祝い?うんまぁ、考えてはいる」
「ふぅん…、なにあげんの」
「チョロ松の欲しいもの、かな」
「チョロ松兄さんに頼まれたの?」
「ううん、そこはあとで話してからあげるつもり」
「あー…なるほどね」
直接聞けるって良いな。兄弟にもなると、そんなことを聞くのもむず痒くて出来やしない。彼女の特権か。つーか彼女って、なまえちゃんが彼女って、
「クソが、死ねよ…」
「突然どうした一松!?」
「ああごめん、心の声が」
「えー…今の話の流れでそんな心の声出るかなぁ…」
「気にしない気にしない」
高校時代の僕の告白は、なまえちゃんにきちんと伝わっていないらしい。トド松の弁では、だけど。でも、今にして思えば僕も言い方が悪かったのかな、なんて。まぁアレがあのときの僕の精一杯だったのだけど。
「あ、一松これから商店街で買い物する?」
「え、分かんないけど…なんで?」
「さっき買い物してさ、千円で福引一回出来るよって言われたの。それで、あと三百円でもう一回引けるんだけど、」
「ああ、それでおれに三百円出してなにか買って来いと」
「…そういう言い方はしてないのに」
「いいよ、猫缶買ってくるから待ってて」
なまえちゃんを置いて、すぐそこの薬局で猫缶を三百円分購入して戻り、貰ってきたレシートを手渡した。でもなまえちゃんはなんだかちょっと浮かない顔。なにがお気に召さないのか。
「なに、どしたの。これで二回引けるんでしょ?」
「うむむむ…私ってくじ運あんまりないんだよね…」
「ああ、それでおれの運を使って来いと」
「…そうは言ってない…」
そう言いつつ、なまえちゃんは視線を逸らしながら僕のパーカーの裾を摘んできた。なんだこのクッソ可愛い生き物。寝取っていいかなぁ…
「じゃあ、一回ずつ引く…?」
「そうする!よし、福引会場に行こう一松!」
「あー…クッソ可愛いな…」
「え、なんて?」
「ううん、なんでもない。でも耳鼻科行って聴力調べたほうが良いよ。それか、死んで」
「なんで!?」
なまえちゃんに連れられて、商店街の中央に組まれたテントに向かうと、結構な人が並んでいた。商店街のささやかな催し物かと思ったら、どうやら今回は商店街を挙げての福引大会らしく、その景品がなかなかに豪華なのだそうだ。確かに一等が最新の炊飯器で二等が桐箱入りの和牛っていうのはなかなか豪華だと思う。僕としては五等の動いて喋る猫のぬいぐるみが欲しいところだ。その全てに提供元が書かれていて、なるほど確かに商店街中の店が景品に協力していることが分かる。
「一松、チョロ松になにあげるか悩んでたんでしょ?福引でなにか当たったらそれをあげたら良いんじゃない?」
「ああ、なるほど…」
確かに。例えポケットティッシュひとつだろうと、それをお祝いにあげようと思う。五等だった場合はたまに使わせてもらおう。
「…あ、てか、なにか当てたらぼくが貰って良いの…?」
「え、うん。そりゃ勿論」
「七百円分はなまえちゃんのお金だけど」
「良いの良いの、引くのは一松なんだし」
そんなことを話していたら、目の前に居たおばさんが福引を終えて僕らの番が回ってきた。みんなそれなりに浮かない顔で、大量のポケットティッシュをバッグに詰めている。ここ、本当に当たりは出るんだろうか。
「はーい、いらっしゃい!はいはい、二回ね〜…彼氏と彼女どっちが回すんだい?」
「え…?」
「じゃあ、まず私が回すね!」
今このおっさん、僕となまえちゃんのこと、彼氏と彼女って言ったぞ。そしてなまえちゃんはそれを鬼スルーか。肯定も否定もしないそれは、結局おっさんにとっては肯定の意味だ。僕が変な汗を掻いて戸惑ってることなんかどうでも良いのか気づいてないのか、なまえちゃんは特に気にしたふうもなく福引のガラガラを回し始める。彼女居ない歴=年齢の童貞を嘗めないで頂きたい。知らないおっさんに恋人同士と間違われただけで、一月はオカズに困らないほど興奮した。童貞って怖い。
「…っ、あ〜あぁ…」
「ありゃあ、残念賞!また来てね〜」
気づいたらなまえちゃんがハズレを当てた後で、ポケットティッシュ片手に苦笑いをして振り返った。
「んー、やっぱくじ運無いみたい。じゃあ次一松頑張って!」
「あ…うん…」
軽く肩を叩かれただけなのに、体はひどく反応してしまった。熱が一点に集まる。こういうのって凄く空しいのに、頭の中には邪念や煩悩が溢れて止まらない。ああもう寝取りたい。
しかし駄目だ。いくら僕にだって線引きくらいある。なまえちゃんは僕の初めての友達だし、絶対に失いたくない。だから、こんな邪念、こんな煩悩、消えて然るべきなんだ、早く早く消えてしまえ!
「いっ、一松っ、回しすぎ回しすぎ!」
邪念よ去れ!煩悩よ去れ!!そうだ、いっそ羨ましいと素直に認めて再び神になるんだ!!僕は、チョロ松兄さんが羨ましいしなんなら殺したい!!でも僕がなまえちゃんのために就職出来るかと言われたらきっと僕は出来ないんじゃないかと思う。それに、なまえちゃんはもう選んだ選択を変えたりなんかしない!!
カラン、
と玉受けに玉が落ちた。無心で回し続けたせいか、少し息もあがってるし、回し続けた右腕が痛い。運動不足をこんなところで痛感するとは。
「これ…」
「お、おめでとうございます!!特賞が出ましたぁー!!」
「…え」
「すご、凄いよ一松!特賞だって!!なんだよぉ!運持ってるじゃーん!」
ガランガランとおっさんが手持ちの鐘を鳴らして、横ではなまえちゃんが自分のことのように喜んで飛び跳ねている。僕は少し現実感が無かった。
「はい、おにーさん!特賞の温泉旅行ペアチケット!彼女さんと頑張っといで!」
下世話な笑い方で差し出された封筒を受け取り、僕たちは福引会場を離れた。なんだ頑張っといでって。それってそういう意味かよ。じゃあ頑張るの僕じゃないんだけど。クソが。
「凄い凄い!特賞なんて出たの初めて見たよ!」
「年末に運使い切った…来年のおれには死しか残されていない…」
「なんでそう悲観的になるかな!素直に喜びなよ!」
「…でも、これ結局はなまえちゃんとチョロ松兄さんに渡すわけだし」
「えっ!?いやいや、その話は忘れて良いよ!一松が当てたんだから、一松が行かなきゃ!」
「ぼくがペアチケット使って?誰と?」
「…………猫と?」
「…………………」
「アッ!トト子ちゃんは!?温泉旅行喜ぶよきっと!それか、ご両親にプレゼントするとか!あ、これ良いんじゃない?!」
「なまえちゃん一緒に行かない?」
「…っえ?わ、私?」
「うん」
「私と、一松で?」
「そう」
「それは…、…ごめん、無理だよ」
「じゃあチョロ松兄さんと行って来なよ」
分かりきった答えに畳み掛けると、なまえちゃんは困った顔をした。ならばと僕は口を開く。
「なまえちゃんさ、ぼくが前に告白したの憶えてる?」
「え、告白?なんの?」
「……普通の」
「普通の告白……って、え!?そういう意味での?!」
「うん」
「いつ?!」
「高一の終わりくらい、体育館裏で」
「体育館裏って、いつも一松と猫の世話してたとこだよね…?」
「世話っていうか、構ってただけだけど…まぁそう」
「………ご、ごめん…憶えてない…」
心底申し訳なさそうに顔を下げるなまえちゃんに、僕は景品の封筒を押しつけた。
「今この話聞いて罪悪感湧いたでしょ、じゃあこれ受け取って」
「ぐぬぬぬ…っ、なんて策士…」
「もっと褒めて良いよ」
「…高校時代に一松に言われたことで印象に残ってるのは、“ぼくを飼ってくれないか”っていうのだけなんだけど…まさか、あれじゃないよね?」
「………………」
「…っえ?!ほんとにアレなの!?じゃあ気づくわけないじゃん!!一松くんって変わったこと言うなぁくらいにしか思わなかったよ!!じゃあ今のナシ!!これ返す!!」
封筒を突き返そうとする手を取って見下ろすと、なまえちゃんは言葉に詰まったように顎を引いた。怯えてるみたいな上目遣いに色々なものがボルケーノしそうになるのをぐっと堪える。堪えたつもりだ。
「人の精一杯の告白を茶化すのはどうかと思う」
「…ご、ごめんなさい…、で、でもね?ほら、やっぱりこれはちょっと金額的にも大きいプレゼントだし、私たちが貰うのって気が引けるかなぁって…一松が引いたものだし、一松が行くのが一番良いのかなって」
「つべこべうるせぇぞクソアマ!!もう一回ちゃんと告白してやろうか?!アアン!?」
「うわ突然よく分からないキレ方されたし理不尽な怒り!!」
「どうせ断るのに告白なんかされたくねぇだろ?ああ?嫌だよなぁ?だってどうせ断るんだ、心が痛むよなぁ?」
「わかっ、分かった!分かったから、迫って来ないで!怖い!!」
「んじゃあ、ちゃんと封筒を鞄の中に入れて」
「……はい。どうもありがとうございます一松様」
「苦しゅうない」
「でもコレさ、チョロ松への就職祝いなら直接チョロ松に渡すべきじゃないの?」
「なまえちゃん含めてプレゼントだから、問題無い」
「え、私含めてなの?」
「そう、なまえちゃんと行ける温泉旅行ペアチケットって言ったほうが喜ぶでしょ」
「そう、いうもんかな…」
「みょうじさん、男は君の思う以上に単純なのだよ」
「うーん、…分かった。じゃあ私からコレは渡しておくね」
「うん。なまえちゃんから渡すってことは言っておく。てか、なまえちゃんほんとに今日うちに来ないの?」
話の決着が着くと自然と二人並んで家路を辿りながら、僕は隣を歩くなまえちゃんを見やった。今日の夜、うちでチョロ松兄さんの再就職祝いをするのだ。二度目だし、正直面倒にも思うけど親の金で寿司が食べられるので兄弟みんなテンションぶち上がりだ。そこになまえちゃんも招待したのだけど、なまえちゃんはそれを断ったらしい。
「うん、今日は家族だけで祝うと良いと思って」
「べつに、なまえちゃん一人増えたって変わらないよ」
「そうかなぁ」
「今からでも来れば?」
「…ううん、やっぱりやめとく。チョロ松とは明日一緒に祝おうって話してるし」
「アッ、そう。そういう感じのやつね、ハイハイ」
「ちょっと、なにを勝手に察したのか知らないけど、そういうんじゃないからね?」
「イヤ、良いと思うよ?お二人はアベックなわけですし?」
「アベックって…久しぶりに聞いたわそれ。ちゃんと夜には息子さんをお返ししますので」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「いやマジで帰すから、心配しないで」
頑なななまえちゃん。二人はまだそういう関係ではないらしい。安心したような、チョロ松兄さんが可哀想なような。僕にもし将来彼女が出来たとしたら、正直こんなに長い間待たされたら爆発するかもしれない。そこはチョロ松兄さん、さすが兄弟一のヘタレ、口だけの男。…それだけなまえちゃんのこと大事にしてるってことなのだろう。
「ねぇ、一松」
「なに」
「…これからも、友達で居てくれるんだよね?」
隣を見下ろすと、眉根を下げたなまえちゃんと目が合った。こういうところ、素直に可愛いって思う。
「ぼくなんかで良いなら」
そう言うと、なまえちゃんはホッとしたようにはにかんだ。
「一松が良いんだよ」
「なにそれ、殺し文句?」
「友情を狙い撃ち」
「なまえちゃんってたまに凄くずるいよね」
「…それ、チョロ松にも同じようなこと言われたなぁ」
「よく知らないけど、多分なまえちゃんみたいな子を小悪魔って言うんだと思う」
「え゛!?なにそれなんか嫌なんですけど!!私、そんなに性根悪い!?わがままばっかり言ってる?!」
「…なまえちゃんの小悪魔のイメージは分かんないけど、少なくともぼくら兄弟を翻弄してはいるんじゃない?」
「そんなつもり無いんだけどなぁ…」
「ぼくらの周りの希少な女の子だから、仕方ないんだけどね」
普通の顔で、平然とこんな話が出来る。僕らは随分と成長してしまった。きっと少し前なら、なまえちゃんはこんな話題を嫌がって、わたわたと可愛く焦ったりして見せたのだろう。でも、今はまるで第三者みたいに自分のことを話している。それは、なまえちゃんがチョロ松兄さんに心を決めているからだ。もう、誰の入る余地も無い。だから、平然と話せて、笑い話として語れるのだ。
ああ、良かった。
こんなに晴れ晴れとした気持ちで終わる恋もそうそう無い。なまえちゃんを好きになって良かった。僕たちの中の誰かを選んでくれて、良かった。それが僕じゃなくて、良かった。
「あ、え…、いち、まつ…?」
立ち止まった僕に合わせて、なまえちゃんも半歩遅れて立ち止まる。駆け寄るように近づいたなまえちゃんが、戸惑いながら僕の頬に触れてきた。
「…泣かないで」
「泣いてない…、泣くわけない」
だってなにも悲しくなんかない。
僕はなまえちゃんの頭を撫でて、多分笑ったと思う。
「良かった、おめでとうなまえちゃん」
「……一松…」
ありがとう、そう言ってなまえちゃんも笑ってくれた。
商店街を出た僕らはそれぞれの帰路に就く。僕はなまえちゃんを見送ることなく、彼女に背を向けて歩き出した。顔を拭うと、パーカーの袖が不自然に濡れてしまって、自嘲する。
良かったと、笑える日が来た。
なまえちゃんが、友達で良かった。
(2017.04.15)