「あ、なまえじゃん。奇遇だね」
「よっす!なまえちゃん!!」
奇遇。
会社の慰安旅行でやって来た大分県の温泉旅館入り口で鉢合うこの状況を、その一言で片付けて良いものだろうか。
「チョロ松と十四松によく旅行するお金があったね」
「ぼくはライブさえいくつか我慢すれば堅実に貯金してるからね」
「ぼくはインカムゲインで旅行券貰った!」
「へぇ、どうでもいいけど私とは個別に楽しんでね」
なんて、そんな上手いこといくわけがなく。
この二人は常に私の視界に入り込み、私の入浴時間をなぜ把握しているのか大浴場の出入りにまで付き纏い、女性社員用の大部屋に訪ねてきたときは思わず顔面に拳を振り下ろしてしまった。
他の女性社員の皆さんに心配を掛けてしまったが、一応知り合いだという説明をし、申し訳ないが個別行動することを伝え荷物と一緒に部屋を出ることにした。周りに迷惑は掛けたくない。
そしてやって来たのは二人が泊まるツインルーム。まったく、そのお金で親孝行をすれば良いのに。
「あーとり天食べたかった…、絶対フグ出たよフグ…。せめて夕飯食べるまで待ってよ」
「食べに行く?ぼくら素泊まりだから、外に食べに行くんだけど」
「なまえちゃん!美味しいもの食べに行こー!!」
旅館の食事か、外で選んだお店か。そりゃ外に食べに行ったほうが美味しいに決まってる。ラインナップは落ちるだろうけど、より美食を求めるためには仕方のない犠牲か。
「よし、じゃあ食べに行こう。言っとくけど君らの奢りだからね」
「げ、まぁいいけど…」
「やったー!なまえちゃんとデートぉ!!」
テンションの違う二人を連れて旅館を出る。本来ならこんな単独行動が許されるはずはないのだけど、ストーカー二人に付き纏われる可哀想な女として周りに心配されたり同情されるよりも、集団行動の出来ない迷惑な女として一線引かれるほうがまだいいという結論を出させて頂いた。それに一応上司には連絡を入れて、やむ終えずの許可をもぎ取ることも忘れていない。余命抱えた病気の友人がどうしても会いたがっているという話をでっち上げさせて頂いた。
三人で夜の温泉街を歩き、チョロ松がチェックしていたお店で夕飯を済ませる。フグもとり天も食べられて、更に奢り。まあまあ満足だ。
「いいねー!こういうの!」
「唐突だね」
「だってなまえちゃんと旅行来てるんだよ!!ぼくすっごく楽しい!!」
「ううん、私は君らと旅行には来てないよ?」
「なまえは新婚旅行、海外と国内どっちがいい?今から貯金しておくから」
「誰と誰の新婚旅行だい」
「ぼくねぼくね!式は和装が良い!!神社でお酒飲んで結婚するやつ!!」
「三三九度をそういうふうに言うと風情が無くなるからやめようね」
「披露宴のお色直しでコスプレしてくれない?」
「ドレスも見たい!いっぱい見たい!!」
「そんでそのまま初夜を迎えたい」
「迎えたいね!!」
彼らは理想の結婚式について語り合っているだけで、私の存在はそこに一切関わりはないと思うことにした。現に私がなにを言わなくても二人の会話はヒートアップし続けているし、まぁ夜の温泉街に響くBGMには少し煩わしいが、こんなのもまた風情と思うことにしよう。
「ところでぼくらの部屋ベッド二つあるけど、どっちと寝る?」
「ぼくなまえちゃんと一緒じゃなきゃ寝ないよー!!」
「十四松は寝相悪いだろ?ぼくと寝たほうが良いって絶対」
「じゃあ縛って!!縛って良いから!!」
「旅館の大部屋で寝たいってこんなにも思ったりするもんなんだね」
結局、一つのベッドに三人ぎゅう詰めで眠りました。
翌朝体が痛くて仕方なかったけれど、会社のレクリエーションに参加せねばと準備していたら、笑顔の十四松が部屋の扉の前から動かない。まるで弁慶の仁王立ちだ。脛を蹴り上げたが、いひゃい!と抗議を受けるだけで退こうともしなかった。
「え、なに、私は会社の行事に参加出来ないんですか?」
「なまえの会社って男比率高くない?7:3で男ばっかじゃん」
「どこも大して変わらないと思うよ」
「なまえちゃんが変な男に目ぇつけられたらやだよ!」
「もう六人も変な男に付き纏われてるから今更平気だよ」
「え、誰?会社の奴?リストアップしてくれる?」
「自覚が無いということに戦慄する」
「なまえちゃんが帰るの明日の朝だよね?じゃあそれまでぼくらと遊ぼー!」
「スケジュールもバッチリ把握してるじゃないですか、初めの奇遇だね設定どうした?」
「旅館に軟禁とお土産見に行きがてらご飯食べに行くのとどっちがいい?」
チョロ松と十四松の目は本気でした。
まぁこいつらが本気なのはいつものことだけれど。仕方なく、私はまた上司に連絡を入れることと相成った。
そういえば先日、同僚の与太一さんが部署移動になりました。もう多くは言うまい。
そして言葉を呑み込んだ