夜寝る前、次の日が休みだとついつい夜更かしをしてしまう。早起きしなくても良いという免罪符を高々と掲げ、ちょっとした贅沢と思って夜更かしをする。勿論それは、次の朝が清々しいものだと信じてのものだ。
だから、朝から両手がベッドに括られている現場に遭遇するなんて、想像もしていない。
「……なんだこれ」
回らない頭で捻り出された言葉はそれだけだった。なんだこれ。なんで私の両手がこんなことに。私の両手は、リストバンドの上から手錠を掛けられてベッドと繋がれていた。
まさか自宅のベッドでこんな誘拐にあったみたいな起き方をするなんて。
「あ、起きた?おはよ」
「…ええ…チョロ松、えぇ…」
声のほうを見ると、警察官のコスプレをしたチョロ松がお盆を両手に持って入ってくるところだった。私には上級者過ぎて事態について行けてないよ。
「え、チョロ松…えぇ…」
「朝ご飯持ってきたよ」
「いや、普通に進行しようとすんのやめてくれる?せめて説明してくれない?」
「ぼくの格好は?」
「警察官…?」
「なまえはどうなってる?」
「手錠で…繋がれてる…」
「そういうこと」
「いやいやいや!分かんない!全然分かんない!!」
「はい、ご飯ですよー」
チョロ松はどうあってもこの状況を続行するらしい。人に自分の趣味を強要するのは如何なものかと思う。
両手が使えないので、仕方なくチョロ松が口に運んでくる朝ご飯を食べていると、バーンと寝室の扉が開かれた。
「グッモーニン!素敵なあなたは誰かって?オレさ、ギルティポリス!カラ松さぁ!」
「帰ってください」
「うん、お前は帰っていいよ」
「えっ!?」
コスプレした変態がまた一人増えてしまいました。
朝ご飯をきっちり食べて、水をコップからストローで飲まされている間、私なりにこの状況について考えてみた。
警察官プレイに巻き込まれた。
これくらいの結論しか出せなかったが概ね当たりだろう。
「でもなんで私が犯人役なんだ」
「それはなまえが罪深いほどマジカルな可愛さを誇っているからさ…。つまり罪状は…オレのハートを撃ち抜いたこと…」
「アレは必要?」
「勝手について来たんだよ」
「無視しないで…!!」
そもそも起きた時間がお昼前だったのだが、いったいこれはいつまで続くのだろうかと、寝起き姿のままで考える。もういっそ二度寝しようかな。
「チョロ松、これいつになったら気が済むの?」
「ぼくはいつまでもなまえの手錠姿見ていられるけど?」
「歳の数だけ殴ろうか?」
「仕方ないな、ちょっと待ってて」
そう言ってチョロ松が取り出したのはスマホ。それを私に向けて、物凄い速度で写真を撮り始める。なにしてんだお前という抗議は一切聞こえていないらしく、連写のあとはムービーを撮り始めたので、私は西暦の年数だけチョロ松を殴ろうと思った。
やっと手錠が外され、手首が自由になるとなんだかとても変な感じだ。手錠なんてオモチャでも掛けるもんじゃない。なんか心地悪かったし。
「そんで、なんで警察官?」
「押入れの整理してたら出て来たから、なまえに見せたいなと思って」
「なんでそんなものが押入れに入っているのか」
「どうだなまえ、オレの警官姿…凛々しすぎて自分でも目眩がするんだ」
「病院行きなよ、頭の」
ベッドから立ち上がって、とりあえずの身支度をしに洗面所へと向かう。後ろをついてくるカラ松とチョロ松がなにをしたいのかは分からないが、今の私に出来ることは平穏無事に過ごすために彼らを無視することだ。
「なまえちゃーん!!お散歩行こー!!」
「………えぇ…」
居間には人間サイズの大型犬が居た。いや、大型犬のコスプレをした十四松が居た。
「これ、うちの警察犬」
「わふ!!」
「うわあ…」
「なまえちゃん!散歩行こうよ!お散歩!」
十四松の首輪に繋がったリードを差し出されて戦慄する。
「…悪いけど、散歩は無理かな…」
「ガーン!!萎えぇ……っあ!じゃあキャッチボールは!?フリスビーでも良いよ!!」
「その格好の十四松と外に出るのは難しいかな」
「マジすか!?なんで?!」
「ぼくらも一緒に行くよ?」
「そこじゃないし、お前らまで同行したら更に訳分かんないことになるだろ」
「じゃあ今日は家の中で警察官ごっこをしようじゃないか!」
「なに言ってんの?」
斯くして始まった警察官ごっことやらは、所謂かくれんぼと警泥を合わせたような遊びだった。警察役一人が隠れた犯人役を捜して、見つけられた犯人は牢屋と称した居間で待機。警察役に見つからなければ、犯人役は牢屋へ他の犯人を助けに行ける。というものだ。
「とりあえず着替えていい?私まだパジャマなんだけど」
「いいよ、着替えて来て」
寝室に戻ってタンスとクローゼットを開けたが、全てがミニスカポリスの衣装に差し替えられていた。あまりのことに膝を折る。この、この行動力をもっと他のことに活かせられたらなぁ!
揉めるのも面倒でミニスカポリスの衣装で居間に戻るとまたチョロ松にカメラを連写された。もう、撮りたきゃ撮りやがれ。
「可愛いじゃないか…!正にキューティエンジェルポリスだななまえ!」
「天使なのか警官なのか」
「なまえちゃんかんわいいー!あとちょっとパンチラしてるよ!」
「え!?」
「「なんだと!?」」
そうか、十四松は犬の格好で屈んでるから…、油断した。あとの二人は鼻血を拭け。
「これ以上私を怒らせないほうがいい」
「フッ…純白の天使が舞い降りた…」
体重を掛けてカラ松をぶん殴ったら、あとの二人はなにも言わずにすっと立ち上がってくれた。
「じゃあ、警察役をじゃんけんで決めよう」
結果、最初の警察役は私に決まり、十分の時間制限を設けてゲームは開始された。
勝手知ったる自宅だし、隠れられる場所自体そんなに無いから見つけるのはとても簡単だった。けれど今度は牢屋にしている居間を守るのが大変で、他の犯人を捜しに行っている間に脱走されていたり、十四松が隠れるのも逃すのも上手くて全然捕まらなかったり、意外と白熱した勝負となったが、一回戦は私の負けとなってしまった。
その後も警察役を変えて何度かやってみたけれど、犯人全員を捕まえるのがなかなか難しい。十四松が警察役のときに一度警察勝利になりそうにもなったが、それもタイムアップで警察役の負けとなってしまった。
「よし、これで最後の一戦にしよう」
「そうだな、それにしても結構な回数やったな…」
「ちょっと童心に返りすぎたよね…」
「楽しいねこれ!!」
最後の警察役はじゃんけんでチョロ松に決まり、犯人役がじゃあ隠れに行くかとなったところでチョロ松がそれを止めた。
「ひとつ提案があるんだけど、これって今のところ10:0で警察役が不利じゃん?だからさ、もしぼくが勝ったらなにか褒美が欲しいんだけど」
「まぁそれくらい無いとやる気出ないよなぁ」
「ご褒美?野球?野球する!?」
「いや野球じゃなくて、そうだな…なまえ」
「悪い予感がしてたよ…なに?」
「ぼくが勝ったら、その格好で膝枕してくれない?」
「えぇ…なんで私だけそんなリスクを…」
「なまえちゃん大丈夫!ぼくがしっかり守るから!」
「フッ…それくらいリスクがあったほうが燃えるじゃないか」
「賭けられてるの私の膝だからね?君らはノーリスクなんだからね?」
勝手にご褒美とやらを快諾してしまった筋肉二人に溜め息をついて、仕方なく私も頷いた。じゃないと終わらないし。それに、警察役が勝てる確率も低いしね。
そうして始まった最終決戦。私は寝室のクローゼットに隠れて、息を潜める。十四松は匂いで嗅ぎつけてくるけど、チョロ松は当てずっぽうに捜し回ってるだけだろうし、まぁ今回もタイムアップで終わりかな。
「はい、見つけた」
なんて、考えていたら開始数秒で見つかりました。迷わず捜しに来たことに驚く私の手を引いてチョロ松は居間へと私を連行する。ああもう、これは二人が助けに来るのを待つか、もしくは二人が捕まらなければ…
「お前、昔からクローゼットに隠れるよね」
「えっ、そう…?」
「うん、クローゼットか、外なら滑り台の近くとか」
確かに、考えてみると子供の頃のかくれんぼでもそういった場所に隠れてばかりいた気がする。
「分かりやすすぎ」
「うわー、だからピンポイントで狙われたのか…くそぅ」
それを知ってて今まで言わなかったのかこいつは。ちょっと助言してくれてもいいものを。
「…?ねぇ、他の二人捜しに行かないの?」
「ん?ああ、うん。あのさ、なまえ」
「は、い…?」
気づいたらチョロ松に組み敷かれて、見上げると両手にはまた手錠が掛けられている。あまりに流れるようにされたものだから、抵抗も出来ずにこんな体勢まで持ち込まれてしまった。不覚である。とか言ってる場合じゃない。
「ちょっと、チョロ松なにしてんの…?」
「え?警察官として犯人に尋問しようと思って」
「私の知ってる尋問と違う…!」
「ねぇ、銃とか隠し持ってない?」
「持ってるわけない!ぎゃあああ!触るな!」
無遠慮に体を撫でるチョロ松の手から逃れるべく必死に抵抗するけれど、さすがに相手は男だ。びくともしないし、身動きひとつ取れない。いつも私の暴力をこいつらは甘んじて受けてくれてるんだなとこんなところで実感させられる。ああでも今すぐ殴りたい!鳩尾に一発イイのを決めたい!!
「チョロま…っ」
「ね、なまえ…このままさ、越えちゃおうか」
「え、え、なに、なにを」
「一線…ってやつ」
わあ、この人誰だろう。私の知ってるチョロ松と違う人だ。いやだいたいは私の知ってるチョロ松だけど、なんだこいつ宇宙人に脳みそ弄られたりしたのか。
「ダメーーーっ!!駄目だよ!なまえちゃんを虐めちゃダメーーーっ!!」
「ウェーイトだ!ブラザー!!それ以上はオレの中の獣が黙ってないぜ!!」
「ハイ、二人とも見つけた。ぼくの勝ちだね」
「「あっ」」
助けに来てくれたことを喜べばいいのか、まんまとチョロ松の罠に掛かったことを嘆けばいいのか。
この後、チョロ松の気が済むまでめちゃくちゃ膝枕した。
太ももを撫でるなこの変態