――― #4


日がな一日ごろごろするのにも飽きて、バイトを始めてみた。いつまでもニートでいることに心臓がギュンッとなってきたところだったのだ。
夜に時給の良い居酒屋で働いて、昼間は松代さん、現私のお母さんのお手伝いをすることにした。長い一人暮らしで家事には慣れていたし、六人もニートを抱える彼女の負担を少しでも軽くしたかったのだ。初めの内は恐怖で引き攣った顔を向けられ止められたけれど、なんとか説得して、今は「凄く助かってる」と笑顔を向けられるまでになった。
そして、初めての給料日。お母さんには料理を休んでもらって、買い込んだ食材で唐揚げやレバニラなんかの肉料理を作り、少ない給料で家族分の寿司を頼んだ。ついでに酒好きなみんなのために日本酒やビールなんかも買って、自分なりに一生懸命みんなへの感謝の気持ちを表したつもりだった。

「てめぇ…っふざけんなよ!!」

なのに、私は今とてつもなく凶悪な顔で胸倉を掴まれています。

「お、落ち着けって一松、これはおそ松の感謝の気持ちだろう?素直に受け止めようじゃ」
「だあってろクソ松!!!」

どうやら、私の行動が一松の逆鱗に触れてしまったらしかった。私にはその理由が分からないけれど、ふんふんと鼻息荒く怒る一松も怒りの原動力がどこにあるのか分かっていないのかもしれない。据わった目には怒りと同じだけ混乱の色も見えていた。

「一松、二人で二階行って話さないか?」

胸倉を掴みあげる一松の手を取ると、その手は案外簡単に離れてくれた。そのまま一松の手を引いて、居間を離れる。みんなには好きに飲食しておいてほしいと言っておいた。

二階の六つ子の部屋で、俯いたままの一松を振り返る。手も振り払われるわけじゃなく、むしろ一松のほうからぎゅうぎゅうと手を握ってきているようにも感じる。弟や妹が居た経験がないから、こういう状況にも陥ったことがない。一松がなにを望んでいるのか分かってあげられない私は、直接一松から怒りの原因を聞くしかなかった。

「えっと…一松、なにが嫌だったのかな?」

答えを待ったけれど、いくら待っても一松はだんまりを決め込んだままで、どうしたものかと苦笑する。普段からあまり喋らないし、感情表現もあまりしない彼だけれど、十四松と違って彼の行動にはそれなりに意味があるはずだ。

「寿司嫌いだった?それとも肉料理が嫌だった?」
「…違う」
「じゃあ…」
「なんで、…なんで、バイトなんか始めたの…」
「えっ、そこ?」
「んだとコルァ?おそ松兄さんは一番のクズだろ!!そのクズが一丁前にバイトなんか始めて、しかもそれで寿司!?家族に寿司と酒!?なに考えてんの!?」
「な、なにって、そりゃ日頃の感謝を…」
「感謝ァ!?おそ松兄さんは感謝されたいと思っても感謝しようなんて思わないだろ!?」
「そこまでひどい人間なのおれって!?」

なんとか興奮する一松を落ち着かせて、よくよく話を聞いてみると、どうやら一番のクズである長男がバイトを始めて、更にはこんなパーティーなんか企画しちゃって、一松は脅迫観念に苛まれ不安に押し潰されてしまいそうになったということらしい。
一松はきっと根が真面目だから、自分もなにかせねばという焦りと不安が度を越して、結局は私に怒りをぶつけるという形になったようだ。ただの逆恨みだが、これも兄として受け止めなきゃいけないことなのだろう。

二人でソファに並んで座り、一松の頭を撫でる。一松は不貞腐れた表情で斜め下に視線を投げ出しているが、私の手を振り払うことはなかった。それに気をよくして撫で続けていると、ゆっくりと一松の視線がこちらを向く。

「不安にさせてごめんな、一松。でもさ、おれが記憶喪失になって(ないけど)、それをみんなが受け入れてくれて、おれは本当に嬉しいんだ。そのみんなに感謝したいって思うのは駄目なことだったかな?」
「………………」
「それに、一松には一番感謝してるよ」
「は?ぼく、なんもしてないんだけど…」
「後から聞いたんだけど、おれが記憶喪失になったこと、一番最初に受け入れてくれたのは一松だったんだろ?」
「べつに…あれは、そんなんじゃないし…」
「どういう理由でも、おれは嬉しかったんだよ一松」

どうにか安心してほしくて、笑いかけながら一松の頭を撫でる。少し視線を右往左往させていた一松は、視線を下げるような仕草で小さく頷いて見せた。

「……ごめん」
「ん。ほら、ご飯食べよう?せっかく頑張って作ったし、寿司だってみんなに食われちゃうよ」
「そうなってたらクソ松を殺す…」

一松の過剰なカラ松嫌いはなにが原因なんだろう。聞いちゃいけないだろうなと思って、その疑問は胸に仕舞うことにした。


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