――― #6
バイトの休憩中、同僚の女の子がお菓子を持って近寄ってきたので、反射的に笑顔を向ける。
「おそ松くん、お疲れ様ぁ」
「うん、お疲れ様」
「これ食べる?コンビニの新商品なんだけど」
「くれるの?ありがとう」
差し出された袋の中から、小分けされた一つを摘み上げる。パッケージを見るに、どうやらチョコレートのようだ。彼女はこうしてシフトが一緒になると、よくお菓子をくれる。恐らく私たちは友達と言って差し支えない関係だろう。
「なんか、貰ってばっかりだよね。今度おれもなにかお菓子持ってくるよ」
「いいよぉべつに、私が食べたくて買って来てるんだし」
「んじゃあ、おれも食べたいの買ってくる」
そう笑うと、彼女も笑い返してくれる。なんだか、学生時代の少ない記憶が蘇るようだ。お菓子の交換とか、女子はよくやっていた気がする。私はまずこういった袋菓子自体をそんなに食べなかったから、その例には漏れていたけれど。こういうの、女子っぽいなと漠然と思ってしまうのだ。彼女は女の子らしい女の子だ。顔も可愛らしいし、彼氏居そうだなって思わせるくらいの魅力がある。でも、これで彼女には今付き合っている人は居ないどころか、モテもしないのだそうだ。世の男性陣の思考はまったく分からない。
「あ、この前ね、おそ松くんの弟さんに会ったよ!」
「もしかしてチョロ松?」
「ふふ、そー!おそ松くんが「おれの顔で緑の服着てたらチョロ松」って言うから、半信半疑だったけど本当にそうだったからすっごいびっくりしたよー!」
「はは、チョロ松もすっごい驚いてたよ」
「そうそう!なんか驚かせちゃったみたいでさぁ、ずっとビクビクプルプルしてるから、なんかチワワみたいで可愛くなっちゃって、つい可愛いって言っちゃったよぉ」
「ああ、言ってた言ってた。ね、可愛い弟でしょ?」
「あはは!うんうん、それに全然おそ松くんと違うんだもん、面白かったぁ。また会いたいなぁ〜!今度は他の弟さんにも!」
明るい笑顔で首をこてんと倒す仕草を見れば、だいたいの男は彼女の言うことを聞いてしまうだろうなと思った。それに倣うわけじゃないけれど、私の頭に一つの考えが浮かんでしまった。
「…ね、本当に会いたい?」
「うん!会いたい!え、会わせてくれるの?!」
「うーん、あのさ、嫌だったらすぐ断ってほしいんだけど」
「うんうん」
「おれらと一緒に飲み会…とか企画したり出来ないかな?」
「えっ!それって、合コンってこと…?」
「まぁそうなる、のかな…。急にごめんね、やっぱり嫌だよねそういうの」
「あ、ううん!私含めて六人女の子集めれば良いのかな?」
「えっ、い、いいの?」
「うん全然いいよー!ちょうど合コンしたいねーって友達と話してたところだし!」
え、こんな気軽に合コンって企画されるものなの?呼ばれたことはあるけど、企画したことはないからもっと断られるもんだと思ってた。
「で、でもさ、男は全員同じ顔だよ?やばくない?」
「あはは!逆に面白いよー!それに、顔は同じでも中身は違うんでしょ?」
「まぁ…、性格はみんな個性的かな…」
「じゃあ大丈夫!うちらあんまり顔とかで選ばないし、それに今回は私が弟さんに会いたいってワガママ聞いてもらっちゃうわけだしね」
にこにこ笑う彼女に、私もつられて口角が上がっていく。
「ありがとう。実はさ、うちの弟たちってあんまり女の子と出会う機会無いみたいで…、本当今回はただご飯食べてお酒飲みながら話してくれるだけで良いから!あいつらも、少しくらい女っ気に触れとかないとやばいなって」
「おそ松くんって弟想いなんだねー」
「そう、かな…、あっでも、人数集まらなかったりやっぱり嫌だってなったら言ってね?全然大丈夫だし!真面目にこんな話聞いてくれただけで充分って言うか…」
「じゃあ、前向きにご検討致します!ふふっ」
「、ふふ、よろしくお取り計らい頂きますよう、お願い致します」
そんなことがあったのが、つい一週間前。そして今日、バイトの休憩時間に話しかけてきた彼女から合コンのメンバーが決まったという報告を頂いた。
本当に実現するとは思っていなくて、つい聞き返してしまったけれど、どうやら現実のようだ。日時はまた後日決めようということになり、私はこのビッグニュースを家に持ち帰ることになってしまった。
彼らの意思を全く尊重せず事を進めてしまったけれど、今更こっちの都合で合コン出来なくなりましたなんて言えないし、ここはなんとしても説得しなければ。彼らがどう思ってくれるかという不安と、自分が幹事だという初体験に対する高揚感を抱えて、玄関を開く。もう両親は寝ているようで、居間ではパジャマに着替えた五人がだらっとテレビを見ていた。どうやら私の帰りを待ってくれているようなのだが、それを言うともう待ってくれなくなりそうなので、そっと心の中にこの嬉しい気持ちを仕舞いこんでいたりする。
「ただいま」
「おそ松兄さんおかえりー!!」
「おかえりー」
「よくもまぁ飽きもせずバイトなんか続けるよねぇ」
「ウェルカムバァック、ブラザー?」
「おかえり、おそ松兄さん」
不本意ながら、おそ松になってから結構な期間を過ごしている。今じゃ、パジャマ姿でも誰が誰か見分けがつくようになってしまった。良いことなのか悪いことなのか、判断はつかないけど、見分けがつくようになったのは正直ちょっと嬉しい。控えめに言っても、私は彼らのことを好きになっていたからだ。勿論、家族として、可愛い弟が五人も出来たと思うと、それだけで大切にしたくなってしまう。
「あのさ、みんなに話があるんだけど…」
だから、これも私の兄心だと思ってもらいたい。女友達が居るトド松でさえ、彼女も居らず童貞クズニートなのはやっぱり今後の人生的に駄目だと思うんだよね。単純な彼らのことだから、彼女が出来たら色々ガラッと変わるんではないかというのが、私の弁である。
「実は、バイト先の女の子と合コンをセッティングしたんだ。決まったあとで悪いけど、みんなにはその合コンに参加してもらいたいんだよね…駄目かな?」
卓袱台を囲んで、五人分の目が私を一心に見つめている。これは、良いのか悪いのかどっちなんだろう。全然判断のつかない皿のような目で見つめられ、胸がざわついて仕方ない。なにこれ怖い。
「え…、えっ?ちょっと待って…え?」
「GOUKON…?ど、どんな字書くの…?え、え?」
チョロ松が震えて、一松が白目を剥いている。そんなに理解出来ない?と逆にこちらがオロオロした。
「おそ松兄さん、ま、マジで?マジでおそ松兄さんが、ご、合コンをセッティングしたの…?」
「うん、バイト先の子に六つ子と合コンしてくれないかって話したら、意外と快諾してくれて…」
「しかも相手は六つ子を了承してるの!?なにそれどんなコミュ力!?」
「どどどどっどっどうせブスや怪物の集まりだろ…?そんなまさか…こんなゴミクズ相手に、本気で合コンしてくれる人間なんて…」
「写真見せてもらったけど、みんな可愛い子だったよ?あ、うーん、好みはあるかもしれないけど、例えるなら今風って感じだったかな。あ、前にチョロ松に話しかけた子、あの子も幹事で合コンに参加するよ」
「マジで!!?」
「ちょっとチョロ松兄さんどういうこと!?可愛いの!?その子はKAWAIIの!?」
「YES!KAWAII!!超可愛い子だったよ!!え、マジで!?あのレベルの合コン!?」
「マジかブラザー…!!」
「「「お前は神か…!!!」」」
「その反応ってことは、参加してくれる?」
「「「する!!!」」」
みんなからの快諾をもらえて、ほっと胸を撫で下ろすのも束の間。いっぱいいっぱいになった一松は卓袱台の上で脱糞しようとするわ、十四松の十四松が立派な起立を始めるわ、あとの三人にはどうしてそんなことが出来たのかとか女の子はどんな子なのかとか日時はいつだとかめちゃくちゃ詰め寄られるわで、想像を絶するほど大変だった。童貞感丸出しすぎて、今からとても心配です。
なんとかみんなを宥めて、女の子の前で普段通りに振舞えるようになるまで合コンは先延ばしにすると宣言した。当然のように不平不満が飛び交ったけれど、せっかく女の子と知り合えてもそんなんじゃ連絡先すら聞けないと脅しに脅しまくってその場を収めた。トド松のことは心配していないが、他の四人はとても心配なので、後日私が直々にレクチャーを施そうと思う。まさかおそ松兄さんから教わるなんて、と口々にぶつくさ言っていたけれど、今のおそ松兄さんはこの中の誰よりも女心を心得ているのだよ。
それぞれ興奮が落ち着かないようだったけれど、私は疲れていたのでもう寝てしまいたいと思い二階の部屋へと向かう。就寝準備をして布団を敷いていると、他の五人もぞろぞろ部屋に入って来た。切り替えが上手いのか、私よりも先にさっさとみんな布団に入り眠りについていく。もしかしたら、眠い中で私の帰りを待っていたのかもしれない。なんか、お兄ちゃん愛されてるなぁなんて微睡みながらにやけてしまう。
ふと何気なく辺りを見回すと、一松とトド松の間の空間がぽっかりと空いているのが見えた。ゆっくり起き上がると、みんなの寝息やいびきの中に、ぽろん、ぽろん、と聴こえる微かな旋律。
登ったことは無かったが、なんとか頑張ると屋根の上に登ることが出来て、そこで星を見上げる背中に私は声を掛けた。
振り向いたカラ松はギターを抱え、更にはサングラス姿だ。うわあ…
「そんなんじゃ星なんか見えないでしょ、なにしてんのカラ松」
「フッ…今日のこの喜びを歌にしておこうと思ってな」
「そういうのいいからもう寝なよ」
隣に座ると、瓦屋根から伝わる冷たさに肩が震えた。こんな寒い中、なにやってんだこいつは。
「なぁ、おそ松…」
「んー?」
「オレは、合コンで女の子たちに愛の歌をプレゼントしようと思うんだ」
「本気でやめて。弟がサイコパスって思われるのはおれも嫌だよ」
「えっ、駄目だろうか?尾崎をフューチャーしたオレのエターナルラブソング…」
「あ、分かった。二次会でカラオケに行くことがあればさ、カラ松の好きな尾崎を歌いなよ。カラ松、良い声してるしきっと女の子もメロメロになっちゃうよ」
「そ、そうか!!それもそうだな、能ある鷹は爪を隠すものだ…」
「あーうん、そうそう、それそれ」
寒さに震えながら適当に相槌を打つけれど、カラ松はそれで満足しているらしい。カラ松は素直で優しいんだけど、なにを考えているのか分からないところは他の兄弟と一緒だ。中二染みた言動はあるけれど、性格は良いし煽てると簡単に調子乗ってくれるし、彼女が出来たら一番しっかりしそうだなと思う。
「カラ松は、やっぱり彼女欲しいの?」
「フッ…そうだな、オレという器を満たすウォーター…やはり水が無ければ砂漠にフラワーは咲き誇れないだろう?」
ごめん、なにが言いたいのか全然分かんない。
「カラ松はさ、なんというか…かっこつけなくていいよ」
「…え?」
「かっこつけないカラ松が、おれは一番かっこいいと思うよ?」
「それは哲学だな…」
「かっこよく見られたいって思わなくていいってことだよ。素のまんまで優しいし、気配り出来るんだから、それを生かせばいいよ。せめて、合コンの時くらいはそうしてみるといいんじゃないかな」
やはり、せめて会話出来ることが最低条件だと思うし。
私の発言に思うところがあるのか、カラ松は顎に手をあてて考え込んでしまった。そんなに困らせることを言ってしまっただろうか。
「おそ松は…」
「うん?」
「ああ、いや…前のおそ松は、オレにそのままでいいと言っていたなと思ってな…」
顔を上げて、くしゃりと悲しそうに笑うカラ松に、心臓が跳ねた。やにわに冷や汗が噴き出る。
「そうか、オレにそんなつもりは無かったが、かっこつけない…難しいな」
「あ、いや…ご、ごめん…」
「ん?おそ松?」
「ちが、違うんだ、おれは勿論、そのままのカラ松で良いと思ってるし、さっきのもそういう意味で言いたかっただけ…で…」
なにを私は、分かったようなことを言ったんだ。本当の兄じゃないのに。彼らは私の弟じゃないし、私は彼らの求めるおそ松じゃない。分かってた、分かってたのに。
「ごめん…っ」
「おそ松、」
私がチョロ松にそうしたように、私の顔がカラ松の肩に当たる。優しく背を撫でる手は、兄のそれだった。
おそ松とカラ松は、等しく兄貴なのだろう。だから、カラ松はおそ松に“兄さん”とはつけないし、きっとこうやって長男次男として今までも歩んできたのだ。私はそれを知らないし、私では到底想像も出来ない。
私は今、松野おそ松という一人の人間の人生を抱えている。他人の人生に入り込んで、なにを我が物顔で、彼らのことを分かった気になって、まるで説教みたいなことを。
私はいつ、みょうじなまえに戻れるのだろう。