――― #7


合コンの日は、案外早く訪れた。
こちらはフリーターとニートだから予定なんて無いようなものだが、女の子側は六人も居ちゃ日程の擦り合わせが大変だっただろう。それもこれも、幹事の子が上手く立ち回ってくれたおかげだ。なんていい子なんだろう、私が元のなまえであったとしてもお友達になりたい女の子だ。

「さて、皆さん。今日は待ちに待った合コンです」

家を出る前に五人を振り返ると、それぞれギラギラした目つきだったので、今一度落ち着くように深呼吸を十回はさせた。心配な要素は多いが、これでも合コンまでの期間でそれぞれに手引きや助言をしたのだ。彼女を作ってこいとは言わない、せめて普通に会話をして楽しく合コンを終わらせてもらいたい。私が望むのはただそれだけだ。

「はい、じゃあおれが教えた“おほしさま”!言える人!」
「ハイハーイ!!話はちゃんと聞いて“お”どろく!リアクションが大事っす!」
「見え見えの自慢や、見た目なんかを“ほ”める…」
「会話を待つんじゃなくて、“し”つもんで会話を広げる!まぁ基本だよねー」
「フッ…そして最後に、お疲れ“さま”やごちそう“さま”など礼儀や感謝を忘れない…だろ?ビンゴォ〜?」
「はーい、みんなバッチリだよー!」
「ここは幼稚園か」

チョロ松のツッコミを背に、私たちはえいえいおー!と意気込む。頑張れみんな!と私も心からエールを送るのだった。

合コン会場は駅近くの居酒屋で、約束の時間より早めに、予約した個室で待機しておく。ここはやっぱり男が先に居たほうが格好がつくし、バイトで貯めたお金も財布にごっそり入れて来たから、全員分のお会計だって想定内だ。弟たちがお金を持ってるわけないし、ここはスマートに会計をしておくほうが好感を持たれやすいだろう。まぁ、私の独断と偏見なんだけどね。やはり世の女はみんなそれなりに奢られたいって思っているものですから。

それから女の子たちが到着して、合コンは私の予想に反してとてもスムーズに、そして和やかに進行していった。なんせ相手側の女の子たちがとても上手く立ち回ってくれているのだ。会話スキルも高いし、要所要所に見せ付けられる女子力が凄すぎて女である私でさえそのオーラに負けそうになるほどだった。それが幸か不幸か弟たち全員に大ダメージを与え、結果的に大人しくしてくれているので、ほっと肩の力が抜ける。
一松が脱糞しそうになったらどうフォローしようかとか、十四松の十四松が元気になったらどうしようとか、カラ松やチョロ松が変なこと言い出さないか、トド松が下手に周りを蹴落とそうとしたりしないかだとか、いくつものイメージトレーニングをしてきたが、どうやらそれは私の杞憂だったようだ。

お酒も進んで、料理も無くなり始めて宴もたけなわ。お開きにしようか、二次会に行こうかどうしようかという雰囲気になった時、女の子側の三人が少し遠くから来てくれていたらしく、終電があって二次会は難しいということになった。残った女の子三人を男六人で連れまわすわけにはいかないと判断して、私は女の子全員に来てくれたこと、とても楽しく過ごせたことを感謝して宴のお開きを提案した。
文句を言うかと思っていた五人は、それぞれに可愛い女の子のオーラに当てられてライフがゼロらしく、素直に私の提案に従ってくれる。お酒も入っているからか、五人は顔も赤くへろへろだ。こっちも二次会という雰囲気ではないなと苦笑した。

「じゃあ、みんな店の前で待ってて」

会計伝票を手に、へろへろの弟たちを外に追いやって、女の子たちにも先に外に出てくれるようにお願いする。レジ前に十二人もたむろしちゃ邪魔だしね。女の子たちは会計はどうするのかときょろきょろしていたけれど、それを外に促してくれたのは幹事であるバイト先の彼女だった。

大人の男女が十二人も飲み食いしたにしては良心的なお会計に現金で支払っていると、パーカーの裾を小さく引っ張られ、見ると今日は一段と可愛くおめかしをした彼女が眉を下げて私を見上げていた。レシートとお釣りを受け取りながら首を傾げて笑いかけると、少しだけしおらしく目線を下げられる。なんだろう、なにか言いたいことでもあるのかな。

「どしたの?」
「あ、お、お会計さ、いくらだった?女子の分ちゃんと割り勘で払うから」
「ああ、いいよ。ありがとう、今日弟たちも凄く楽しそうだったし、それで充分だから」
「そんなっ、結構な額だし悪いよ!」
「んー、じゃあ次は割り勘にしようよ。それは駄目?」
「……おそ松くんって、そういうの上手いよね…」
「えっ?」

くるりと背を向けた彼女が下駄箱に向かっていくのを少し呆けて見送る。もしかして怒らせちゃったかな。こういうとき、女同士と男女の違いを感じてしまう。頭を掠めるのは「男女の友情なんて無い」という言葉だ。私個人としては、そんなことないと思っているんだけど、それは主観的な意見すぎるよね。

彼女と一緒に店の外に出ると、十人が少し遠くの道の端に寄って和やかにお喋りなんかをしているのが見えた。私はその光景に、心底ほっとする。ああ、上手くいったみたいで良かったなぁ。弟たちの嬉しそうな笑顔に、自然と頬が緩む。

「おそ松くんって、弟さん大好きだよね」

ふいに隣の彼女がそんなことを言う。見下ろすと見上げられていて、視線が絡んだ。

「私…、私ね、そういうおそ松くんの優しいところ、好き」
「ありがとう?」
「……うん、あのさ、次は…二人で出掛けたり出来ないかな?」
「え、いいよ、もちろん!」
「本当に?」
「うん、おれ友達ってあんまり居なくてさぁ、嬉しいよ」

なんだ、男女の友情成立してんじゃん。そう嬉しく思って笑ったら、反対に彼女は悲しそうな顔をする。そこで、私はやっと気づいたのだ。

「そうじゃない」

今の私は松野おそ松という男性で、彼女は可愛くていい子でとても友達になりたいけれど、女性なのだ。

「私、わたしね、おそ松くんのこと」

まずい。と思った。
本来ならこれは正しい形だし、私が本物の男だったなら、こんなに嬉しいことは無いはずなのに。私の芯のほうが一瞬で冷えたのだ。それは、どうしようもなく本能的な条件反射だった。

「す「ごめん」」

彼女の言葉に被せた言葉は、するっと私の口から飛び出した。顔面の筋肉が硬直して、とても不格好な顔をしていたに違いない。その証拠に、彼女は目を見開いてとても傷ついた顔をした。

「…ごめん、気持ちは、嬉しいんだけど…」
「ううん、私のほうこそごめんね。急にこんな…みんな待ってるし、行こっか」

ぎこちない歩みで、会話をする十人に近づく。それから女の子たちを駅まで送って、合コンは解散となった。
帰り道、私は上機嫌で前を歩く五人の足元を眺めながらなんとか足を進めていた。

「いやぁ!マジ信じられないよね!こんなボクらが全員で合コンだよぉ!?しかもめっちゃくそ楽しかったぁ〜!!」
「母さん以外のアドレスがぼぼぼぼくのスマホに…っ!!」
「泣くなチョロ松!これはまだオレたちの第一歩じゃないかぁ!」
「フヒッ、こんなゴミクズが合コンとか…まだまだ世の中捨てたもんじゃないよね…」
「わああああぼく走りたくなってきたぁー!帰ったら素振り千本はイケるよ!!」
「十四松兄さんもう深夜だよー?」
「あー本当に神様って居るんだなぁ…合コンの神様ありがとう…!!」
「なぁ、これからチビ太のところで飲み直さないか?まだまだオレたちの夜は終わらないぜぇ〜?」
「クソ松にしては良い提案だね、緊張してあんま食べられなかったしちょっと腹減ってきた」
「おでん食べたーい!!おそ松兄さん!おでん食べに行こー!!」

足が止まる。
それに合わせて、前を歩いていた五人が止まって振り向いた。私の視界には、赤のスリッポンの爪先だけが映っている。

「おいおいどうしたんだ?おそ松」
「今日の合コンはおそ松兄さんのおかげなんだし、おでんくらいはぼくらで奢るよ?」
「おれらチビ太に金払ったことないけどね」
「あ、もしかしておそ松兄さんあの幹事の女の子に告って振られたんでしょ!?わぁーやっちゃったねー」
「えっ!!そうなの!?おそ松兄さん告白したの!?大失恋!?」
「それなら尚更チビ太のとこだな!このオレの胸を貸そうじゃないか!」
「ま、あの子かなりレベル高かったしね、こればっかりはしょうがないよー」
「所詮ぼくらはクズの集まりだし、ぼくにライジングがどうのとか言えないからね」
「早まったねおそ松兄さん…」
「失恋はやばいっすよね!?元気出しておそ松兄さん!!」

顔を上げると、駅前のネオンの中にこちらを見る五人の姿。

「…ねぇ、」

呼び掛けると首を傾げられる。

「これ、駄目だ…駄目だと思うんだ…」
「え、おそ松兄さん?」
「どうしたんだ?ブラザー」

そう、駄目だ。
私は松野おそ松にはなれない。心まで男にはなれない。でも、これからずっと私がこのままなら、長男としてどこかの女の人と結婚して、仕事して、両親に孫の顔を見せてあげたりして。私は、これまで生きてきたみょうじなまえという人生にもう戻れないなら、そうしなきゃいけない、松野おそ松の人生をなんとか歩まなきゃいけない。そう思うのに、それは無理なんだ。
だって私はみょうじなまえだし、女だし、本当の両親に親孝行したいし、私自身の人生をちゃんと歩みたい。
こんなの、嫌だ。
戻りたい、おそ松になんかなりたくなかった。私が、おそ松になんかなったから、あんないい子にあんなつらい顔させて、こんな悪夢みたいな現実に叩きつけられてる。

「もう…無理…」

ぼろりと零れた大粒の雫に、五人がぎょっとしたのが空気で分かった。

「お、おそ松兄さん…?」
「ごめん、ごめんね…、私、もう、みんなのお兄ちゃんで居られない」
「え、なに言って」
「ごめんなさい!!」

地を蹴って駆け出した。後ろから聞こえるざわめきから逃れるように、走って走って走り続けた。此処が何処かも分からない。こんなに走って逃げたって、私にはもう帰れる場所はどこにも無いのだ。薄々気づいていたんだ、こんな非現実的なことが起きるなんてありえない、赤塚区なんて地区は私の知る日本には無い、ここは、私が居た世界じゃないんだ。ありえないことが簡単に起こりうる世界。だから、私の帰れる場所はもう、あの松野家しかない。この世界にみょうじなまえなんて居ないんだ。

息が切れて喉が熱い、鉄っぽい味の唾液を飲み込んで、足がもつれた。そのまま石に躓いて、車道へと転げ出てしまった。

最後に見えたのは、眩しいヘッドライ


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