好きでいさせて
好きだった。
本気だった。
しつこく付きまとった後悔が、俺の中で渦巻いていた。俺はただ、彼女のことが好きで、毎日会って話がしたくて、声が聞けるだけでも、たった少しの接触でも、嬉しかった。
こんなにも馬鹿みたいに熱くなって相手の気持ちすら考えられなくなるようになるなんて、思いもしなかったんだ。
思考のほとんどを葵ちゃんで埋めてしまうせいで、最近の俺は仕事の効率が悪かった。早く仕事を片付けても、葵ちゃんに会えるわけでもない。いまだに連絡先も教えてもらえていない。
こんなに一方的じゃあ本当に、ただのストーカーじゃないか。
一人で残る執務室でため息をついても、気が滅入るからやめろと悪態をついてくる部下の声は聞こえない。
しかし少しすると、コンコンとノックの音が聞こえてきた。
「檜佐木副隊長、居ますよね。私です」
もう会えないと思っていた葵ちゃんの声が聞こえてきて、幻聴じゃないかと疑った。しかし扉を開けに行けば、そこにはちゃんと葵ちゃんの姿があった。
「…どうした?こんな時間に」
「すみません。檜佐木副隊長と、少しお話をしたくて」
執務室に葵ちゃんを招き入れれば、自然と二人きりの空間ができあがる。久々に胸のときめきを感じられた。
「今さらって、思うかもしれません。でも、謝ります。ごめんなさい。十番隊に来れなくして、ごめんなさい。日番谷隊長の圧力に頼ってごめんなさい。私きっと、檜佐木副隊長のこといっぱい傷付けたと思います。ごめんなさい」
「そ、そんなに謝らなくても」
「だって……檜佐木副隊長、元気無いじゃないですか。恋次くんに聞きました。私が、冷たくしたからだって」
やっぱり恋次に相談するべきじゃなかった。したら、葵ちゃんの耳に入って責任を感じさせてしまうことになると解っていたのに。
「…私、檜佐木副隊長には、笑っていて欲しいです。自分勝手なこと言いますけど、檜佐木副隊長が元気無いと、私のせいなのかなって、気にしちゃうんです。だから、いつまでもそんな顔していないでください」
「……俺のこと、気遣ってくれるんだ?」
「そりゃあ…私だって、鬼ではないんですから。いつもへらへらしてた人が元気無かったら、気にします」
会えない間、気にしていたのは俺だけじゃなかった。完全に一方的な思いだったわけではなくて、よかった。
「…だから、十番隊の出入り禁止、取り止めます」
「えっ、いいの?」
「それで檜佐木副隊長が元気になってくれるなら、いいです。毎日押し掛けられたら、また対策しちゃいますけど」
「いや、もう、毎日は行かない。葵ちゃんに嫌われたくないし」
せっかく会いに行くことが許されたんだ。だったら今度こそ、節度を持った行動をしよう。
「ごめんな、迷惑かけて」
「いえ、もう、大丈夫です」
きっと葵ちゃんは話したいことは話し終えたから、そろそろ帰るだろう。久々に会ったのに、物足りない。
「…葵ちゃん」
「何です?」
「俺、本気だから」
「…何が、ですか?」
俺の気持ちなんか、わかっているくせに。
「…好きだよ」
「……あ、ありがとう、ございます」
「別に、葵ちゃんは俺のこと好きじゃないだろうから、付き合ってくれとは言わない。でも、これからも好きでいさせてほしい」
これが俺の正直な想いだ。葵ちゃんは振り向いてくれないかもしれないけど、この気持ちを切り捨てたくはない。まだ、もう少し、葵ちゃんに振り回されていたい。
「…そんなの、勝手にすればいいじゃないですか。ただ、私は何も返せないって、知っててください」
「あぁ、いいさ。俺が勝手に好きでいるだけだから」
「…他の女の子の方が可愛げもあって、遊んでくれると思いますよ」
「葵ちゃんじゃなきゃ意味無いんだよ。だから他の奴と遊ぶ気なんかねぇよ」
「……そうですか。好きにしてください」
好きにしろなんて本人に許可を出されたら、もうこのままずっと好きでいるしかないじゃないか。
「もう、失礼します。檜佐木副隊長も、いつまでもお仕事してたら体壊しますよ」
「…そうだな。せっかくだし一緒に飯でもどうだ?」
「何がせっかくなんですか…」
「ダメか?」
「……わかりました。けど、奢ってもらうつもりはないので。かっこつけさせませんよ」
「あぁ、いいよ」
俺は好きな子と一緒に居られるだけで嬉しいんだから。
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