ただの、昔の話
「へぇ、今度は檜佐木副隊長に付きまとわれてるんだ」
吉良くんは大して興味無さそうに私の話を聞いていた。
今日は仕事を早めに終わらせて、問題の人物が来る前に執務室を飛び出して吉良くんに連絡をした。偶然にも非番だったみたいで、すぐに合流して一緒にご飯に行くことができた。
「嫌なら早く振ったらどうだい?」
「振るも何も、あの人、付き合ってくれって言ってこなかったから、無理とも言えなくて…」
「好きだとは言われたんだろう?」
「うん…好きでいさせてほしい、って。曖昧なこと言われた。仕事の邪魔しないって言うから、もう勝手にしてって言っちゃったんだけど…」
「君がそれでいいならいいんじゃない」
良いか悪いかでいえば、良い。でも、好かれてもお返しできないって言ってるのにこれ以上付きまとわれて何かしてもらうと、罪悪感やら情やらが沸いてしまって、私も檜佐木副隊長に何かしてあげなきゃという気になってしまう。
「…私は別にあの人のこと好きなわけじゃないから、何もしてあげなくていいよね?」
「何かしたら振り向いてくれたって勘違いされるよ」
「…そうだよね」
「まぁ、神谷さんにその気があるなら優しくしてあげてもいいと思うけど」
その気って、そんなの無い。私は誰とも付き合う気は無い。別に、いらない。
「檜佐木副隊長、悪い人じゃあないよ」
「だから何」
「見た目が好みじゃないのかい?」
「…どうも思わない」
「それは可哀想に」
かっこいいな、とか、怖そうだな、とか、人を見てそのくらいの感想は私だってある。けど、好みだとかそういう風に人を見ないから、正直よくわからない。
「でも、仕事の邪魔だと思うから今まで恋人を作らなかったんだろう?」
「そうだよ」
「三席まで上り詰めて、今はもう安定しただろう。本当はもう、人と付き合うくらいの余裕はあるんじゃないのかい?ほぼ毎日定時にあがれるくらいなんだから」
「……」
薄々気付いて目をそらしていた事実を、告げられてしまった。
たしかに私はもう、三席で満足してしまっている。同期の吉良くん、恋次くん、桃ちゃんは副隊長にまでなったけど、私は今の十番隊での立ち位置を気に入ってしまっているから、これ以上の昇格は望んでいない。
そうなると、これからもしばらく十番隊三席で、仕事量も今の感じで、心にも余裕は残っている。
「待って、余裕はあっても恋愛感情を持ってないもん、やっぱ誰とも付き合えないよ」
「檜佐木副隊長のことそういう目で見れないのかい?」
「…なんでそんなにあの人のこと推してくるの。私、好きじゃないよ。なんか、軽そうだし、顔怖いし」
信頼している乱菊さんと吉良くんに檜佐木副隊長のことを奨められると、気を許してしまいそうになる。
「元々、檜佐木副隊長に憧れてたくせに」
「……うるさい」
「憧れの人に可愛いとか好きだとか言われて何が不満なんだい?」
「…もっと凛々しくてかっこいい人だと思ってたんだもん」
「仕事中の檜佐木副隊長は今でもそうじゃないかな」
元々、学生の頃から檜佐木副隊長のことは知っていた。顔に傷を負ったあの時も、私は戦うことも逃げることもできず、あの人が戦う姿を見ていた。あの正義感溢れる檜佐木先輩に、憧れていた。
「私が、憧れてたとか、そんな話、檜佐木副隊長にしないでよ」
「どうしようかな」
「吉良くんたまに意地悪だよね。言わなきゃよかった」
「お世話になった先輩のために動こうとしているだけさ」
「ふーん。勝手にすれば。何したって私はその気にならないし楽しくお仕事に集中します」
「そうかい。じゃあ話を盛って、君が檜佐木副隊長のことかっこいいって言ってたって伝えておこうかな」
「嘘はよくない!」
「嘘じゃないだろう?かっこいい人だと思ってたってさっき言ってたばかりじゃないか」
そんなこと言ったっけ。いやでもかっこいいと思ってたけど、あの日宴会で会う前までのことだ。人の顔見てうわっ!!って言うのもありえないし、可愛い可愛いって言ってくるのもありえない。私の理想の檜佐木先輩と、現実の檜佐木副隊長には大きな差があった。
「…檜佐木副隊長、どうせ私の顔しか見てないし、それで好きって言われても複雑だよ」
「だったらもっと中身を見せないと知ってもらえないよ」
「…知ってほしいなんて思ってないもん。もういいよあの人の話は」
「本気だって言われたなら、君も本気で向き合わないと失礼だよ」
「……」
結局、檜佐木副隊長のことを考えなくちゃいけないのか。また胃が痛くなりそうだ。
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