思い出せない
引率として勝手に先生に選ばれて任されただけなのに、あの人は戦った。まだ死神でもないというのに、下級生たちを守るために体を張って、傷まで負った。
私はあの人に言われた通り、生きるために、逃げ出していた。途中で引き返そうかと何度も思った。それでも足がすくんで、虚に囲まれたあの場所に、戻るなんてできなかった。
あそこに残ったあの人も、恋次くんも吉良くんも桃ちゃんも、私にはない輝きを持っていて、かっこよかった。私もあんな風に、強くかっこよくなりたいと、それだけを思って頑張ってきた。弱音なんて吐くのはやめて、私の弱い心や劣等感なんて恋次くんたちにすら隠して、頑張ってきたつもりだった。
目を覚ますと、私は知らない部屋にいた。私の住み慣れた和室ではなく洋室で、布団も枕もふかふかだった。
「いっっ…た…」
体を起こそうとしたら、泣きそうなくらいの激痛が走った。着物の襟をずらしてみれば、体に包帯が巻かれているのが解り、血も滲んでいた。
そんな怪我、負った記憶が無かった。
「…起きた、のか?」
椅子に座って私のベッドで顔を伏せていたらしい誰かが、起き上がった。夜だから電気もついていなくて、窓からさす月明かりだけがその人を照らしていた。
「檜佐木先輩…」
あの日から学院を卒業してしまうまで、遠くで姿を見ているだけだったはずのあの人が、どうしてか目の前にいた。
「…葵ちゃん?」
しかしなぜか呼ばれたことのない呼び名で私を呼ばれ困惑させられる。
知らない。
そんな風に私を呼ぶ檜佐木先輩なんか、私は知らない。
「大丈夫か?」
優しく声をかけられているのに、胸は恐怖でいっぱいで、首を振った。何が起きているのか解らなくて、ただ怖かった。
「…卯ノ花隊長呼んでくる」
檜佐木先輩は立ち上がって、部屋を出ていこうとした。こんな知らないところに一人で置いていかれるのが嫌で、怖くて、「待って」と言ってしまった。
「どうした?」
「…一人にしないで」
私の知らない檜佐木先輩だとしても、この人が檜佐木修兵であり、私が神谷葵であることは事実だ、と、思いたい。
弱音を吐いてみれば檜佐木先輩は部屋の電気を点けて近寄ってきて、壁のボタンを押してまたベッド横の椅子に座った。
明るいところで見る檜佐木先輩は少し大人びていて、死覇装を着ていた。
「心配したぞ。怪我すんなって言っただろ」
知らない。そんなこと、言われてない。檜佐木先輩と、喋ったことなんか、ない。
「何があったか覚えてるか?」
知らない。怪我した理由も、檜佐木先輩がここにいる理由も、何も知らない。
首を振れば、更に心配そうな顔をさせてしまう。あぁいやだ。そんな顔しないで。
「虚討伐の任務で、しくじって怪我したって、隊の奴から聞いたけど」
虚討伐?隊の奴?
私そんなことしたことないし、隊って、私まだ、死神になんかなってない。
「…おい、本当に大丈夫か?」
知らない。わからない。
私は首を横に振ることしかできなかった。
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