ないしょの話



「記憶喪失!?」
「えぇ。一時的なものだとは思いますが…しばらく、様子を見るしかなさそうですね」

一通り検診を終えるまで落ち着かなくて、俺はずっと部屋の外で待っていた。そこで卯ノ花隊長から聞いたのは、信じたくない言葉だった。ある程度までの記憶はあるが、それ以降の記憶がすっぽりと抜け落ちているとのことだった。
話している間に四番隊から近かった吉良が到着し、二人で病室へ入った。

「吉良くん…」
「おはよう。寝覚めはどうだい?」
「…最悪」
「卯ノ花隊長から話は聞いた?」
「…聞いた。でも実感無い。吉良くんが副隊長とか、意味わかんない…」

吉良と俺は椅子に腰かける。
今の葵ちゃんには、死神になってからの記憶が無いらしい。ということは、俺と過ごした記憶も、少なくとも今は、無いということだ。

「あの…檜佐木、副隊長?は、なんでここに」
「君のことが心配だとか言って、帰ろうとしないみたいなんだ。四番隊の人に任せれば大丈夫なのにね」

葵ちゃんは目を丸くして俺を見た。関わったことないと思ってる奴に心配だとか言われても、わけわかんねぇよな。

「…そういえば、さっき檜佐木先輩って言ってたけど…俺のこと知ってたのか?学院の頃、関わったことあったっけ」

葵ちゃんは首を横に振る。やっぱりそうだよな。こんなに可愛い子が話しかけてきていたら、忘れるはずがない。

「神谷さん、あの話していいかい?」
「…どの話?」
「…あぁ、そうか。あれを君から聞いたのは十番隊に入ってからだったかな」
「…何?何の話?」

吉良はいつになく悪そうな顔をする。葵ちゃんは焦り始めるし、吉良ってこんな悪いやつだったか。

「檜佐木副隊長のこと、ずっと憧れてたんですよ」
「お前がか?」
「神谷さんが」

嘘だあ、と思ったが葵ちゃんの顔が真っ赤に染まっていた。まじかよ。

「例の魂葬実習の時から」
「吉良くんの馬鹿…!」
「あのとき、葵ちゃんもいたのか」

何気なくそう言えば、葵ちゃんは泣きそうな顔で目を潤ませた。

「わ、わたし、怖くて逃げたから…ごめんなさい…吉良くんたちみたいに、全然、強くなかったから…」

そう言って、ぽろぽろと涙を溢し始めた。「あーあ、泣かせた…」なんて吉良に言われたが、今の俺が悪いのかよ。吉良が余計なこと俺にばらすからだろ。

「逃げた奴だなんて、檜佐木先輩に知られたくなかった…」
「…あ、ごめん」
「馬鹿…吉良くんなんか嫌い」

昔は葵ちゃんも泣き虫で弱かったのか。あぁでも、俺は最近の葵ちゃんのことだって、あんまり知らなかったかもしれない。いつも、他の奴と会話する葵ちゃんは、知らない顔ばかりしていた。

「…葵ちゃん」
「は、はい」
「俺は別に、葵ちゃんが逃げたことに対して怒ったりしてねぇよ。逃げろって俺が指示したんだ。むしろ、逃げずに死なれてたら、その方が、俺は責任感じて潰されてたと思う。生きててくれてよかった。だから、逃げたなんて気にしなくていい」
「…檜佐木先輩」

葵ちゃんが俺に対して壁を作っていた理由は、これだったのかもしれない。こんな状態の葵ちゃんから聞くなんて、記憶が戻ったらずるいと言われそうだ。

「檜佐木、副隊長は、死神になってからの私と…仲良くしてくれてたんですか?」
「、まぁな」
「この話を聞いても…まだ、仲良く、してくれますか」
「俺はそうしたいけど」

仲良くしてくれないのは葵ちゃんの方で、なんて言葉は呑み込んだ。そしたら葵ちゃんは涙を拭って、柔らかく微笑んで「よかったです」と言ってくれた。

「可愛い…」
「檜佐木副隊長」
「…いや、だって、なぁ?」
「そんなだから葵ちゃんに嫌われるんですよ」
「えっ、私檜佐木先輩のこと嫌ってたの?」
「嫌ってるように見えたけどね。まぁ、本心は知らないけど」

この感じだとやはり、俺が葵ちゃんに冷たくされていた理由は、出会って早々、可愛いとか易々と言ってしまっていたせいか。

「…私に何かしたんですか?」
「何だろうな…」

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