本当のこと
葵ちゃんが退院した日から、死んだような日々を過ごしていたらいつの間にか一ヶ月が経っていた。本当に忙しい時期もあったけど、会いに行く余裕のある日はたくさんあった。一ヶ月も経ってもまだ、俺は未練がましく葵ちゃんを思い出してはため息をついていた。
「檜佐木副隊長ため息うるさいんすけど」
「…いいだろ、減るもんじゃねぇし」
「やる気が減るんで辛気臭い顔もやめてほしいです」
「言うじゃねぇか」
「一ヶ月毎日耐えた俺らの気持ちにもなってくださいよ」
「そーっすよ、どうせ失恋でしょう?いつまで引き摺ってんすか」
「うるせぇ、もういい。俺は帰る。明日から頑張る」
「ちょっと、副隊長!拗ねないでくださいよ!」
部下たちがやけにうるさく思えて、俺は机の上を片付けた。どうせもうすぐ定時だし、ちょっとくらい早く帰ってふて寝したっていいだろう。
騒ぐ部下たちを尻目に編集室を出て、ふと横を見ると人がいて「うわっ!!」と声をあげてしまった。
「…人の顔見てびっくりするの、いい加減失礼ですよ」
しょうがないだろ、葵ちゃんが居ると思わないだろ。しかもまだ本来なら仕事しててもおかしくない時間なのに。
「来なくなったの、押してダメなら退いてみろって作戦ですか?」
「…いや、そんなつもりは」
「…そうですか。じゃあ私のこと、嫌いになりました?それとも、飽きました?またな、って言ってくれたから待ってたのに…嘘ですか?」
珍しく質問攻めにされて焦る。なんで葵ちゃんがそんなに気にするんだよ。吉良がいるなら、俺なんかいらないだろ。
「…どっか、落ち着いたとこで話そうぜ。ここじゃちょっと」
「…それもそうですね。まだまだたくさん聞きたいことがあるので、できれば二人きりになりたいです」
「なんだよ、俺の部屋でも来るか?」
「いいですよ。案内してください」
お前には吉良がいるのにいいのかよ。何があっても知らねぇぞ。
とはいえ俺も、葵ちゃんに聞きたいことはある。知りたくない真実だとしても、知って受け入れたい。いつまでもくよくよして、部下たちに迷惑をかけるわけにはいかない。
部屋に好きな子を連れ込むというのに、こんなに憂鬱になるとは思わなかった。部屋に入るとちょっと酒臭くて、缶のゴミを捨てておけばよかったと少しだけ後悔した。
「毎日飲んでるんですか、お酒」
「…たまにな」
幻滅しただろ、ごめんな。そのまま嫌ってくれてもいいんだぞ。
「…質問、何だっけ」
「…私のこと、嫌いになったんですか?」
「あぁ、そんなの…まだ好きに決まってるだろ。今だって、のこのこ俺の部屋に入るから、襲っちまいたいくらいだ」
「…そういうつもりで来てないです。だめです」
「だろうな」
さすがに、葵ちゃんを傷つけるようなことはできない。
「どうして、会いに来なくなったんですか?」
「…なんでだと思う?」
「考えても解らないから、ここまで来たんです。私、何かしましたか?」
「…何もしてねぇな」
「だったら、」
「何も言ってくれねぇから、行けねぇんだよ」
「…どういう、意味ですか」
隠さず言ってくれたら、俺だってここまでモヤモヤしない。何も教えてくれねぇから、落ち込んでんだよ。
「俺さ、聞いちまったんだよ。…盗み聞きだけど。退院したあの日、葵ちゃん、吉良のとこ行ってただろ?」
「…あれを、聞いてたんですか?」
「あぁそうだ。だから俺は身を引いた。葵ちゃんが吉良と両想いなら俺なんて邪魔なだけだろう?いつまでもつきまとって嫌われるのは嫌だったから、もう、全部吉良にくれてやろうと思ったんだ」
「…待ってください、何を聞いたんですか?私と吉良くん、好き合ってなんかいないです」
「好きになったとか言ってただろ、吉良だって喜んでたし」
何を誤魔化そうとしてるんだ。隠してどうなるっていうんだ。お願いだから、解らない振りなんかしないで、事実を教えてくれ。
「…だから、来なくなったんですか?」
「あぁそうだよ」
「…檜佐木副隊長、本当に勝手な人ですね。そういうところ、嫌いです」
「…だったらもう、嫌いなら、帰ってくれよ…」
無理だ。これ以上のことは、もう聞きたくない。嫌いだなんて言葉、一番聞きたくなかった。
「私の話、ちゃんと聞いてくれるまで帰れません」
「…じゃあ聞くから、早く全部話してくれ」
「檜佐木副隊長の盗み聞き、精度が低すぎて、誤解してます」
「何をだよ…」
「私が好きになったのは、吉良くんのことじゃないです」
「…そうかよ。他に好きな男がいたのかよ。それが解っただけでもう充分だ」
「…下向いてないで、人の話は最後までちゃんと聞いてください!」
葵ちゃんは俺の肩を掴んで顔をあげさせた。こんな死にそうな顔見せたくなかったのに。それに泣きたいのは俺の方だというのに、葵ちゃんまで目にたっぷり涙を溜めて泣きそうになっていた。
「勝手なところも、人の話を聞かないところも、忙しいふりして部屋で酒に溺れてるところも、大嫌いです!!でも、そんな些細なことどうでもいいくらい、檜佐木副隊長のことが、好きで、好きで…っ」
ついには涙が頬をつたい、死覇装を濡らした。
「全然会いに来てくれないから、嫌われたのかなとか、もう飽きられたのかなとか、ずっと考えてて…せっかく好きになったのに、全然楽しくないから、私、一人じゃ耐えられなくて…」
「…ごめん」
「なんで、謝るんですか。やっぱり、私じゃだめですか?やっぱり、本気じゃなかったんですか…?」
「…違う、そんなわけないだろ。俺が勝手に勘違いしたせいで泣かせちまったから…ごめん」
信じられなかった。全部俺の勘違いで、俺も葵ちゃんも苦しむことになっていたなんて。
「好きになってくれて、ありがとう」
もう泣かせたりしないから。そう思いを込めて、葵ちゃんを包み込むように抱き締めた。普段どんなに強がっていても、その体は小さくて、か弱かった。
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