押し負ける
誕生日を祝いに行く手前、手ぶらで行くのもどうかと思ったのだが、男性に誕生日プレゼントなんてしたことがないから何をあげたらいいのか解らなかった。とりあえず、今日のご飯代くらいは私が持とう。
「檜佐木さん来たら俺より先に祝ってあげてくださいね」
「阿散井くん楽しんでるでしょ」
「そりゃあ楽しいっすよ。風間さんの顔見たら檜佐木さんどんな顔するか」
長居してもからかわれそうだし、今日はなるべく早く帰りたい。
阿散井くんと居酒屋でぐだぐだと他愛もない話をしながらしばらく待っていたら、檜佐木くんが遅れてやってきた。
「すまん、お待たせー……って、何、は?」
檜佐木くんは私の顔を見るなり驚いて凝視してきた。せめて何か質問をぶつけて欲しいんだけど。
「お邪魔してます。誕生日おめでとう」
「おめでとうございまーす」
とりあえず言われた通りに祝ってみた。そしたら檜佐木くんは小首を傾げたあと、ハッとした。
「俺の誕生日のために来てくれたのか!?」
「俺が呼んだんすよ」
「ありがとな!!すげぇ嬉しい!」
檜佐木くんは阿散井くんの言葉はスルーして、喜びを私にぶつけてきた。ご飯食べに来て祝っただけでめちゃくちゃ喜んでもらえるなんて。
「と、隣座ってもいいか?」
「…いいよ」
ダメとか言える雰囲気ではない。この喜びようを見る限り、檜佐木くんはまだ私のことを好いていそうだ。私、振ったのに。断ったのに。
「阿散井、たまにはやるじゃねーか!」
「たまには余計っすよ」
その気も無いのに喜ばせるようなこと、やっぱりしない方がよかったかな。
「風間、酒飲める方か?」
「まぁ飲めるよ」
「お!じゃあ飲もうぜ!」
「そーっすよ、風間さん明日休みなんすから」
阿散井くん、私の逃げ道を無くすのやめなさい。
でもシラフでこの状況をやり過ごすのもちょっとつらくて、好きなだけ飲むことにした。
「なぁ風間、今彼氏居ないんだよな?」
「居ないよ」
「じゃあ好きな奴は?」
「居ないよ」
「俺のことは?」
「嫌いじゃないよ」
酒の入った檜佐木くんは厄介で、というかちょっとしつこくて、質問攻めにあっていた。誕生日とか好きな食べ物とか休日の過ごし方とか、一通り聞かれてからは恋愛事について聞かれまくっていた。
「檜佐木さんさっきからしつこくないっすかぁ?」
「んなことねーだろ、なぁ風間?」
「しつこーい」
私も少し酔っていたから否定の言葉も楽々言えるようになっていた。おかげで会話がしやすい。
「しょーがねぇじゃん、風間のこともっと知りたいし」
「知ってどーすんの」
「んー…知れば知るほど好きになる」
予想外の解答に、つい顔が熱くなる。けど酔っている檜佐木くんにとったら私の顔色の変化なんて些細なことらしく、何も突っ込まれなかった。
「だから今、この前よりも更に風間のこと好きになった。付き合ってほしい」
「前も言ったじゃん、檜佐木くんのこと知らないからやだって」
「じゃあもっと俺のこと知ってくれよ。全然興味持ってくれねぇからすげー寂しい」
そうは言われても、その気になれないんだから困る。
「じゃあ聞くけど、私のどこが好きなの?」
「全部」
「雑っ」
聞くだけ無駄だった。帰ろうかと思ったけど、いつの間にか阿散井くんが寝てしまっていて、酔った檜佐木くんに任せて無事に帰れるのかと不安にもなる。
「ねぇ、阿散井くんの部屋わかる?」
「や、知らねー」
「なら起きるまで帰れないじゃん…」
無理に起こしても酔いが覚めていなければ意味無いし、もう少し居座るしかないか。
「潰れた後輩を気にする優しいとこも好きだし、後輩のお願いで俺のこと祝ってくれたのも、ちゃんと酒にも付き合ってくれて、俺の話し相手してくれて、俺のこと、気まずくても避けないでいてくれるとこも、好き」
熱く見つめられながらそう言われ、一気に顔が熱くなった。そういうの、ずるい。
「あと、頑張り屋で、人が見てないとこですっげぇ努力してんの感心したし、面倒見良いし、どんなに大変でもやりきるの、強いなって思ったし、かっこよかった。だから、好き」
「…檜佐木くん、いつから私のこと見てたの?」
「最初から。入学して、一目惚れして、ずっと見てた。ずっと話しかけられなくて、喋っても一言くらいしか緊張して話せなくて、そのまま死神になっちまって、ずっと後悔してて…」
あのモテると噂されていた檜佐木くんが、初めから私のことを見ていただなんて夢にも思わなかった。お互いに眼中に無い存在だと思っていたのに。
「今日やっといっぱい話せてすっげぇ嬉しいし、夢みたいだ」
「そんな嬉しい?」
「嬉しい!これで付き合ってくれたらもっと嬉しいんだけど、ダメか?」
「それはダメー」
たとえ檜佐木くんがかっこよくて賢くて副隊長で私のことが大好きだとしても、今日しかまともに喋ったことの無い人と付き合うだなんて。
「大事にするぞ」
「当たり前でしょ」
「んー、欲しいもの何でも買ってやるし、」
「そんなに甘やかされたくないし」
「寂しい思いもさせないし、傷付けないし、優しくするし、守ってやる。だから、な?いいだろ?」
な?じゃない。よくない。
「ほんとに、好きなんだよ。初めて会ったときから、ずっと…」
顔に似合わず一途なようだ。けど、口では何とでも言えるし、ほんとかどうかなんてわからない。
「…お試しで、一ヶ月…いや、一週間でもいいから、付き合ってみねぇ?その間に、惚れさせてみせるから」
こんなに熱く迫られて、断る意味ってあるのかな?でも、檜佐木くんがどんなに私を好いてくれていても私は檜佐木くんがよくわからないし。
「絶対風間の嫌がることはしないし、変なこともしないからさぁ」
「……」
「なー風間、好きなんだよ」
しかしこれほどまでに熱い想いをぶつけられたことが無く、なんだか頭がくらくらする。
「俺のことそんなに男として見れねぇ?」
「…そういうわけじゃ、ないけど」
「…諦めたくないから、まだ好きでいてもいいか?」
じっと熱い眼差しを受け、思わず目をそらしてしまう。
「なぁ、風間」
もうやめて!と言いたいけど檜佐木くんに対してそんなに強く言うのは気が引けるし、ああもうめんどくさくなってきた。
「風間ってば、」
「もう!わかった!一週間だけね!!」
とりあえず黙ってもらいたくて、この話を終わらせたくて、妥協案を口にした。そしたら檜佐木くんは目を丸くさせて、興奮ぎみに私の手をぎゅっと握ってきた。
「すっ……げぇ嬉しい。明日休みなんだよな?俺仕事だけど、終わったら会いに行ってもいいか?」
「…はい」
「ありがと、嬉しい。明日も風間と会えるとか夢みたいだ」
酔っているせいか手を握る力はとても強いのに、言葉はとても落ち着いていて、檜佐木くんなりに冷静を保とうとしている様子がうかがえる。私が大声で騒がれたら嫌って思うことも知っているみたいに思えてしまう。
「とりあえず一週間、よろしくな」
檜佐木くんが本当に嬉しそうに笑うから、断ること前提で話を進めてしまったことに罪悪感が湧いた。
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