やきもち
とりあえず朝起きて一番に思ったことは、あの時どうしてあんなことを言ってしまったのだろうという後悔だった。恋人を作る気なんてさらさら無いくせに、檜佐木くんを弄ぶような、期待させるような、一週間という期間を設けてしまった。
大体、冷静に考えてみたってただの席官の私が、副隊長と付き合う、というか副隊長を弄ぶだなんてどうかしている。一週間してさよならしたら、一週間で副隊長を振った女というレッテルを貼られてもおかしくない。そんなことになったら、ちょっとめんどくさい。
「よし、振られよう」
檜佐木くんを振るという贅沢で恐れ多い行為が噂となってしまうくらいなら、まだ檜佐木くんに降られた女の方が印象はいいだろう。檜佐木くんモテるからどうせそういう女の子はいっぱいいるだろうし、私もその内の一人となればいいんだ。なんとかして、私のダメな部分をさらけ出して、幻滅してもらおう。
「というわけで、参考までに聞きたいんですけど、女の子に何されたら幻滅しますか?」
「なんで俺なんだよ」
「暇かなと思いまして」
十二番隊の阿近さんの元を訪ねていた。阿近さんとは、義骸の発注などでやり取りするためになんとなく話すようになり、まぁまぁ仲良くなった。
「仕事中の奴のとこに訪ねてきて暇だろとか言い出す女は嫌だな」
「実際暇してたくせに……」
「うるせぇ、休憩くらいさせろ」
ふぅ、とタバコの煙を私に向かって吐いてきた。腹が立ったけど仕事中にお邪魔した報いと思って我慢した。
「それで、どうなんですか。どんな女だと嫌いになりますか」
「あー?……そうだな、言葉遣いが汚くて、礼儀がなってなくて、めんどくさくて、使えねぇやつ」
「私礼儀正しいし協調性あるし仕事できるし最高の女じゃないですか…?」
「だったら何だよ。最高の女だって言うなら抱いてやろうか?見えるとこにキスマークでも付けときゃ檜佐木もドン引きするだろ」
「え」
冗談で言ったのに、阿近さんは私に近付いてきて、私が逃げないようにガシッと肩を掴んできた。
「協力してやるんだから喜べよ」
「ままま待ってください私そういうつもりじゃ」
顔をぐぐっと近付けてくるのだが、唇とかではなく、キスマークを付けることが目的なのかはじめから首筋が狙われていた。
「だめですってばー!」
阿近さんを押し返していたのだが力では勝てそうにない。ああもうだめだと思うくらい近付かれて心臓がうるさくなり、思わずぎゅっと目を瞑った。
「冗談に決まってんだろ、ばーか」
耳元でそう言われ、恥ずかしさと憤りで顔に熱が集まった。
「あーこーんーさーんー!!」
「怒るなよ、めんどくせぇ女だな」
「今のは!怒るところでしょう!」
「喚くな。口塞いで欲しいのか?え?」
「お断りです!!」
純情な私をもてあそぶのはやめて欲しい。
くくくと笑いながら離れる阿近さんに一発拳をいれたかったけど、どうせ力では敵わないから諦めた。
「お前だって、檜佐木のことその気にさせてもてあそんでるってこと自覚しとけよ」
今の私みたいに、その気にさせやがって!って、檜佐木くんも怒ることになるのかな。やっぱり、一週間という期間も、檜佐木くんにとって残酷な結果になりそうで、終わらせるなら早いうちに終わらせた方がいいのかな。
「檜佐木のこと好きじゃねぇなら無理矢理惚れる必要もねぇしな」
「うん……」
「まぁ、副官レベルの男に惚れられることなんて今後一生無ぇだろうから、もったいねぇよな」
「一生ってなんですか、失礼ですね」
「他の隊長副隊長はもっと見る目があるって言ってんだ」
「私にも檜佐木くんにも失礼ですね……」
「事実だろ」
そりゃあ私は大した女じゃないから、他の隊長格の人に惚れられることなんてあるわけがないけど。解ってるけど、わざわざ言われるとちょっとむかつく。
「あいつもこんな女に惚れるなんてな……」
「こんな女で悪かったですね」
このまま阿近さんと時間を潰していたらストレスになりそうだったから、ひとまず技局を出ることにした。
もうすぐ夕方だし、檜佐木くんも仕事が終わるかな。早く帰る口実を作るためにも九番隊の管轄まで行っておこう。仕事か終わったら檜佐木くんから連絡が来るはずたし、落ち合えるはずだ。
そう思っていたのだが、檜佐木くんから終業連絡が来ないまま、私は九番隊の執務室にたどり着いてしまった。霊圧的には檜佐木くんがここに居るのは解るのだが、出てこないということはまだ終わらないということだろう。私服でここをうろつくのはあまりにも気が引けて、仕方がないからそのまま執務室を通り過ぎた。
「すまん!明日は俺も残るから!頼んだ!」
しかしすぐに扉が開かれる音がして、それと共に檜佐木くんの声がした。振り向いてみれば、驚いた様子の檜佐木くんと目があった。
「なっ、ん、」
「…お、お疲れ様。終わったの?」
「おう、終わらせた。風間……その、もしかして、迎えに来てくれたのか?」
そのつもりは無かったのだが、結果的にそうなってしまった。首を振ることもうなづくこともできずに迷ってしまう。
「何にせよ、仕事終わりに真っ先に会えてすっげぇ嬉しい。ありがとな。飯行こうぜ」
「う、うん」
嫌われるはずだったのに喜ばせてしまった。私は何をしているんだ。
「なんか食いたいものあるか?」
ここだ!ここで女子らしくない回答をすれば幻滅するはず。ラーメンとか牛丼とかカレーとか?でも偶然檜佐木くんの好物でも答えてしまったらそれはそれでアウトだ。私はいったいどうしたら……
「…何でもいいよ、檜佐木くんに合わせる」
「風間がそれでいいならいいけど」
それでいい。私がこんな酷いことを考えていることだって知られたくないし。
「……なぁ、ちょっと気になったんだけど、聞いてもいいか?」
「ん?何?」
「風間って、タバコ吸う人だっけ?」
「え?吸わないけど…」
なんでそんなことを、と思ったがすぐに思い当たった。阿近さんに会ったせいだ。恐らく、煙を吹きかけられたせいで私臭うんだ。
「ごめん、臭うよね。昼間に喫煙者に会ったから…」
「…男?」
「……まぁ、そうなるね」
檜佐木くんはちょっと微妙そうな顔をする。これは、嫉妬してるあれだ。
「悪い。ちょっと妬けた」
「…や、ごめん、私こそ無神経だった」
たった一週間だけど、一応、仮にも、檜佐木くんの彼女という枠に収まっているのだ。それなのに、よりにもよって檜佐木くんと会う日によその男に会いに行った私が悪い。
「…正式に付き合ってるわけでもねぇのに、俺すげーめんどくさいな。ごめん」
「でも……正式に付き合いだしても、私は男友達と縁を切るつもりは無いから、他の男と会わないなんてことできないからね」
阿近さんとか、恋次くんとか、ただの仕事仲間でさえ男ばかりのこの環境だ。妬かれたところで檜佐木くんが疲れるだけだろう。許せないなら私を彼女にしたがるのは今のうちにやめてほしい。
「風間が一途な女だって言うなら俺はそれを信じるから、それでもいい」
「…一途かどうかなんて解んないよ。好きな人居ないもん」
「じゃあ俺のこと好きになったら好きな人ってのが俺だけになるわけだろ?それって一途だし、それでいいよ」
檜佐木くんは私のことになるとやけにポジティブだ。こうやって迫られるたびに好きになる軽い女かもしれないじゃん。いや、軽くはないんだけど。それに迫られることなんてそうそう無いけど。いや、でも、だからってそんな、一途って言えるのか?
「ただ、他の男の臭い付けて会いに来られるのは、ちょっと遠慮してもらえると助かるな」
「…はい、ごめんなさい」
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