忘れてしまった



あれから何日も、何週間も時は経った。コロシアイの放送はあれから一度も観なかった。だから結果がどうなったかはわからない。けれど盾子ちゃんのことだから、全員死んだに違いない。
私はと言えば、相変わらず左右田くんと過ごしていた。通行人がどこを見ても絶望するように、まだ壊れていない壁を見かけるたびにたくさんの絵を描いた。キャンバスよりも大きな壁に好き放題絵を描けるのは気持ちがよかった。

「ただいまー」

赤色でぐしょぐしょになってしまった靴を玄関で脱ぎ捨てて家に上がれば、左右田くんが出迎えてくれた。

「てめっ、だから汚れた足で玄関からあがるなって言ってんだろ!誰が掃除すると思ってんだ!」
「左右田くん」
「よーくわかってんじゃねぇか!良い度胸だな!」

左右田くんはぷんすか怒りながら私を抱き上げた。おかげで足が浮いたから床を汚さずにすむ。

「左右田くんがお姫様抱っこしたいかなぁって思って、わざとだよ」
「…良い度胸だな」

怖い顔してヘタレな左右田くんは、意外と力持ちで、私を持ち上げても重いだとかの弱音は吐かない。そしてお姫様抱っこされるのも、これで何十回目になるのだろうか。そのままお風呂場まで運んでもらっておろしてもらう。ここまでがいつもの流れだ。

「今日もね、いっぱい描いてきたよ。でも徒歩で行ける範囲だいたい描いちゃったから、そろそろ次のお家奪いに行きたいな」
「じゃあ明日にでも移動すっか。シャワー浴びたら荷物まとめとけよ」
「うん」

左右田くんがリビングの方に戻ったのを確認して、シャワーを浴びた。排水溝に流れていく水はいつもの通り真っ赤だった。

あれからいつも、同じような日々を繰り返すことに、飽きてきていた。超高校級の絶望として活動をして、活動のしやすい場所の家に移動しては家ごと乗っ取って。その家にまだ人がいれば殺して奪って。
でも最近はここら一帯から大人たちの姿が見られなくなってきたから、他の絶望の皆の活動がうまくいっているのかもしれない。次は少し遠くまで行きたい。

体を拭いて脱衣所を見れば、私のパジャマが用意してあった。左右田くんはいつも私に至れり尽くせりだ。

「左右田くん、出たよ」
「おー、飯できたぞ」
「わあ、いつもありがとうダーリン」
「もうちっと心込めて言えよ」

左右田くんは言葉では喜ばないけど、満更でも無いことは顔を見ればわかった。

「ほんとに、いつもありがとうね。私左右田くんが居なかったらこんなに人間らしい生活してなかったかも」
「なんだよ改まって」
「人類に絶望的なことばかりしてるのに、私たちがこんなに普通に過ごしてるの、変な感じするね」
「毎日人殺しながら真っ赤になって帰ってくる生活を普通だと思ってる女は普通じゃねぇよ」
「…たしかに」

私は普通じゃない。普通じゃないけど、いつも同じことをしていたら、私にとっての普通はこの生活そのものだ。こんな狂ってしまった私を、大和田くんに見られなくてよかった。

「ねぇ左右田くん」
「あ?」
「…好きってなんだっけ、私、大和田くんに抱いてた感情忘れちゃったかも」

大和田くんが死んで悲しくて、絶望して、この気持ちを皆にも知ってほしくて絵を描いていた。でもいつも同じような絵ばかり描いていたから、最近は手ぐせで描いて感情なんてこもっていなかった気がしてしまう。あんなにも絶望してしまうほどに、彼を好きだと思っていたはずなのに。

「どうしよう、あんなに大事にしてたのに、私、大和田くんのことだけが悲しくて絶望的だったのに…」

好きだとか、悲しいとか、淋しいとか、私の大部分を占めていた感情を最近感じていない。絶望的な気分を味わえていない。

「天野、顔上げろ」

向かい側に座っていたはずの左右田くんは私の横にたっていた。呼ばれて顔を向ければ、唇を合わせられた。

「覚えてるか、お前、俺とキスして泣きやがったの」
「…覚えてる。浮気しちゃった罪悪感で、絶望して泣いた」
「今は平然としてんのな」
「…大和田くん、居ないから、罪悪感無くなっちゃった。もう私がなにしても、大和田くん見てくれないもん、居ないから…」

言葉にしてみれば、少し寂しさがあった。でも泣くほどではなくて、泣けないことが悲しかった。私は本当に、大和田くんを失った悲しみを忘れてきているのかもしれない。

「…絶望的な気持ちにはならねーの?」
「強いて言えば…悲しめなくなっちゃったことが、絶望的かな」
「俺にキスされて嫌じゃねぇのかって聞いてんだ」

久しぶりに、左右田くんの真剣な顔を見た。

「嫌じゃ無くなっちゃったね」
「…前は嫌だったのかよ」
「そりゃあね、私の体も心も大和田くんのものだったもん」
「…今は?」

今は、大和田くんのものではない。もう、大和田くんに左右されなくなってしまった。私の体も心も、私のもののはずだ。

「泣かねえくらいだし、もう大和田のもんじゃねぇよな」

そうだね、なんて答える隙も無く、左右田くんは私に唇を寄せた。今まで触れられなかった分を埋め合わせるかのようにがっついてきて、苦しかった。左右田くんの熱い想いを、受け入れていいのかわからなかった。大和田くんのことを忘れれば良いだけの話だが、もし忘れてしまったら、私は左右田くんと居ることで、沸いて出る感情が絶望では無くなってしまうことが、不安で、絶望的だった。


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