追い詰められる
「左右田くん!足りなかった赤色いっぱいとってきた!」
「うわっ!どーしたそれ!?」
「そのへんに転がってたからもらったの」
赤の絵の具が足りなかったからデパートまで行こうと思ったのだが、喧騒の声がしたから行ってみたら、コロシアイしている人たちがいたので、その様子をスケッチしながら終わるのを待った。みんな静かになって動かなくなったから、バケツいっぱいに赤色をわけてもらった。
「服汚れちゃった。エプロンつけてけばよかった」
「着替え洗濯中だからねーぞ」
「えーっ、無理。こんな絶望的に汚いかっこで過ごしたくないんだけど」
「汚すからいけねぇんだろ、嫌なら脱ぐだけ脱げよ」
「左右田くんが興奮しちゃうからやだ」
「じゃあ我慢しろよ」
両手とも真っ赤だし、シャワーも浴びたいところだ。こんな手でご飯なんか食べたくない。
「そういやここの近くに服屋あったな。持ってきてやろうか」
「え!いいの?」
「おう、その間にシャワー浴びとけ」
「ありがと!」
左右田くんはずっと座って機械いじりしていたから疲れていたのか、立ち上がって背伸びをすると肩をぐるぐると回した。
「戻ってきてまだ浴びてたら覗くからな」
「サイテー」
左右田くんを見送って、私は風呂場にあがりこんだ。浴槽にはこの家の元々の家主がまだあった。そろそろここでシャワー浴びるのも絶望的に気分が悪いし、よその家にうつりたい。
真っ赤に汚れた服を洗濯機にぶちこんで、赤で濡れた体をシャワーで洗い流した。頭も洗って石鹸で体を洗っていたら、家に誰かがあがってきたような足音が聞こえてきた。左右田くんにしては騒がしく、何かあったのかと思って体の泡を洗い流していたら、足音は近付いてきて、ついには風呂場のドアを開けられた。
「たっ、助けてくれ!やばいやつに追われてっ…」
知らない男は私の全裸にも動じずに助けを求めてきたのだが、浴槽の肉塊を見て叫び声をあげた。私の全裸見ても何も驚かなかったくせに。
「なっ、なんなんだ!?おまえもあいつらと一緒かよ!?」
「あいつら?」
後ずさった男は背後からの襲撃に気付かずに、どしゃっと音を立てて床に崩れ落ちた。男の後ろには、モノクマの被り物を被って真っ赤なナタを持った男が立っていた。絶望の真似事をする奴等がいるのは知っていたけど、そいつらがまさか絶望の私を襲いにくるなんて。
「丸腰なんだけど…」
男はきっと私が超高校級の絶望だとは思っていないのだろう。ゆっくり近付いてきて、ナタを振り上げた。こんなところで雑魚に殺されるだなんて、絶望的すぎて笑ってしまう。
「あ"っ」
諦めそうになったとき、ドスッと音がして男は胸を押さえて倒れた。
「誰に喧嘩売ってんだてめーら」
「…左右田くん」
「うわっ、前くらい隠せっての!」
左右田くんの手には電動ドリルが握られていた。それで助けてくれたのか。
「左右田くん!」
私は体がびしょ濡れなことなんか気にせずに、左右田くんに抱き付いた。愛する人に会えない絶望的な世界でも、死ぬのがこんなに、絶望的に怖いだなんて。
「浮気してていいのかよ」
「よくない。でも丸腰で殺されかけるの、怖かった」
「俺が悪い男だったら恐怖に震えるお前を真っ先に殺すぞ」
そう言って横っ腹に、電動ドリルの先を押し当てられた。
「打てないでしょ」
「どうだろうな」
「左右田くん優しいから、殺すならもっと絶望的な状況に追い込んでから殺してくれるでしょ」
「そんな面倒なことするかよ」
「してよ」
「しねぇよ」
左右田くんは電動ドリルを押し当てるのをやめて、バスタオルを私の頭に当てて撫でてくれた。
「左右田くん?」
「喋んな。これがソニアさんだったらって想像してんだから」
「妄想じゃん、サイテー」
「だからうるせぇって」
バスタオルを顔面に押し付けられて黙らされた。
「はー、ソニアさんに会いてぇ」
「私は左右田さんには会いたくありませんわ」
「声真似すんな、似てねぇよ」
「左右田さん愛していますよ」
「あ、今のちょっと良かった」
恐怖を落ち着かせるためにふざけていたら、左右田くんは私を抱き締めてきた。殺される恐怖は和らいだけど、別の意味でまずい気がしてきた。
「…女子って柔らけぇな」
「筋肉無いもん」
「良い匂いするし」
「風呂上がりだもん」
「…女子の裸初めて見た」
「変態」
怖かったとは言え、男子高校生に裸で抱きつくのはよくなかったかもしれない。大和田くんにすら、見せてないのに。
「けっこーむらっときてんだけど、どうしてくれんだ」
「足元に死体転がってるのによく興奮できるね」
「見なきゃいいんだよ」
「わっ」
左右田くんは私を抱き上げて、脱衣場からリビングへと移動して私をソファに座らせた。
「…綺麗な体してんのな」
「見るな!」
「へいへい」
見るなと言っているのに左右田くんはタオルで私の体を拭きはじめた。嫌なら抵抗するだけなのに、なんだかどうでもよかった。しかし胸を拭くついでに揉んできたから頬を叩いてタオルを奪い取ってやって体を隠した。
「てめぇ」
「おとなしくしてるからって調子乗らないでよ」
「だったらおとなしくすんなバカ」
左右田くんは服屋からとってきた服を私に投げつけた。どんなもんかと開いてみれば、真っ赤なワンピースだった。
「それなら汚してもわかりにくいだろ」
「そうだね、ありがと。下着が黒のレースなのは左右田くんの好みかな」
「天野が嫌がるかと思ってそれにした」
「サイテー」
しかたがないからそれを履くしかない。履こうとしたら下着ごと手を掴まれて、間近で目を見つめられた。
「服持ってきたのと、助けてやった分の礼は?」
「…ありがとうって言ったじゃん」
「それだけ?」
「…胸触ったじゃん」
「足りない」
左右田くんは目をギラつかせていた。そんな目を向けられるくらいなら、さっき殺されてもよかったんだけど。
「…ソニアちゃんに会ったら、全部ばらすよ」
「そんで嫌われたらまじで絶望だわ」
そしてまたしても、タオル越しに胸に手をあてられた。絶対生きてソニアちゃんに会うし、左右田くんの悪口言ってやる。
「…なぁ、大和田の奴とどこまでやった?」
「なんで、今その話するの」
「最後の日、服乱れてたもんな。どこ触られてたんだよ」
「やだ、言いたくない」
「言えないようなとこかよ」
左右田くんから目をそらしてソファに手をついたら、何かに触れた。するとテレビがついて、触れたのはリモコンだったと理解する。
「あ、大和田くん…」
「なぁ、画面じゃなくて俺を見ろよ」
「…また、あの子と居る」
あの閉鎖空間での大和田くんの癒しが不二咲さんなのだと思うと、じわっと涙がにじんでくる。
『大和田くん、いつもこの絵見てるよねぇ』
『俺の部屋にも似たようなのがあったんだよ』
『それ、超高校級の画家の天野雅さんが描いた絵だよ。綺麗だよねぇ』
『誰だそいつ』
食堂には、私のとっておきの絵画が飾られていた。入学当初に描いた、希望ヶ峰学園の絵だった。
「天野!」
「…何、大声出して」
「今のあいつは、もうお前のもんじゃねぇよ」
そんなこと解っている。記憶も消されて、私のこともわからない。コロシアイに巻き込まれて、生存率なんてゼロに等しい。そんな彼との甘い生活なんて、思い出すだけ絶望的な気分になる。
『絵なんざ興味ねぇが…見てると何か引っ掛かんだよ。こんな絵知らねぇはずなのに、何か忘れてるような…』
まだ彼を見ていたかったのに、カメラは切り替わって別の生徒をうつしだした。まるで盾子ちゃんの嫌がらせのような場面の切り替わり方だった。
「あいつはお前を忘れたんだ。お前も、あいつを忘れろよ」
左右田くんは私の視界を遮るように唇を合わせてきた。左右田くんはなぜか泣いていた。泣きたいのは、愛する人に忘れられて、愛していない人に手を出されている私の方だというのに。
「なんで、そんなこと言うの…」
「…なんでわかんねぇんだよ」
なんでそんなに、辛そうなの。
それじゃあまるで左右田くん、私のこと、
- 7 -
←前・次→