新しい居場所


こんなみっともない事態に発展してしまい、今まで欠かさず出ていた藍染隊長の書道教室をさぼってしまった。
さぼったと言っても、出席を強制されていたわけではなく自主的に参加していただけだから、出なくても問題は無いはずだ。ただ、藍染隊長を少し避けてしまった罪悪感があるだけで。

「香月君」

今日は避けていたはずの人物の声が背後から聞こえた気がした。書道教室はさぼったはずなのにおかしいな、と思ったがもうすでに書道教室など終わった時間に回っていた。
恐る恐る振り返ると、心配そうな顔をした藍染隊長がいた。

「今日は顔を見せてくれなかったみたいだけど、具合でも悪かったかい?」
「……体調はすこぶる良いです」
「ならどうして?」

藍染隊長の顔を見たくなかったからです、なんて言えるわけもなく、返答に困った。

「立ち話もなんだから、どこか入ろうか」
「……はい」

他のみんなと違って、いつもと変わらぬ態度で接してくれる藍染隊長。さすが隊長格ともなると噂なんかに惑わされたりしないのか、なんて思うけど、隊長が本心を隠すのはいつものことなので、何を考えているのかなんて解るはずもなかった。
隊長についていって、着いた場所は藍染隊長の隊首室だった。

「入って」

書道教室に行かなかっただけで、確実に二人きりになる場所に連れ込まれるなんて。きっと他の人に聞かれたら困るような話をされるわけで、書道教室のことでなく、城宮さん関連の話をされるのだろう。
藍染隊長が用意してくれた座布団の上に正座して、何を言われてもいいように覚悟を決めた。もし隊長にまで責められるようなことを言われたら、五番隊なんか異動してしまおう。

「顔色が悪いけど大丈夫かい?」
「……はい、大丈夫です」

どこが大丈夫なんだ、とでも言いたいのか藍染隊長は困った顔をする。決して藍染隊長を困らせたいわけではないが、大丈夫じゃないですなんて言って弱音を吐くのも気が乗らない。

「大丈夫だと言うなら話をさせてもらうよ」
「…はい」
「……最近、隊の雰囲気が芳しくないようだけど、何か心当たりは無いかな」

やっぱりその話をしてくるんだ。全て私のせいにされてるんだから、当たり前か。

「…私は、何もしてないです」
「私は、ということは他の誰かが何かしているのかな?」
「……城宮さんが、」

全部話してしまいたかったが、藍染隊長が私を信じてくれなかったらと思うと言えなくなってしまった。五番隊に入ってまだ日の浅い私のことなんか、誰が信じてくれるというのだろうか。

「話したくないなら、話したくなるまで待つ……と言いたいところだけど、ここ最近の様子を見ているとそんな悠長なことは言っていられなくてね。申し訳無いけど、全て話してもらいたいんだ」
「……隊長、意外と意地悪ですね」
「ごめんね」

隊長は申し訳無さそうに微笑んでから、仕事中のような真面目な表情を見せてくる。全て話す以外の選択肢が見当たらなくて、気が重くなった。

「どうやら私、城宮さんに嫌われてしまったみたいで。私のことを貶めたいみたいで、私に嫌がらせされたような素振りをみんなの前でしているそうです」
「それは誰かにそうやって聞いたのかい?」
「…城宮さん本人に聞きました。それで五番隊の人たちも当たり前のように城宮さんのこと信じるし、副隊長も仲良いから城宮さんのこと信じて庇って……」

誰も私を信じてくれなくて、冬獅郎君まで信じてくれなくて。私が城宮さんに何をしたと言うんだ。

「……藍染隊長も、私のことが信じられなくて、気に入らないようでしたら、五番隊から追い出していただいていいんですよ。私……十番隊にも戻れないけど、五番隊に居ても、雰囲気が悪くなっていくだけですから……」
「異動したいのかい?」
「…悔しいから、したくないです。でも、藍染隊長まで私を必要としてくれないのでしたら、ここに居続ける意味も理由も無いですし。降格でも何でもいいので他の隊に飛ばしてください……。きっと、どこも私なんて歓迎してくれないでしょうけど」

藍染隊長に引き抜かれて席官になれたけど、その藍染隊長に異動させられるようでは、捨てられたも同然だ。綾瀬川さんが十一番隊においでと言ってくれていたし、あそこなら優しくしてくれるだろうか。

「僕は香月君を手離すつもりは無いよ」
「……え?」
「僕が無理を言って五番隊に異動してもらったのに、無下に追い出すようなことはしないさ。君が出ていきたいと言うのなら、話は別だけど」
「あ……藍染隊長は、私が、邪魔じゃないんですか?私がいるせいで五番隊がこんなことになってるのに……」
「君の話が本当なら、本当に対処すべきなのは城宮君の方だろう。ただ、僕は実際に何があったのか見たわけじゃないから下手に口出しできなくてね…。どうにかしてこの事態を修めたいんだけど」

やっと、私の話をまともに聞き入れてくれる人がいた。私を責めないでくれる人がいた。
さすがは藍染隊長だし、この人の目に留まって昇格し五番隊へ入れたと思うと、とても嬉しく感じた。

「藍染隊長は……まだ、私を使ってくれますか?」
「そのつもりだよ」
「私のせいでこうなってるのに…本当に、本当にいいんですか?」
「僕は君の意思を尊重したいから、君がまだ僕の下で働く意志があるならぜひ五番隊のままで居てほしい」

城宮さんは藍染隊長だって私を嫌うだとか言っていたから不安だったのだが、実際は全然そんなことはなかった。藍染隊長はみんなと違って冷静に物事を判断できる素晴らしい人だった。城宮さんなんかに踊らされるような器ではなかったのだ。

「…もし、本当は君が城宮君に手を出してこんな事態になっていたのだとしたら、今頃居心地が悪くて自分から異動したいと申し出ていただろうし、そういう訳ではないんだろう?」
「ないです。…私やってないですし、その、藍染隊長だけでも私のことを必要としてくれるのなら、ここで頑張って、誤解を解きたいです」

藍染隊長に見捨てられないように、城宮さんをどうにかしないと。為す術が無いような気もするけど、探せばきっと何か解決の糸口はあるはずだ。


「藍染隊長〜、城宮ですぅ。お話があるんですけど、今いいですかぁ?」

噂をすれば、問題の城宮さんが隊首室を訪ねてきた。焦ったけど、急いで霊圧を最小限に抑えた。なんとなく、私が藍染隊長の部屋に居るということを知られたくなかった。

「すまない、手が離せないからまた後にしてもらえるかい」
「……はい、わかりましたぁ。また後で来ますね。失礼しましたぁ」

城宮さんはすぐに引き返して行った。戸を開けられなくて良かった。藍染隊長と三人で顔を合わせるなんてことになったら、また何を言われるか解ったもんじゃない。


「大丈夫?」
「……はい」
「霊圧の揺らぎが隠せてない。そんなにも追い込まれているのかい?」

藍染隊長は心配そうに私の頭を優しく撫でてくれた。
人の優しさを感じるのが久々で、胸が苦しくなって視界が滲んできた。

「さっき、十番隊にも戻れないと言っていたけど……日番谷君とも何かあったのかい?」
「そ、れは……雛森副隊長が何か言ったみたいで、冬獅郎君が、私のことを信じてくれなくて……。冬獅郎君だけは、私を信じてくれると思ってたんですけど…」

私は冬獅郎君が好きだからそう信じて、そうであって欲しいと勝手に思っていただけだった。

「いつだって冬獅郎君が私の居場所だったのに、冬獅郎君にとっては私なんかこの程度の存在で…」
「……居場所が無いなら新しく作ればいいさ」
「そんなの、簡単にできたら苦労しないです」

藍染隊長にそんなことを言ったってどうにかなるわけではないのに、八つ当たりのように言ってしまう。

「だったら、僕が香月君の居場所を作ろう。今すぐに事態を一変させて片付けるなんてことは難しいだろうが、例え時間がかかったとしても、君が居心地の良い環境に変えてみせる」
「……私のためじゃなく五番隊のためですよね。それでもいいですけど…」
「隊の雰囲気のためだけで考えたら迷わず君を異動させるけどね」
「だったら…なんで」

私だけのために藍染隊長が城宮さんの挑発を抑え込むとでも言うのだろうか。隊長にそこまでしてもらえるほど、私は隊長の役にたったことも何も無いのに。

「目前のものだけで判断するのはあまり良くないが……君が人を傷付けるようなことをする子には見えないからね。それに、僕はできたら君のことを信じたい」
「…でも、私なんか、簡単に信じちゃっていいんですか?」
「簡単に、じゃない。今ちゃんと考えた結果さ」

どうやら本当に私を信じてくれるようで、藍染隊長になら全てを任せてもいいのかも、と思えてしまった。残念だけど、この騒ぎが収まるまで冬獅郎君にはあまり会いたくないし、藍染隊長に頼るしかないのかもしれない。

「僕は君を信じて、城宮君の行為をやめさせる。だから君も僕を信じて、決して折れないでいてほしい。日番谷君の代わりにはなれないかもしれないけど、僕にできることはさせてもらう」

藍染隊長は真面目な顔でそう宣言すると、私を優しく包み込むように抱き締めた。慣れない人の腕の中なんて落ち着けるはずがないのに、なぜか居心地の良さを感じてしまった。

「私……藍染隊長を頼っても、いいんですか?」
「もちろん」
「私のこと、見捨てたりしませんか?」
「僕がそんなことをすると思うかい?深く考えすぎだよ」

しばらく感じることのなかった優しさを、藍染隊長からたくさん与えられたせいで嬉しくて、気が緩んで涙を溢してしまった。冬獅郎君の前でさえ泣いたことなどなかったのに、藍染隊長の包容力の前で、そんな強がりは無意味だったようだ。

「ありがとうございます…」

人肌が恋しくて、気が済むまで藍染隊長の胸を借りて泣いてしまった。隊長は嫌がることも面倒くさがることもなく私をあやしてくれていた。
最初は不気味に思っていた藍染隊長の笑顔と優しさが、今の私には嬉しくてありがたいものへと変わっていた。

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