手のひらの上
どこで何を間違えたのか、思い当たる節など全く無かった。私は何も、悪いことなどした覚えはなかった。それなのに何故か周りの目はどんどん冷たくなっていて、不信感でいっぱいになっていた。
「あ……おはようございます」
「……おはよう」
雛森副隊長は、もう私と目を合わせることはほとんどなく、事務的な言葉しか交わしてくれなくなっていた。
いつからこんな風になったか考えると、これと言った変化は1つしか考え付かなかった。城宮さんが髪を切ったその日からだった。あれは確か、飲みに行こうと言われたのを断った次の日のことだった。
城宮さんが髪を切ってから、彼女が私に直接話しかけてくることは一切無かった。あれからいつも彼女は誰かと一緒にいて、私を見ると怯えたような表情で目をそらした。
私は何も危害を加えたことは無いのにあの反応をされ周りの態度が変わっていったのは、どう考えても彼女の仕業でしかなかった。どういう理由か知らないが、私を陥れたいに違いない。
これ以上状況が悪化する前に、抵抗するべきだと、そう思った。
「城宮さん」
仕事なんか後回しにして、城宮さんが一人になるのを見定めて話しかけた。彼女は無言で立ち止まって、恐る恐る、と言った感じで振り向いた。
「な……何ですかぁ?」
「貴方こそどういうつもりですか」
「何の、ことですかぁ」
「しらばっくれないで。みんなに何を吹き込んでるの」
全て城宮さんの仕業だと確信していたから、強気で言ってみた。この前の居酒屋待ちぼうけの件や今回の態度や、普段この人から感じる憎悪の視線など、全てを考慮するとこの人はどう考えても私のことが大嫌いだ。
「そんな、恐い顔しないでくださいよぉ」
城宮さんは怯えたふりして後ずさる。逃げられても困るから、肩を持って壁に押さえつけた。
「いったーい、って、私が叫んだらどうなると思います?香月六席ぃ」
「私が貴方に何かした?」
「してないですよぉ?何かしたんですか?私はされた覚え無いですけどねっ」
「じゃあどうしてこういうことするの」
「こういうことって、どういうことですかぁ?」
へらへらしながら馬鹿にしてくる態度が気に入らない。それでも平静を装って尋問を続けた。
「貴方が何かしてるからこんなことになってるんでしょう?迷惑なので、やめてもらえますか」
「今さら私がケロッと立ち直ったって、無理して明るく振る舞ってるんだなぁって、勝手にみんなが勘違いしてくれると思いますよぉ?やめて意味ありますぅ?」
「……貴方はいったい、みんなに何をしているの」
「え〜??私はただ、香月さんのこと見かけるたびにビクッとしてうつむいて震えてるだけですよぉ?そしたらみーんな、どうかしたの?大丈夫?何かあったの?その怪我が関係あるの?何かされたの?って、心配そうに言ってくるんですよぉ、うふふ」
私は知らないうちにとんでもない女を敵に回したんだと、手遅れになってから気付かされた。そんな単純な手で騙される皆も皆だが、こんなに楽しそうに人を貶めていく目の前の女が、驚くほどに怖かった。
「私がか弱く可愛く、何でもないの、大丈夫だから、心配させちゃってごめんね、って震える声で言うだけで皆が私を助けようとしてくれるんです。こんなに愉快なの久しぶりで、ほんとありがとうございますねぇ」
どうやら楽しんでいるようだから、しばらくこのお遊びはこれからも続くらしい。私がこれを止めなければ、事態はどんどん取り返しのつかないところまで悪化してしまうだろう。そんなの、ダメに決まってる。
「せいぜい五番隊に来たことを心から後悔してくださいねぇ。今のうちに逃げて十番隊かどこかに異動した方が良いかもですよぉ、香月さん」
「…せっかく藍染隊長が私のことを認めてくださったのに、易々と異動したいだなんて言えるわけないでしょう」
「どうせそのうち隊長だって皆みたいに冷たくなっちゃいますよぉ?ていうか、五番隊のみーんなに嫌われちゃう香月さんが五番隊六席に居たって、隊長も迷惑するんじゃないですかぁ?あんたのせいで五番隊が不穏だ、ってね」
「不穏にしてるのは貴方でしょうが……!」
苛立ちと共に、肩を掴んでいる手に力が入ってしまい城宮さんの顔が歪んだ。
「あぁ、そーいえば、雛森にだけは嘘ついちゃった。香月さんに髪の毛切られて階段から落とされたーって。そしたら本当に信じちゃうから面白いの!馬鹿みたいですよねぇ」
「…自分のこと心配してくれる人のこと、よくそんな風に言えますね」
「心配なんかいらないっつーの。私はただ、皆があんたのこと軽蔑してくれればそれだけでいーんですよぉ」
今すぐに殴ってやりたかった。でも殴ったら、今までの濡れ衣を否定しても信じてもらえなくなる。私が城宮さんに危害を加えたということが事実になっては困る。
「私の、何がそんなに気に入らないの」
「ぜーんぶに決まってるじゃないですかぁ。なんかぁ、存在が気にくわない奴ってたまにいません?それが私にとって香月さんなんですぅ」
「……理解できない」
そんなくだらない理由で私の居場所を潰されそうになっているなんて。せっかく五番隊の人たちとも仲良く喋れるようになってきていたのに。この、くだらない女のせいで、
「ちょっと!鳴ちゃんに何してるの!?」
駆け寄ってきた雛森副隊長は、直ぐ様私の手を叩き払って、城宮さんをかばうように割って入ってきた。
「私は何も、」
「やめて桃ちゃん!私が、私がいけないの!香月さんは何もしてないから、だからっ……」
「もうそうやって香月さんのことかばったりしなくていいから!」
「でも、」
「鳴ちゃんは悪くないでしょう?」
雛森副隊長はどうやら完璧に城宮さんを信じているようで、私にはその光景が信じられなかった。副隊長は憎々しげに私をきつく見つめてきた。
「そうやって鳴ちゃんのこと追い詰めて楽しい?どれだけ鳴ちゃんのこと傷付けるつもりなの?これ以上鳴ちゃんに何かするなら、私が許さない」
「桃ちゃん、ダメだよぉ、香月さんは何もしてないから、責めないで……」
「本当に何もしてないの?今だって二人で何してたの?」
「そ、それは、そのぉ……」
話していただけ、と私が言ってもきっと副隊長は信じてくれないだろう。というか、この様子を見る限り誰が何を言っても副隊長は城宮さんが被害者で私が加害者だという認識を変えることは無いだろう。
副隊長のことは好きだったのに、少しガッカリしてしまう。
「とにかく、もう鳴ちゃんに変なことしないで。じゃないと、もう今まで通りに接することできなくなっちゃうよ…」
副隊長は悲しそうに訴えてきた。本当は副隊長も今まで通りにみんなで穏やかに過ごしたいらしい。その平穏を崩している原因そのものが、貴方の庇っている城宮さんだということも知らずに。
「私は今も今までも、城宮さんに危害を加えたことも怪我させたことも無いです。……仕事に戻ります」
この三人で話し合っても決着がつかないのは目に見えて解った。揚げ足を取られても困るし、これ以上面倒なことにならないようにその場を後にした。
五番隊の何人かに今のやりとりを見られてしまっていて、嫌な予感しかしなかった。
私が悪いのかどうか半信半疑だった人たちが、今のやりとりを目の当たりにしたら、私と城宮さんの間に何かあったということだけは確実に察してしまうだろう。その本当の内容なんて微塵も知らずに、城宮さんの様子だけで全てを勝手に判断してしまうのだろう。
誰もがあの女に騙されて私を軽蔑していくのだと思うと、身震いがした。
- 9 -
←前・次→