君はペット



良牙くんが豚だということは一部の人しか知らないらしく、あかねにも内緒のことだったらしい。あかねの知らないことを知っているという優越感を持つこともできたのだが、良牙くんがそれだけ嫌われたくない思いをあかねに対して抱いているということが、少し不満だった。最近嫉妬ばかりしてしまって、自分に嫌気がさしてきた。

「へー、、あかねのペット?豚なんだ?可愛いね」

すごく見覚えのある豚がすごく見覚えのあるバンダナを首に巻いて、あかねに可愛がられていた。あかねがおいでと声をかければ、豚は私をチラ見してからあかねの腕へとおさまった。

「Pちゃんっていうの。はるかに見せるのは初めてだっけ?」
「うん、初めて見たよ。よろしくね、Pちゃん?」

腹立たしくてPちゃんの鼻を指先で押してみれば、豚らしく鳴いた。あかねに正体がばれたときのことを考えないのかこの馬鹿は。

「はるかって動物好きだっけ?」
「それなりに」
「ちょっと御手洗い行きたいから、Pちゃんのこと見といて貰ってもいい?」
「いいよー」

そして私はPちゃんを預かり、腕の中へとおさめた。なんだかPちゃんは落ち着きがなくなっていた。

「ねぇPちゃん、あかねのペットするの楽しい?可愛がられてるんだよね?どういうつもりか聞かないでおいてあげるけど……豚ってのを良いことにあかねに変なことしたら、焼き豚にして食べるからね」

気になる人に言うべき台詞じゃないなぁとは思ったが、それ以前にあかねは私の大事な友達だ。あかねの身は大事なんだ。

「黙っといてあげるけどさ……こういうの、あんまりよくないと思うなぁ」

脅したままでは印象が悪いと思い、Pちゃんを優しく抱き締めておいた。きっといつもあかねはこうしてPちゃんを、良牙くんを、抱き締めているんだろう。そんなのずるすぎるし、良牙くんからしたら嬉しいことこの上無いだろう。

「良牙くんの馬鹿……」
「良牙くんがどうかしたの?」

聞かれていたらしく、いつの間にか戻ってきていたあかねに声をかけられた。

「喧嘩でもしたの?」
「し、してないけど」
「えー?あ、そうそう、お茶と紅茶、どっちがいい?」
「…紅茶で」
「りょーかい」

あかねはそれだけ聞いてまた去っていった。聞いてくれるのはありがたいがびっくりさせないでほしい。

「小動物の可愛さを利用するのはずるいよね…」

腹いせに良牙くんの体を撫でまくった。毛並みが良くて気持ちいい。
しばらく撫でていたら、あかねがティーカップを持って戻ってきた。

「お待たせ。噛まれたりしなかった?」
「ありがとー。大人しかったよ」

ティーカップにはいい香りの紅茶が注がれていた。

「それで、良牙くんと何かあったの?」

あかねはわくわくしながらそんなことを聞いてきた。紅茶を飲むと同時に聞かれたせいで余計にびっくりしたし、紅茶が想像以上に熱くて更にびっくりして、ティーカップをひっくり返してしまった。良牙くんにかけたら大変なことになると反射的に思い付いて、良牙くんのバンダナを引っ張って私の膝の上から避難させた。

「はるか!大丈夫!?」

おかげでスカートは紅茶色に染まり、太ももが熱くなった。

「ご、ごめん、畳も汚しちゃった」
「そんなことより足でしょ!冷やさないと!」

あかねは慌てて私をお姫さま抱っこで持ち上げて駆け出した。可愛くても道場の娘で怪力女なんだった。そのまま風呂場へ運ばれて、シャワーで足に水をかけられた。

「痛い?」
「ううん、大丈夫…ありがとう」
「Pちゃんのこと助けてくれてありがとうね。あんなに小さい体に熱々の紅茶なんかかけたらどうなってたことか…」

やっぱりあかねは優しくて、良牙くんが惚れるのも解る気がする。豚になってこの優しさに触れていたら、居心地がよくてペット生活をやめられないだろう。

「代わりの服持ってくるから、ここで待ってて」
「はーい」

待っている間に、びしょ濡れになったスカートを軽く絞っておいた。紅茶のシミがうっすらと残っていたから、帰ったら染み抜きしておかないと。そんなことを考えながら待っていたら、ガラガラッとお風呂の戸が開けられた。

「うわっ、ごめん!って、え?服着てんのか…どうしたんだ?」
「あ…さっき紅茶かけたから足冷やして、今あかねが代わりの服取りに行ってるとこ」
「大丈夫かよ」

あかねだと思ったのに、現れたのは女の姿の乱馬くんだった。きっとお湯を求めてここまで来たんだろう。

「平気だよ。あかねが私のことここまで抱えて運んでくれて、すぐ冷やしたから」
「そーか、ならいいけどよ。あ、そういやうちで飼ってる豚見たか?不細工なやつ」
「あ、良牙くん?見たよ」
「…え、知ってんのかよ」
「まぁね」
「感想は?」
「…むかついた。あかねの前で水かけてやりたい」
「良牙が聞いたら卒倒するぞ」

そんなことしたら良牙くんのこともあかねのことも傷付けてしまうことになるだろうから、できやしないけどね。

「まぁ、あかねに危害くわえる訳じゃないだろうし……あれで幸せなんだろうし……邪魔はできないよ」
「…ふーん。いいのかそれで?」
「いいよ……私の入る隙なんか無いもん」
「そうは言うけどあの二人がうまくいくとでも思ってんのか?許嫁の俺がいること忘れてねーか?」
「…そっか。そういえばあかねって乱馬くんのものだったね。むしろ入る隙が無いのって良牙くんの方なのか。ていうか乱馬くん、良牙くんが邪魔だから私を焚き付けてるんでしょ?」
「ばっ、ちげーよ!俺は純粋にはるかのこと元気付けようと…」

私が良牙くんを振り向かせることができれば、あかねと乱馬くんを邪魔する人が居なくなるんだ。…いや、居なくはならないね。二人ともモテるし、あんまり喋ったことは無いけどシャンプーって子もめちゃめちゃ乱馬くんのこと好きみたいだし。

「ま、ありがとね。せっかくだから頑張ってみるよ」
「おうよ」

可愛いあかねに勝てるとも思えないけど、私だって可愛くないわけじゃないんだ。振り向かせられなくても、良牙くんの心を揺さぶるくらいのことはしたい。

「はるかおまたせー!代わりのスカート持ってきたわよ…って、乱馬いたの」
「居ちゃ悪いかよ。見ての通りシャワー浴びに来たんだよ」
「あらそう。悪いけど、見ての通り今からはるかが着替えるから出てって」
「へいへい」

せっかく許嫁なのに仲良くしないなんて、もったいない。許嫁なのを良いことにいくらでも仲良くできそうなのに。うらやましい。

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