傷付いて欲しくない


「え?決闘?」
「そーよ。果たし状が届いてさ」
「でも良牙くん、方向音痴だからいつ来るか解んなくない?」
「だから放課後良牙くんのために毎日ちょっとの間だけ待ってあげるんだってさ」

乱馬くん、自分の身の危機だというのにわざわざ相手のために時間を割いてあげるなんて。優しいんだか人がいいんだか。まぁ、負ける気がないっていう余裕があるだけかもしれないけど。
しかし、約束の日はおろか、翌日も翌々日も良牙くんは現れなくて、土日を挟んで次の週にまでなってしまった。それでも平日はちゃんと良牙くんのことを待ってあげていて偉いものだ。

「また今日も待つの?」
「そうよ」
「そっか…今日は夕方のアニメ見たいし、先帰るね」
「うん、また明日ね」
「ばいばーい」

ほんとは乱馬くんと良牙くんのバトル見たいけど、私だって暇じゃないんだ。それに、乱馬くんが強いところとか戦って勝つところとか、そんなかっこいい姿ばっか見てしまったら、危うく惚れてしまうかもしれない。それはあかねに悪いし申し訳ないから絶対だめだ。
そんなことを考えながら帰っていたら、見覚えのある大きなリュックを背負った彼を見つけてしまった。

「良牙くん!」

なんだか嬉しくなって声をかけてしまった。良牙くんは振り向いて、私を見てハッとした。

「ここは東京か!」
「は?あ、うん、そうそう、東京だよ」
「制服ということは…今日は平日だな?乱馬はどこにいる」
「乱馬くんなら毎日毎日迷子の良牙くんのこと学校で待ってくれてるけど…」
「迷子ではない!」

良牙くんもしかして東京じゃない場所をさまよっていたのだろうか。方向音痴もここまでくるとひどすぎる。

「迷子じゃないなら、一人で高校行けるよね?乱馬くん今も待ってるよ」
「……行けるに決まってる」
「そう?それじゃ、頑張ってね」

何をとは言わないが。
笑顔で手を振ってみれば、良牙くんは険しい顔付きで、高校とは違う方向に歩き始めた。やっぱりダメじゃないか。

「やっぱり待って良牙くん!」
「まだ何か用か?」
「学校に忘れ物しちゃったみたいだからさ、私も一緒に学校行ってもいい?」
「しょうがないな!そこまで言うなら一緒に行ってやる」
「良かった、ありがと」

素直じゃないなぁ、と思いつつ良牙くんの袖を掴んで引っ張った。この前はそれでよかったのに、今日は何故か良牙くんに「待て」と呼び止められた。

「え、何?」
「なぜ袖を掴むんだ」
「…」

良牙くんが迷子にならないようにするために決まってるのに、そんなことわざわざ言ってほしいのか。でもそんなこと言うの可哀想だし、どうしよう。

「袖じゃ嫌?」

勘違いさせてしまっても良いから、からかってみようかと思って袖ではなく良牙くんの手を握ってみる。決闘という言葉が似合わないこともない、たくましい手をしていた。

「や、やめんか!こういうのは、そういう関係の奴らがやることだろうが!」
「だってこうでもしておかないと、良牙くん迷子になっちゃうでしょ」

迷子扱いされたせいなのか、私のせいなのか、良牙くんは頬が赤い。正直なところ、可愛い。

「迷子になって決闘が遅れるの、良牙くんも嫌だし乱馬くんも待たされて可哀想でしょ?だからね、二人のために、これは必要なことなの。おっけー?」
「……」

納得したのかどうか解らないが、良牙くんは黙ったままうなづいた。高校近くなったら離してあげればいいだろうと思い、手を繋いだまま高校に向かった。

「そういえば良牙くん、乱馬くんに何されたの?」
「……あんなの、知らない方がいい。聞いてくれるな」
「…そっか。手繋いでてあげるから元気出して」
「……」

また良牙くんは黙ってしまった。ちょっとからかいすぎたもと反省しているうちに高校についてしまった。

「乱馬くーん!良牙くん連れてきたよ!」

遠くに見える乱馬くんに聞こえるような大声で呼び、良牙くんと繋いでいるその手を上に掲げた。そりゃもう、見せつけるように。

「きさまっ、何をする!」
「あっ、ごめんね。間違えちゃった」
「……まぁいい。その……ありがとな。忘れ物持ったらすぐ帰った方がいいぞ。巻き込まれないように」

良牙くんはそう言って、乱馬くんの方へ歩きだした。
乱馬くんと決闘するくらいだから良牙くんが強いのはわかるけど、巻き込まれるほど激しい戦いがおこるのかな。だとしたら、見てみたい。乱馬くんが戦うかっこいい姿も見たいし、良牙くんがどれくらい強いのかも見てみたい。
これで乱馬くんに惚れちゃったらあかねに会わせる顔がないけど、密かに惚れるくらいのこと、許してね。

とりあえず、忘れ物を取りに来たという嘘をついてしまったこともあったので、すぐに向かうのはやめて時間を置いてから二人の決闘を見に行った。
決闘はすでに始まっていて、周りにはクラスの人たちが見物のため集まっていた。

「あかねーっ」

当たり前だがあかねは居たので、そこへ向かって駆け寄った。

「はるかどこ行ってたのよ。あの人連れて来るなりどっか行っちゃうし…」
「いやぁ、ちょっとね。それで、決着つきそう?」
「あの良牙って人、ただ者じゃなさそうなの」

見てみれば、二人とも互角に闘っていて、とても人間同士の争いには見えなかった。あれは本当に一般男子高校生なのだろうか。私の知ってる高校生じゃない。

「大丈夫かな…」
「乱馬のことだから、負けるようなことはないと思うけど」

私が心配したのは乱馬くんの勝敗じゃなくて良牙くんの身なんだよねぇ。いつも口喧嘩してるくせに、こういう時はやっぱり乱馬くんのこと心配してるんだよね。なんだかんだ言ってあかねは乱馬くんのこと考えてあげてるんだよね。微笑ましいなぁ。

「何にやにやしてんのよ」
「別にー…って、危ない危ない」

気づけば良牙くんが、乱馬くんに蹴り飛ばされてこちらに向かって落ちてきていた。すかさずあかねの腕を引いて離れたが、地面に叩き付けられる良牙くんが痛々しくて決闘を止めたくなってしまう。
そんな私の心配も必要が無いようで、良牙くんは側にあった番傘を手に取りすぐに乱馬くんに向かっていった。タフすぎる。

「巻き込まれないうちに帰れ、って言われたの、守った方がいいのかな…」
「そんなこと言われたの?はるかの反射神経があれば巻き込まれることもないんじゃない?」
「まぁそうだよね。じゃあいっか」

乱馬くんが蹴りを入れると同時に、良牙くんの傘の先が乱馬くんの服を切り裂いた。

「あーっ!!この服お気に入りだったのにー!」
「勝負の最中に、女みたいなことぬかすな!」
「なっ……俺のどこが女だー!!」

さっきまで余裕があった乱馬くんなのに、女みたいだと言われて表情に怒りが見えた。それから乱馬くんの攻撃を避けながら良牙くんが距離をとるせいで、二人はフェンスの向こうまで跳んで行ってしまった。

「あたし先行くね!」
「え、ちょっとぉ」

あかねはダッシュで誰よりも速く二人の元へと駆けて行った。そんなにも乱馬くんが心配なのか。やっぱり乱馬くんとあかねの間に割り込むなんてこと、私にはできないや。乱馬くんの強くてかっこいい姿が拝めただけありがたいと思っておこう。
ひとつ溜め息をついて、私も乱馬くんたちのもとへ向かうことにした。
それなのになぜか乱馬くんの姿が無くて、代わりに乱馬くんと似たような格好をしたおさげの女の子がいた。しかも何やらあかねと言い合いをしながら良牙くんの攻撃から逃げていた。素手に対して、飛び道具の攻撃はちょっとだけ卑怯だ。というか、乱馬くんがいないのになんで良牙くんは攻撃を続けているんだ。

「良牙くん道だけじゃなく人まで見間違えるようになったの…!?」

さすがにそこまで馬鹿じゃないだろうとは思ったが、このままじゃあかねが巻き込まれると思って駆け寄った。

「私は今後あんたとはいっさい無関係……!」

あかねは怒鳴りながらチャイナ服の女の子へ振り向いたのだが、運悪く良牙くんの飛び道具があかねの長髪を切り落とした。大事に伸ばしていた髪の毛は、無惨にも地面へと広がった。

「呆けてる……」
「当たり前じゃない!女の子が髪切られるショックが、あんた女のくせにわかんないの!?」

なんて、チャイナの子が責められる。

「……って、あんた誰よ?」
「つーか早乙女はどこ行ったんだ?」

本当にもう、あかねが大変なときに乱馬くんってば何してるんだ。不器用な乱馬くんのことだから、この状態のあかねにうまい言葉なんてかけてあげられるとは思えないけど、でも傍にいるだけでも大事だと思うのに。

「わかったあかね、俺を殴れ」
「俺もいいぜ」

チャイナの子と良牙くんのその言葉で、あかねがやっと顔をあげてくれた。たしかに代償としてはそれがベストだけど、あかねの拳の重さをこの二人はわかっているのだろうか。というか、チャイナの子でなくて乱馬くんが殴られるべきじゃないのか。

「遠慮すんなよ」
「気晴らしにガーンと」

あかねは遠慮も容赦も無く、ガーンと一発ずつ顔面にお見舞いしていた。まさかあかねが女の子を殴るなんて。いったいどうなっているんだ。

「あかね……」

追いかけて慰めようかと思ったけど、かける言葉が見つからない。迷っていたら、チャイナの子が静かにあかねを追いかけた。傷付いているとこに何人も押し寄せるのも酷だろうし、足を動かすことができなかった。
クラスの人たちも次第に解散していき、良牙くんが残された。


「…良牙くん」
「……何だ」

良牙くんの頬は赤く腫れ上がっていた。さすがあかね、容赦無い。

「細かいとこ見てなかったからあんまり言えないけど……あれはひどいよ。あかねが立ち直れなかったら、許さないから。今度は私が良牙くんに決闘を申し込むから」

勝てる気はしないけど、大事な友達が傷つけられたとあれば黙っているわけにはいかない。これで良牙くんもちょっとは事の重大さが解ってくれればいいけど。

「……じゃあね」

高校の敷地内に良牙くんを残して帰るのは心配だったけど、あかねが受けた仕打ちはこんなもんじゃないんだから、少しくらい苦しんでもらわないと。
私は心を鬼にして、一人で自宅へと向かった。

- 3 -

←前次→