いらっしゃいませ
「良牙くん……こんなところで何してるの」
「ん?」
なぜ彼は公園にテントを張って野宿をしているのだろうか。たしか同い年だったろうし、家は無いのか?
「こんなところで会うなんて奇遇だな。はるかも迷子か?」
「も、って何。ここうちの近所の公園なんだけど」
「……」
可哀想な方向音痴。うちに住むかい?と誘いたくなるけど、誘ったところで断られるし、どうせ家の位置も覚えてもらえないだろう。
「今日はここで野宿?」
「そうだ」
「お家は?」
「…家ならある。だが、精神力を鍛えるためにも野宿をしとるんだ」
「あ…そう」
もしかして自宅にも帰れないほどの方向音痴なのか?いやまさか、そんな馬鹿な。いくら良牙くんでも、そこまでひどいわけ……
「良牙くん、ご飯は?」
「今から作るつもりだ」
「ここで?」
「あぁ」
キャンプかよ。公園で。近所の人に変な目で見られたりしないのかな。
「よかったらうちに晩御飯食べに来る?私も今から食べるんだけど」
「女の家……いや、でも、親御さんとか、」
「今日は帰りが遅くなるって言ってたから、私一人なんだよね」
「……」
やっぱりあかねや乱馬くんたちほど仲良くなってないから、家に誘うのはまずかったかな。やらかしちゃったな。
「さっきカレー作ったんだけどね、福神漬けが無かったから今スーパー行った帰りなの」
「はるかが一人で作ったのか?」
「うん。ちゃんと美味しいよ」
良牙くんはしばし考えたあと、「ごちそうになってもいいか?」と聞いてきた。素直でよろしい。
「どうぞどうぞ」
「荷物をまとめるから少し待ってもらってもいいか?」
「いいよ。手伝おうか?」
「あぁ、助かる」
荷物をリュックに詰めたりテントを畳んだりするのを手伝った。野宿に慣れているのか、良牙くんは手際がよかった。
「荷物重そうだね。いつもこんなに持ち歩いてるの?」
「あぁ。でもそんなに重くないぞ?持ってみるか?」
「えー」
見るからに重そうだったが、ためしに持ち上げてみようとした。だが少しも持ち上がらなくて、引っ張ったことにより中身が少し動いただけのようだった。
「な、何この重さ」
戸惑っていたら良牙くんはそのリュックを平然と持ち上げて、背負った。私が非力なのか良牙くんが馬鹿力なのか。これでも私は運動もしてるから、そこらの女の子より筋肉はあると思っていたのに。
「か弱いな」
「良牙くんが力持ちなだけだと思うの」
「ははっ、そうか?」
褒めたわけではないが、良牙くんは嬉しそうに笑った。まぁ喜んでるならいいか。
家に向かうため歩き出してから、そういえばと思い出しまた良牙くんの袖を掴んだ。何か言うかと思ったが、何事もなく受け入れてくれた。嬉しい。
「私のせいで、袖伸びちゃうかもね」
「俺のためにしてくれてるんだから、そのくらいは構わん」
良牙くんが迷子にならないため、というのを信じてくれている単純さに驚いてしまう。少しでも多くじゃれあいたいなんて下心には気付かないでいてほしい。
他愛もない会話をしながら歩けばすぐに家についた。
「アパートなのか」
「うん。狭いけどどうぞ」
「お邪魔します」
親のいない家に男の子を連れ込むなんて。悪いことをしている気分になってどきどきする。
「私の部屋ここだから、そっちで待ってて」
「おうっ」
一応家のなかだけど、方向音痴を配慮してドアまで開けて案内した。それから急いでカレーを温めたり飲み物を用意したりして、良牙くんのもとへと持っていった。
「おまたせ!」
お皿を机に並べれば、ぐう、と聞こえる腹の虫。良牙くんはちょっと恥ずかしそうにして、「いただきます」と言って食べ始めた。辛さとか味とか、口に合うか心配だったけど、良牙くんは一口食べて笑顔になってくれた。
「美味いな!」
「わーい、よかった」
料理で良牙くんを笑顔にさせられるなんて、嬉しすぎる。この調子で餌付けしてたら私になついてくれるかな。
本当に美味しそうに食べてくれるから、料理の腕があってよかったと心から思った。
「また今日みたいにご飯の前に偶然会えたら、またご馳走させてよ」
「いいのか!?」
「いいよ。良牙くんあんまり会えないし、たまにはね」
来週一緒にご飯食べよ!なんて約束もしてみたいところだが、良牙くんが約束の日に約束の場所にいるなんてことはあり得ないだろうから、約束なんてできやしない。
だから期待せず、偶然会えたときだけでいいから、またご飯食べてもらって、美味しいって笑顔を見せてもらいたい。
食べながらそんなことを考えていたら、玄関の鍵ががちゃがちゃと鳴っているのが聞こえてきた。
「まさか……」
「む、泥棒か?」
「ど、どうしよ、あの、隠れてもらってもいい!?」
「え?」
良牙くんの腕をひき立ち上がらせて、ベッドの中に押し込んだ。「ただいまー」と声がして、足音が私の部屋の前に来て、ドアがあいた。
「はるかいるならおかえりとか言いなさいよ」
「お、おかえり。母さん今日早かったね」
「疲れたから早く上がったの。先シャワー浴びるからご飯用意しといて」
「はーい」
良牙くんの存在はばれることなく、母さんは風呂場へと向かっていった。そのすきに、良牙くんの靴を玄関から持ってきて、部屋のドアを閉めた。
「良牙くん、あの、ごめんね」
布団を剥げば、少し頬の赤い良牙くん。食べたあとにこんなとこ潜らせたから暑かったかな。
「私、家に男の子呼ぶの初めてで……母さんにバレたら何聞かれるかわかんないし、申し訳ないんだけど今のうちに出てもらってもいいかな……ごめんね」
「いや、大丈夫だ。」
「今日はテンパって隠しちゃったからあれだけど……、また、ご飯食べに来てくれる?」
「はるかが良いなら、良いぞ。誘ってくれるなら、いつでも」
よかった。突然追い出すことになっちゃったから嫌われたかと思ったけど、また来てくれるなんて。今度またこんなことになったら、今度こそ母さんには友達だって紹介しよう。友達……友達かぁ。
「ごめんね、ありがとう。また来てね」
「あぁ、俺の方こそありがとな。ごちそうさまでした」
良牙くんは、ドアの死角に置いてあったリュックを背負い、私から靴を受け取って窓を開けた。
「今度、なんかお礼するからな」
「え、そんなのいいのに」
「いつもの道案内も含めた礼だから気にするな。それじゃ、またな」
良牙くんは優しく微笑んで窓から出ていった。
お礼だなんて、何をしてくれるんだろう。可愛い笑顔見せてくれるだけで私は満足だってのに、これ以上なにかしてもらえるだなんて。
そういえば良牙くん、今からどこに向かうんだろう。なんて、そんなこと考えても、良牙くん本人にすら解らないことなんだけど。
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