つかわない
切島くんに壁ドンされ、トイレに駆け込んで頭を冷やした。問題は、そのあとだった。
その日ずっと、切島くんからの視線をチラチラと受け、しかし切島くんは私に話しかけてこなかった。何の用なのか、聞けば解決するだろうが、聞くのが怖い。触れて心を読んでしまえば早いのだが、私から触れに行ったら怪しまれるに違いない。
「心音ちゃん、難しそうな顔してどーしたん?帰らんの?」
お茶子ちゃんが顔を覗きこんできて、驚いて肩が震えた。周りを見れば、みんなもう帰り支度を済ませて、既に何人か教室をあとにしていた。
「…私、切島くんに何かしたのかな」
「へ?なんで?」
「……朝のアレから、一言も喋ってなくて」
昨日も一昨日も、いつも何かしら会話していたのに。今日突然会話が無いのは、気にしてしまう。
「…恥ずかしいからじゃない?」
「……何が?」
「クラスメイトに壁ドンしちゃったから」
そう言ってお茶子ちゃんはイタズラっ子みたいに笑った。いやいや、恥ずかしいとかそうじゃないと思う。だって、そんな熱い視線じゃなかったよ。
「何の話してんの?恋バナ?」
またしても背後から近付いてきた上鳴くんは、喋りながら私の肩に手を置いてきた。驚いたけど獣化はせず、その代わり読心の方の個性をうっかり使ってしまった。
「あー!!」
「うわっ、な、何だよ?」
上鳴くんのせいで、いや上鳴くんのおかげで、切島くんに避けられた理由が判明してしまった。どうやら切島くんは上鳴くんに私のことで相談していたらしい。
「ちょっと急用!」
教室内には切島くんの姿はもう無かった。帰ったとしても、まだそう遠くへは行っていないはずだ。
私は通学バッグを持って教室を飛び出した。獣化したときに切島くんはよく近くにいたから、彼の匂いは覚えている。微かに漂う彼の匂いをかぎ分け追いかけた。
「切島くん!」
私の鼻に狂いは無かったようで、見間違えるはずもない赤髪の彼の後ろ姿を発見した。
「大神……どーした?」
「ごめん!個性使って切島くん追い掛けてきた!」
「個性?」
「嗅覚!それと、ごめん、上鳴くんの心、勝手に、うっかり読んじゃった」
一瞬、切島くんの顔が強張った。個性使う気無いなんて言ったくせに、使いまくってごめん。私は嘘つきだ。
「あの、」
「俺こそごめん!距離感考えず壁ドンとかして!知り合ったばっかの男にそんなことされて、嫌っつーか、無理に決まってるよな!ほんとごめん!」
私のためを思ってやってくれたことなのに、私の無理の一言で負い目を感じさせてしまっていただなんて。
「わ、私こそ、ごめん!切島くんのこと、嫌じゃないし、無理じゃないから、気にしないでほしい。私、ただ恥ずかしかったから、あの状況が無理だったってだけで、ほんとに、ごめん!あと、機転きかせてくれてありがとう!」
「…じゃあ、ほんとに俺のことが無理だから口聞いてくれなかったわけじゃないんだよな?」
「そんなわけないよ、私いつも切島くんに話しかけてもらうの嬉しいもん」
「へっ!?あ、そ、そうか!?」
「そうだよ。だから、切島くんに何かしちゃって嫌われたかと思って……、結局私が悪かったけど……」
「や、大神は悪くねーよ!勝手にへこんだ俺も悪いし、つーかあの状況なら逃げ出すの普通だって!」
切島くんの優しさと男らしさに感動する。全然怒らないし、私を否定しないでいてくれる。
「…だから、その、仲直りっつーか……な!」
はじめましての時と同じように、切島くんは握手を求めるように手を差し出してきた。
「…うん!」
触れれば心を読むことができる。それを解った上で握手をするということなら、仲直りしたい気持ちに嘘は無いということだろう。野暮なことは聞かないで、私は切島くんの手を握った。私は切島くんを信じて、心を読むなんてことはしないでおいた。
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