近付いた距離



「慧」

帰りのホームルームが終わってすぐ、勝己くんは私の席まで来た。

「うん、だから、早いよ」
「はよしろ」

帰りに急がされたら何か忘れ物して帰りそうだ。気を付けながら筆箱やノートなどをカバンに詰め込み立ち上がれば「遅いわ」と怒られた。勝己くんが早すぎるだけだ。

「慧ちゃんスマホ!忘れてる」
「へ?」

間抜けなことに、机の上にスマホが残っていた。上鳴くんはそれを手に取り私に向かって差し出してくれた。

「危なー。ありがとね」
「おう、また明日な!」
「じゃあねー」

スマホを受け取りポケットに入れ、上鳴くんに手を振った。勝己くんの方に視線を戻せば、案の定いらついていた。

「怖い顔しないでよ」
「怖くねぇわ」

舌打ちをする勝己くんをなだめることができぬまま、教室を出た。怒ってばかりだし、あんまり喋ってくれない勝己くんだけど、一緒に居ても息苦しさは感じないことに気が付いた。ほんとに昔だけど、一緒に過ごした時があるから、安心するのかな。


「帰る方向どっちだ」
「勝己くんと同じだよ」
「は?」
「あ、そっか。私引っ越したけど、今また小学生の時と同じ家住んでる」
「近所じゃねぇか」
「うん」

近所だったこと、覚えててくれたんだ、嬉しい。

「勝己くん、結構私のこと覚えててくれてるんだね」
「当たり前だろうが」
「え、当たり前なんだ?」

人の名前とか顔とか全然覚えられないし、いまだにクラスメイトの名前もまともに覚えていないくらいなのに。私のことは当たり前に覚えてくれるのか。

「お前だって俺のこと覚えてんだろ」
「もちろん」
「それと一緒だわ」

口は悪いけど、そんなに刺も感じない。なんか勝己くん、私と居るときもしかして普段より落ち着いてるし柔らかい?

「…ならさ、なんで最初、私のことわかんなかったの? 誰?って言われたの、ちょっと根に持ってるんだけど」

今なら聞いても答えてくれるのではないかと、淡い期待を持って聞いてみた。

「見た目が昔と違った」
「…うん、そりゃあ成長してるし、変わるよ。ていうか、だからわかんなかったの?」
「あぁ」

私は出久くんも勝己くんも久々に会ったけどわかったよ。ていうか出久くんは私にすぐ気付いてくれたからそこまで変わってないと思うんだけど。

「…じゃあ、いつ私が私だって気付いたの?」
「クソデクが名前呼んでりゃ嫌でもわかるわ。あいつが名前で呼べる女子なんか他に居ねぇだろ」
「酷い言われようだ」
「つーかあいつの話をさせるんじゃねぇ、クソ腹立つ」

それは申し訳ございませんでした。ていうか勝己くん、割りと早い段階で私のこと気づいてくれてたってことだよね。だったらほんとに、早く話しかけてくれればよかったのに。そしたら、私も怒らずに普通に接したし、勝己くんさえ良ければまた仲良くしたのに。ていうか、今日二人でご飯食べたし二人で帰路についてるし、仲良くしてる?

二人で電車に乗れば、やっぱりそこでも人の視線が痛かった。雄英体育祭はテレビで放送もされていたし、勝己くんの活躍を、というか表彰台でのあの姿を、皆も見ていたからだろう。

「勝己くん有名人みたい」

私の呟きは勝己くんの耳に届いていないのか何なのか、返事は無かった。
人の視線を気にしないように窓の外を見ていたら、電車の揺れでふらついた。そしたら勝己くんが咄嗟に腕を掴んでくれて、踏みとどまれた。

「ありがと」

勝己くんはぷいっと視線をそらし、腕も離した。体幹鍛えなきゃなぁと思っていたら、またふらついて、また腕を掴まれた。さすがに今度は舌打ちをされたけど、そのまま腕を掴んでいてくれた。素直じゃ無いけど、やっぱり優しい。
家の最寄り駅について、電車を降りる頃には腕を離された。外は少し薄暗くなってきていた。


「なんか、こんなに勝己くんと一緒に居るの久しぶりだね」

毎日通っている帰り道も、隣に勝己くんが居るだけで懐かしい気持ちになる。二人で、もしくは皆で公園で遊んで、暗くなる前に帰れという言い付けを守って、渋々帰宅していたことを思い出す。

「明日からも一緒に帰んぞ」
「えっ。うん、いいよ」
「朝も、迎えに行く」
「…いいけど、たしかいつも私の方が教室着くの早いよね。私先に出ちゃうかもよ」
「待っとけや」

そしたら勝己くん、家来てぴんぽん鳴らすのかな。お父さんに知られたら何か言われそうだけど、出勤くらいの時間だろうし確実に知られる。諦めよう。

「…あれ?勝己くんの家、あっちの道じゃなかった?」
「道なんか全部繋がっとるわ」
「えぇ…そうだけども、」

家まで送ってくれるということだろうか。誰も見ていないからといえ、優しくされまくるのもなんだかむず痒い。教室だとまともに話しかけてさえこないのに。

「…勝己くん、私のこと嫌いになったのかと思ってた」
「はぁ?」
「嫌いだったらこんな優しくないよね。ごめんね、ありがとう」

勝己くんは眉間にシワを寄せ、不快感を露にしてきた。私なんかまずいこと言ったかな。

「俺が、お前を、嫌うわけねぇだろドアホ」

めちゃくちゃイラついた顔で、めちゃくちゃ雑に私の頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた。絶対八つ当たりのやつだし、なんならちょっと嫌いな奴にする撫で方でしょこれ。髪が目に入りそうで怖くて目を瞑れば、勝己くんの雑な手の動きが収まって、終わりかと思ったら頭を引き寄せられ、額に何か触れた。目を開ければ、額に触れたのは唇だと理解した。

「なっ…何それ!」
「毎度毎度聞いてんじゃねぇ。キス以外の何物でもねぇだろうがよ」
「だから、なんでするのって!」
「あぁ?文句あんのか」
「あるよ!」
「知るか」

話が通じない。私たちは元々そういうことをする関係だった訳でもないし、あの頃は小学生だったからキスは愚か、抱きついたことも手を繋いだことすらない。そういう想いを抱いていたという意思表示だってしていないし、少なくとも私にはそんな想いは無かったし今も別に無い。

「かっ…勝己、くん、」
「あ?」
「…なんでもない!また明日ね!!」

私のこと好きなの?なんて、聞けるわけがない。そうだと言われてもどうしたらいいか解らないし、どうもできない。違うわ自惚れんなとでも言ってくれるなら良いけど、直球で聞くのは怖くて、私は逃げるように家に駆け込んだ。

- 14 -

←前次→