貴方の居ない世界



私たちの合宿は、強制的に終了させられた。
勝己くんは敵に捕らわれて、戻ってこなかった。あのとき森に助けに行っていれば、少しは違う結果になったのではないかと後悔した。捕まえて消えたということは、勝己くんを殺す目的では無いのだと思う。でももしこのまま勝己くんが戻ってこなくて、ヒーローになる未来を壊されるようなことがあったら、どうしよう。

不安でいっぱいで、家に帰るまで誰とも口を聞けなかった。クラスの子に声をかけられた気はするけど、誰に何を言われたかも思い出せなかった。家に着いたら、自分が生きている安心感と、勝己くんの居ない喪失感で涙が溢れてきた。


翌日、上鳴くんからメッセージが届いた。明日皆で緑谷の見舞い行くけど慧ちゃんどうする?というものだった。出久くんのお見舞いには行きたかったけど、病院まで行く元気が無かった。みんなに会えば勝己くんの話になるだろうし、冷静で居られる気がしなかった。
ごめんね、と返事をして机にスマホを伏せた。スマホを見てもテレビを見ても雄英のニュースで持ち切りで、気分が沈んだ。



『…もしもし、佐伯?』

みんなが出久くんのお見舞いに行っている頃、電話がかかってきた。珍しいことに、それは切島くんだった。

「どうしたの?」
『佐伯、大丈夫かなって心配になって』
「…私は大丈夫だよ」

私は怪我の一つもしていないんだから。元気が無い以外は、何も問題は無い。

『…爆豪のことなんだけど』

ドキッ、とした。何の話をされるんだろうと、思わず正座をして姿勢をただしてしまった。

『俺と轟で、爆豪のこと助けに行こうと思う』
「…え?」
『八百万が敵に発信器付けてくれてて、居場所なら解ってるんだ。緑谷とかも誘うだけ誘っておいた。行くかどうかは本人に決めてほしいから』

ちょっと待ってよ。助けに行くってそんな簡単に言うけど、私たちが行って何になるんだ。だって今ヒーローたちが勝己くんを無事に助け出す手を考えてくれているんでしょ。

「そんなことして…ヒーローたちの、邪魔になったらどうするの…?それに、切島くんたちだって、怪我するかもしれないし、出久くんだってまともに動けないよね?個性だって、使うのは…」
『解ってる。だから絶対戦わない。戦わないで爆豪を取り戻す』
「そんな無茶な…」
『俺も佐伯も、あのとき何もできなかった。でも今ならまだ、届くんだ。今晩行くから、佐伯には伝えておきたくて』

そんなこと私に言われても、どうしろと言うんだ。私には、勝己くんを助けに行けるような度胸が無い。合宿のときだって、敵を目の前にして動けなかったんだ。それなのに、自らその場に向かうだなんて怖いこと、できる気がしない。

『別に、来いって言ってるわけじゃない。危険な場所に向かうのは百も承知だし、つーか、んなとこに佐伯連れてったら俺が爆豪に殺されそうだしな』
「…切島くん、怖くないの?」
『…怖いさ。でも、このままじっとしてるだけなんてこと、俺にはできねぇ』

切島くんは強い。半端な気持ちでヒーローになると決めた私とは覚悟が違うようだ。

「…こんなこと言うのおこがましいけど、お願いだから、行くなら失敗しないでね。勝己くんが今より危ない目にあったり、皆が傷付いたりするの、絶対嫌。無理だと思ったら、何もせず引き返して」
『あぁ、約束する』
「…ごめんね、力になれなくて」

行って力になれるなら私だって何かしたい。でも、勇気も努力も覚悟も無い私は、誰の力にもなれやしない。

『きっと全員無事に帰ってくるから。待っててくれ』
「…うん、待ってる」

私には待ってることしかできなくて、不甲斐なくて涙が溢れた。
切島くんとの電話を切れば、ものの数秒でまた着信があった。今度は上鳴くんからだった。

『もしもし!?今家か!?』
「うん、そーだけど…」
『電話、切島から何か言われたか?さっきからずっと通話中だったから…』

上鳴くんは何やら焦っていた。どうやら私と切島くんが通話をしている間も電話をかけてくれていたらしい。

『うん、切島くんと話してた』
「…慧ちゃん泣いてる?」
『…泣いてない』

泣いていたけど、心配かけたくなくて嘘をついた。ただでさえ、出久くんの見舞いにも行けないくらい辛くて部屋に閉じ籠っていて心配かけていたから。

『切島から、聞いたよな?』
「…聞いた。勝己くんのことだよね」
『だったら、お願いだから慧ちゃんは行かないでくれ!爆豪のこと取り戻したいって絶対思ってるだろうけど、敵のとこに潜り込むなんて絶対危ないから!俺さ、慧ちゃんに怪我してほしくないし、危険な目にあってほしくないんだよ!』

上鳴くんは電話越しなのにちょっとうるさいくらいの声量で、一生懸命訴えてきた。切島くんとはまた別のベクトルからの気遣いで、更に泣けた。

「…ありがとね、大丈夫だよ。私…行かないから」
『へ?…そーなの?』
「うん…私、勇気無くて、行けない。怖いもん。勝己くんがもっと怖い目に合ってるかもしれなくても、怖くて、何も…できないよ…」

上鳴くんに心配されるほどの勇気は私には無い。どんなに勝己くんのことが大事で、憧れてて、大好きだったとしても、足がすくんでしまっていた。

『泣くなよ…怖いのが普通だって。俺だって怖ぇもん』
「合宿の時も、今も、怖くて何にもできなくてさ、こんなんで…ヒーローなれるのかな」
『それ言ったら俺だって何もできてねーよ。つーかさ、俺ら雄英生ではあるけどまだ一年だしさ?これからじゃん、強くなんのも、ヒーローになんのも。爆豪が心配で焦る気持ちは解るけど、ヒーロー云々ってとこで焦りすぎだろ』

だって切島くんと轟くんは助けに行くって言うし、合宿のときも出久くんは洸太くんを助けて勝己くんたちを助けに行ったと聞いた。そんなヒーローみたいなことをできる人が身近に居たら、どうしても焦ってしまう。

『俺も慧ちゃんもあいつらみたいに強くねぇじゃん?だからさ、一緒に強くなろうぜ。びびりだからすぐには無理かもしんねぇけど、ちょっとずつでもさ』
「…うん」
『ん。だから、ヒーローなんの諦めたりすんなよ』
「…うん」

勝己くんが居ないのなら、という考えが過ることもあったけど、それは一旦考えるのをやめた。まだ勝己くんがどうなるかなんて解らない。無事に戻ってくるとすれば、私はまだヒーローになるのを諦めるわけにはいかない。

『もし何かあったら、連絡してくれよ』
「うん、ありがとう」
『…じゃあ』
「ん、またね」

電話を切れば、周りは静けさに満ちていて、寂しさに襲われた。不安で胸はいっぱいだったけど、まだ折れるわけにはいかなかった。勝己くんが帰ってきたら、元気におかえりって言ってあげられるくらいの強さは、せめて持っておかないと。

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