おかえりなさい
切島くんたちが勝己くんのもとへ向かった日、大勢のヒーローたちも敵のアジトへ向かっていた。報道されたニュースで、私たちは平和の象徴オールマイトの、恐らく最後になる戦いを見届けた。勝己くんが憧れていたオールマイトは、もうオールマイトとしての力を発揮できない程になってしまった。
騒動が落ち着いてから、勝己くんが外出禁止令を出されて自宅にいることを切島くんから知らされて、いてもたってもいられなくなって爆豪家へと向かった。
「あら、慧ちゃん!また来てくれたんだね」
呼び鈴を鳴らして出てきたのは光己さんで、普段と変わらぬ笑顔で出迎えてくれて安心した。
「勝己なら部屋に居るよ。上がってく?」
「えっ。あの、でも…」
「会いに来たんでしょ?」
光己さんは不思議そうに首をかしげた。その通り私は勝己くんに会いに来た訳だけれど、家を飛び出してきたわけだから会うための心の準備ができていない。玄関でちょっと顔だけ見られればいいかなとさえ思っていた。そんな私の気持ちも露知らず、光己さんは私の腕を引き、家の中へと招き入れた。
「お、お邪魔します」
「ゆっくりして行きなね」
にっこりと笑顔を浮かべて優しく頭を撫でてくれて、優しさが心に染みて泣きそうになった。光己さんはそれから私を連れて階段を上がり、容赦なく勝己くんの部屋のドアを開けた。
「勝己!お客さん来たよ!」
「あぁ!?勝手に開けんなクソババァ!!帰らせろ!!」
「誰がババァだ!ちゃんと会いなさい!」
光己さんに腕を引かれ、勝己くんの部屋に押し込まれた。目が合うと勝己くんは驚いたように目を見開いて固まった。光己さんは「ごゆっくり」と言って扉を閉めて去っていった。外の熱気と比べ、クーラーのきいた勝己くんの部屋は涼しかった。
「…座れよ」
勝己くんが床に胡座をかいて座っていたため、私はその横に腰かけた。
「…勝手に来てごめん。勝己くん、おかえり。…無事で良かった」
「俺がやられるわけねーだろ」
「うん。ほんとに、よかった…」
勝己くんが生きて帰ってきてくれて、また会話ができている。それだけで本当に嬉しくて、我慢できずに泣いてしまった。
「ごめ……なんか、安心したら、気が抜けて…」
「…そんなに気にしとったんか」
「当たり前でしょ、勝己くんに何かあったらどうしようって、ずっと思ってて…。思ってたのに…何も、力になれなくて、ごめん…待ってただけのくせして、泣いてごめん…」
本当に辛かったのは勝己くんのはずだから、本当は勝己くんの話を聞いてあげるくらいしなきゃいけないのに。余計な言葉と涙が溢れて止められなかった。
「別にお前が来んくても助かったわ。つーか来んな。勝手に力になろうとすんじゃねぇよ」
「そうだよね、私なんか何にもしなくても、こうして戻ってきてるもんね…余計なお世話だよね…」
「ちげぇわボケ」
ぐいっと腕を引かれて、勝己くんの胸元に顔面を突っ込んだ。離れようにも。後頭部を抑えられ、動けなかった。
「てめぇのやることを余計だとか思わねぇわ。ただ、力になんのはきちんと力付けてからにしろ。無闇にあいつらと来てたら全員殺しとったわ」
切島くんが言っていた通りだった。私が向かっていたら、勝己くんを怒らせるところだった。でもそれって、どう考えても、勝己くんが私を心配するから、だよね。
「…私、ちゃんと、勝己くんと一緒にヒーローになれるよう、強くなる。だから、強くなるの待ってて」
「待ちくたびれたら置いてくからな」
「うん…それは嫌だから、勝己くんの傍に居られるよう、ちゃんとがんばるから…」
置いていかれたくない。離れたくない。そう思って、勝己くんの体に腕を回して抱きついた。勝己くんもそれを受け入れてくれて、私の体をきつく抱き締めてくれた。
「いつまでもガキみてぇに泣いてんなよ、俺は子守りじゃねぇぞ」
「だって…勝己くんが戻ってきてくれたの、ほんとに嬉しいんだもん…」
勝己くんと会話ができて、触れられて、抱き締めあって、匂いがして、想像以上に安心してしまっている。そして、喜んでしまっている。
「ほんと、変わったな。昔のが何されても泣かなかったんじゃねぇのか」
「どれのこと…?勝己くんに意地悪されたとき?他の子に意地悪されたとき?」
「全部」
「…だってそれ全部、個性で防げちゃったから、私に害無かったし」
「図太い奴」
勝己くんの爆破すら、私に傷一つ付けられなかったし、他の子の意地悪も、動きを止めてしまえばどうということはなかった。悪口だって誰も勝己くんより酷いことは言ってこないから、勝己くんの暴言に慣れてしまえば平気だった。それに勝己くんと仲良くなってからは勝己くんにも暴言を吐かれないし、他の子に何を言われても興味が無くなっていた。
「俺が捕まった今回だって慧に被害無かったろうが」
「…あったよ。すごい不安で、すごい寂しかった」
「それだけだろ」
「それが、私にとっては重大だったんだもん。勝己くん居なくなったら、私ほんとに……」
私の人生を左右するくらい大事な勝己くんが居なくなったんだ。私の中ではとんでもない悲劇で、重大な被害だった。勝己くんがいないなら、私も雄英にいる意味はない。
「いい加減泣き止め。不細工な泣きっ面やめろ」
抱き付いているから私の顔なんか見えていないはずなのに酷いことを言う。それなのに、手付きは優しく私の頭を撫でてくれていた。
「…勝己くんが優しくしてくれるなら、泣き止みたくない」
「俺は常に優しいわ」
勝己くんは無理やり私を体から引き剥がして、目を合わせてきた。
「優しい人は、こんな無理やり女の子の泣き顔見ないと思うけど…」
「黙ってろ」
いつも通り眉間にシワを寄せた難しそうな顔で私を見つめてくる。真っ赤な瞳がとても綺麗で、改めてときめいた。
「…勝己くん?」
頬を伝う涙を指で拭われ、勝己くんの指が頬を撫でる。ああもう、ずっとこうされていたい。でも勝己くんはほんとに私の頬を撫でるだけで何も言ってこない。
「…黙ってるだけなら、もう一回くっついていい?」
「あ?」
ダメだったのか、勝己くんの胴に手を伸ばしたら凄まれた。そんな拒否されてまでくっつくことはできなくて、手を引っ込めた。
「物欲しそうな顔してんなよ」
「そ、そんな顔してない」
「そういうことにしといてやらぁ」
勝己くんは意地悪そうな顔を近付けてきて、唇を合わせてきた。前されたときはただ驚いただけだったのに、今はこんなにも、嬉しかった。
「目瞑れ」
そう言ってもう一度してくる勝己くんこそ目を開けたままで、つい笑みが溢れた。
「慧」
「何?勝己くん」
聞き返しても勝己くんは何か言うわけでもなく、ただ私に何度もキスをした。以前のように拒否もせず受け入れているせいで、私の気持ちもきっとばれているのだろう。手のひらにじわりと汗が滲んだ。
「…暑いね」
「どうでもいいわ」
散々唇を堪能された後、また抱き締められた。嫌じゃないどころか、幸せを感じる。いつの間にこんなに、勝己くんのことを男として意識してしまっていたんだろう。
「泣き止んだな」
「…なんか、涙吹き飛んだ」
好きだと伝えるタイミングを逃してしまったようだけれど、それさえもどうでもよかった。勝己くんと一緒に居られるこの時間が、とんでもなく幸せだった。
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