惑わせる
翌日、必殺技を作る訓練が始まった。合宿でやるはずだった個性を伸ばすあの特訓との同時進行だから、余計きつかった。
「無理!!鬱になる!!」
「随分ハイテンションな鬱だな」
「だって…!」
自室で一人なのが寂しいから、共有スペースでノートを広げ、必殺技になりそうな案をひねり出していた。しかし頭に浮かぶのは常闇くんのことばかりで、必殺技どころではなかった。ダメな案を塗りつぶす黒色からも、常闇くんを連想するほどだった。
「明星がそんな悩むの珍しいよな。その個性なら必殺技くらい昔いっぱい考えたりしたろ」
「した…。竜巻とか砂嵐とかめっちゃ考えてた」
「なんだよ、普通に使えそうじゃん」
切島くんは炭酸を飲みながら私のノートを覗きこむ。必殺技はもう、どうとでもなりそう。威力と鋭さを増せば、殺傷能力はかなり上がる。そんなことは解っている。今私が悩んでいるのは、申し訳ないがそっちではない。
「鬱になる要素無いだろ」
「…今日、常闇くんと喋ってない」
「……は!?」
すごい勢いでビクッと肩を揺らして驚かれた。
「…昨日の、峰田くんの、くそみたいな発言で常闇くんに迷惑かけたかな…。私の軽率な行動で変に勘違いされたし、ちょっと怒ってるみたいだったし…」
「…明星、それ気にして悩んでたのか?」
なんだかちょっと周りを警戒しながら、切島くんは小声で聞いてきた。私がうなづけば、切島くんは困ったように笑った。
「あいつ別に、明星に対して怒ったわけじゃないって。峰田の煽りがうざすぎただけで、あの後だって常闇の奴明星のこと気にしてたし」
「へ、そうなの」
「変な勘違いを起こさせて明星に迷惑をかけたーとか言って。お前らお互いに気ぃつかってんのな」
よかった、私の軽率な行動がうざくて怒ってたわけじゃないんだ。
「…話しかけたら、普通にしてもらえるかな」
「そりゃそうだろ。明星が悪くねぇのに明星に冷たくするわけないって」
「ほんと?」
「ほんとだって。明星だって、峰田に対してイラついただけで、常闇に対してはイラついてないだろ?」
「うん…」
「な。だから、常闇も明星と同じ気持ちだろ」
私は常闇くんと変わらず仲良くしたい。変わらず、と言うと語弊があるけど。ほんとはもっと仲良くなりたいけど。ひとまず今は、元通りくらいには仲良くしたい。
「あとさ、峰田のことも許してやってくれよ。あのあと常闇に叱られて珍しく凹んでたし、明星に冷たくされたらあいつ再起不能になるかもしれないから」
「…そういえば今日峰田くんとも喋ってないや」
「あいつあんなだけど、昨日のこと気にしてんだよ」
私も怒ってやりたいくらいだけど、切島くんがそう言うならやめておいてあげようかな。まぁ、常闇くんと普通に話せたら、だけど。
「…ところでさ、バスの詳細聞いてないんだけど、何があったんだよ?」
「それ聞く…?」
「だめか?」
切島くんはちょっとワクワクしたような様子で聞いてくる。
「…私が行きのバスで寝ちゃって、知らないうちに常闇くんにもたれちゃっただけだよ」
「あ、故意じゃなかったのか」
「そりゃね!魔性の女じゃあるまいし」
あのとき常闇くんの隣になってドキドキしていたはずなのに寝てしまったのは、平常心を取り戻すために、常闇くんに倣って瞑想なんかしたからだ。落ち着く頃にはそのまま眠ってしまったということだろう。寝たから覚えてないけど。
「あいつ表情読めないけどさ、明星にはなんか心許してるとこあるよな」
「…そうかな」
「逆も然りって感じだけど」
「………そうでしょうか」
私は皆に平等に接しているつもりだし、あからさまな態度を取った記憶はない。でも切島くんのにやにやが、私の自信を削っていく。
「ま、俺は応援するぜ!」
「…必殺技の話かな」
「ごまかすの下手かよ」
まさか切島くんがそういうからかい方してくると思わなかった。上鳴くんならありえるけど。
「上鳴も言ってたけどさ、明星が頬染めて好きだって言えばアイツでも落ちるって」
「…常闇くんはそんなこと無さそうとか言ってたじゃん」
「俺はいけると思うけどな」
「…ふーん」
好きだって言うだけで落ちるならチョロすぎるとは思うけど、私だって常闇くんに好きだって言われたらころっと落ちる。というか、既に落ちてるからこれ以上落ちるところはないけど。
どういうつもりか解らない切島くんの対応をしながら常闇くんのことを考えていたら、誰かが共有スペースに訪れた。
「おっ常闇!いいところに!ちょっと来てくれよ」
いいところってなに。なに勝手に呼んでるの、なんて考えているうちに常闇くんは歩み寄ってきた。
「どうした」
「明星が必殺技決めかねててさ、常闇一緒に考えてくれよ。俺の個性物理型だから良いの思い付かなくってさー。今時間大丈夫か?」
「あぁ、構わん」
「じゃあ俺便所行ってくる。さっきから我慢してたんだよな」
切島くんはそう言って立ちあがり、さっさと出ていってしまった。何それ。なんで二人きりにするの。
「ごめんね引き留めちゃって。ここまで来たの用事があったんじゃなくて?」
「喉が乾いたんだが部屋に何も無かったから降りてきただけだ」
「あ、じゃあ私も何か飲む」
私も席を立ち、二人でキッチンに向かった。冷蔵庫を開けてみれば、飲み物はお茶とコーラとリンゴジュースくらいしかなかった。あとミネラルウォーター。
常闇くんは迷わずリンゴジュースのペットボトルを取り出した。
「それにするの?じゃあ私も」
あぁなんか、二人で並んでコップに飲み物入れて、同居っていうか同棲してるみたいなこの感じ、めちゃくちゃときめく。常闇くんは相変わらず平然としていて寂しくなるけど。
「必殺技、どの程度できてるんだ?」
「まだイメージだけで実践できてないんだけどね、私いつも突風でみんなの個性妨害ってくらいしかできてなかったからとりあえず増やせる技は考えたの」
話しながら、私たちは向かい合って席についた。
私は高校に入るまで、まともに個性の特訓をしていなかったから、今回の特訓はできる技を増やすところから始めていた。
風を操る個性だから、竜巻とか砂嵐とか起こして人の行動を妨害したりだとかできたらいいなって。ただ、コンクリートの上だとか街中だと、市民に被害を与えそうなのが心配だった。一ヶ所にめちゃくちゃ集中すれば、敵一人くらいなら風で巻き上げて動きを封じるくらいはできるんじゃないかと思うけど。
しばらく常闇くんに個性の相談をしていたら、私のスマホがピロンと音を立てた。常闇くんに一言断ってから見てみれば、切島くんからのメッセージが届いていた。
「…切島くん、お腹痛いから部屋戻るって」
まぁそんなことは切島くんの優しい嘘で、おまけにうまくやれよ!という一言までついていた。そんなに気を遣われても困るんだけどな。恥ずかしい。
「コーラとノート置きっぱなしだね」
「後で俺が届けておく」
「そうだね、お願い」
後で?後でってことは常闇くんまだ私と一緒に居てくれるの?それとも言葉のあや?
「…せっかくの機会だから、言っておきたいことがある」
「えっ、は、はい。何?」
浮かれているところに、ドキッとする一言をぶちこまれる。前置きが告白みたいで、常闇くん罪深い。勘違いさせないで。
「昨日…峰田の勘違いで騒ぎ立ててしまってすまなかった」
「そ、それは常闇くんほんとに悪くないじゃん、謝るようなことじゃないよ」
「いや、俺の行動が招いたことだ。明星に迷惑をかけるつもりは無かった。すまない」
「だから…」
なんでそんな謝るの。私怒ってるように見えた?そんなことないでしょ。私別に、常闇くんとできてるとかいう噂ならたてられても全然迷惑じゃないよ。ていうか、そんなにへこんで謝られると、むしろ、常闇くんが昨日の出来事をめちゃくちゃ嫌がっているような感じがしてしまって、こっちがへこむよ。
「…私もごめん。そうだよね、私とできてるとかそんなこと言われたら迷惑に思うよね…」
「い、いや、俺は…そこに関しては、迷惑ではない。謝るな」
「…どこが迷惑だった?私、常闇くんに他に何か迷惑なことしちゃった?」
そこに関しては迷惑じゃないとか、そんな含んだ言い方しないで。迷惑なとこあるならきっぱり言ってよ。直せるとこなら、直したいから。
「俺が気に入らなかったのは峰田の言動だけだ。明星については何一つ迷惑だなんて思うことはない」
めちゃくちゃへこんで泣くかと思ったくらいなのに、常闇くんが珍しく焦ってそんなことを言うから、嬉しくなってしまった。ああもう、振り回される。
「私も、迷惑じゃないよ。峰田くんはたしかにうざかったけど、ほんとにそれだけだよ。だから何も気にせず、もっと仲良く…してほしいなって、思うんだけど…」
私もしかして勢いで恥ずかしいことを言ってるんじゃないか。不安に思ったら言葉が途切れ途切れになってしまい、よくよく考えて顔が熱くなる。もっと仲良くってなんだ。欲張りすぎじゃないか。
「…俺も、明星とはもっと仲良くしたい」
常闇くんは私から目をそらす。顔色は一ミリも解らないけど、その震えそうな声で、緊張していることが伝わってきた。よくよく考えれば、顔色も表情も解らないのならそれ以外の、声や仕草を読み取ればよかったんだ。
「嬉しい」
こんなに顔が熱いんだから、顔色だって変わってしまっていて、私の気持ちなんかもう常闇くんにばれているかもしれない。それでも迷惑じゃないって思ってくれるのなら、本当に、もっともっと仲良くしたい。それでいつか、好きだって言いたい。
「…明星、俺は」
緊張する空気を感じとり、ドキリとする。しかし唐突に扉の開かれる音がして、私も常闇くんも肩をびくっと震わせた。
「あれっ、明星と常闇じゃん。何してんの?勉強?」
眠そうな顔で現れたのは、上鳴くんだった。別に告白だとか困るような話をしていた訳ではないけど、めちゃくちゃ焦った。びっくりした。
「必殺技のこと、相談してたの」
「へぇ、常闇に?」
「うん」
「ほーん。 もしアレだったら俺にも相談してくれよな。今日はもう眠いからアレだけど。電気使いすぎてなんか、頭がアレなんだよ」
上鳴くんはとても低い語彙力でそう言いながら、コンセントに刺さりっぱなしだった充電器を抜いていた。
「ありがと、明日まだ悩んでたら相談するかも。上鳴くんそれ忘れ物?」
「おー、これ俺の」
特訓の影響なのか、上鳴くんは間抜けな顔であくびをしていた。顔がもったいないからきちんと充電して睡眠をとってほしい。
「じゃ、おやすみなー」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
上鳴くんはそのまま共有スペースを出ていった。二人で居ることについて特に何も突っ込まれなくて、ほっとした。
「…私たちも部屋戻る?結構長居してもらっちゃったよね」
「構わん。だが明日もまた特訓だからな、戻るとするか」
ああ、名残惜しい。もっと常闇くんと、なんでもいいから話していたい。時間がもっとあればいいのに。
「…明星は、顔に出やすいな」
「へっ?」
「顔色も、表情も、ころころ変わる。…帰ると言ってその顔をされるのは、心苦しい」
「えっ、あ、ごめん!無意識で…!見苦しい顔してごめん!」
心苦しいって何、どんな顔。私今どんな顔してた。
「嫌だと言ってる訳ではないし見苦しくはない。ただ、寂しそうな顔をされると、俺も…期待してしまう」
「…だって、ほんとに寂しいし。ほんとはまだ、常闇くんと居たいし…」
「だから、そういう発言が…!」
怒らせた?違う、たぶん違う。常闇くんは多少のことで動じたりしない。たぶん、どっちかと言えば、照れているのでは。
「…こういうこと、常闇くんにしか言わないよ。じゃあね、おやすみ」
ずるくて申し訳無いけど、常闇くんの反応も返事も待たぬまま、私は飲みかけのコップと自分のノートを持って共有スペースを出た。
ほんとはもう、勢いで好きだと言いたかった。でも深夜テンションで言ったとか思われたくないし、今そう言ってしまうのはお互いの睡眠妨害になりそうだったから気が引けてしまった。
「あっつ…」
顔は熱いし、緊張で変に汗をかいてしまう。バクバクとうるさい鼓動を感じ、手も震えた。もうきっと、私の気持ちなんかバレている。それに対して常闇くんがどう感じたのかと考えるだけで胸が苦しい。
もうすぐ仮免試験が待っているというのに、今こんな精神不安定になってしまってどうするんだ。もしかしたら、常闇くんにも影響を及ぼしてしまったかもしれない。まともに会話できるかすら不安だけど、明日会話をすることができたら、惑わせてごめんと謝っておこう。
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