ヒロインができない



「さようなら!!!」

私は殺気を放ちながら、鹿島くんに包丁を突き出した。深く刺すつもりだったのに、鹿島くんは華麗に避けて、私の腕を力強く掴んだ。それが痛くて、思わず包丁を手離してしまった。

「どうしてこんなことをするんだ?理由があるなら話してほしい」
「くっ…お前には関係ない!!」
「関係あるさ!僕と君は、愛し合った仲じゃないか」

鹿島くんは悲痛な表情で訴えてくる。辛そうな顔も美しくて、思わず魅入ってしまう。

「…たった一人の弟を、人質にとられてるの。返してほしければ、王子の首を持ってこいと言われて…」
「だったら、僕が弟さんを助け出してみせる。君の手を血に染めるくらいなら、僕が命懸けで弟さんを連れ戻すよ」
「王子…」
「だから君は、ここで待っていてくれ。僕が弟と無事に帰ってきたら、そのときは…」

鹿島くんは真剣な顔で私を見つめる。いつのまにか鹿島くんの手は私の腰に当てられていて、更にゆっくりと、綺麗な顔が近付いてきた。
そう、これは演技だ。演技だから、寸止めされるのだ。だがしかし、相手はあの鹿島くんであり、学校一のイケメンだ。その彼に、いや彼女に触れられるだけでドキドキしてしてしまう。こんな心情で、演技に集中できるわけがない。

「カーーッット!!!」

部長の声で肩が跳ねた。恐る恐る舞台下の部長を見れば、やはり納得いかないような顔だった。

「京極、問題点は一つだけなんだが、自分で解るよな?」
「…はい」
「顔が真っ赤だよ、大丈夫かい?僕のバンビーノ」

鹿島くんは微笑みながら私の頬に触れてきた。ああもう、だからそういうのがだめなんだってば。

「鹿島!悪化させんな!!」
「へへへ、ごめんなさーい。だってこうすると椿ちゃんの反応可愛いんですよー」
「遊ぶな!!とりあえず二人とも降りてこい!ひとまず次のシーンいくぞ!」
「はーい」

私と鹿島くんは舞台から降りた。いまだに顔の熱が下がらないのもどうにかしたい。


「京極、いい加減慣れないか?それとも今のとこだけ脚本変えるか?」
「い、いえ、大丈夫です!せっかくのヒロインなので、もう少しがんばります!」
「つっても、ヒロインらしいヒロインじゃなくて悪いな。野崎に脚本頼んだら殺気の似合うヒロインにされちまってよ」
「私そんなに殺気出てますかね…」

演技するのも問題なく、台詞を覚えるのも問題なく、殺気を出すのにも問題なかった。悪役としては、期待のルーキーだったのだ。だけど、ラブシーンを演じることだけは、難があった。
少女漫画が大好きなだけで、彼氏なんていたことのないこの私に、イケメン王子と恋してキスしろだなんて、無理難題でしかなかった。

「でもさすが椿だよね!構えてた包丁が本物に見えてハラハラしたよ!」
「包丁似合ってた?」
「うん、とっても!」

千代は素直に答えるが、ここがキッチンなわけでもないのだから包丁が似合うと言われても嬉しくもない。
今日は千代だけでなく、野崎くんもみこりんも部活を覗きにきていた。今は原稿に追われる期間じゃないから野崎くんたちも時間に余裕があるらしい。

「どうしたら照れずに演技できるかな…」
「鹿島を女だと思えばいいんじゃないか」
「女だって解ってても、あんな綺麗な顔寄せられたら頭真っ白になるよ…」

ため息をついていたら、背後から誰かにぎゅっと抱き締められた。

「顔が見えなくても、触るだけで耳まで真っ赤になっているみたいだよ?」
「さ、触るって言うか、抱き締めてるからね!?そんなの、照れるに決まって…」
「照れると林檎みたいで可愛いね、食べてしまいたくなるよ」

からかわれているのは解るし鹿島くんが女なのも解るけど、それでも照れるものは照れる。私には、免疫がない。

「鹿島くん…次も出番でしょ?遊んでると部長に叱られるよ」
「あ、そうだった。残念」

鹿島くんはやっと私を解放してくれた。

「ところでみこりん…また写真撮ってるんだ」
「まぁな。野崎はカメラ構える余裕無いしな」

その野崎くんの手にはスケッチブックとペンが握られており、カメラどころではないようだった。

「どうしたら照れずにいられるかな…」
「…慣れるしかないよな」
「慣れる?」
「そうだよ!鹿島くんがどんなに近くてもどんなに恥ずかしいこと言っても照れないように、特訓すればいいんだよ!」

確かに名案ではあるが、特訓だけで心労が激しそうだ。

「でも鹿島くんも練習あってそんなに暇じゃないだろうし…」
「そっか…」
「他の暇な人で代用できるかな…」
「それだ!」
「え?」

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