ヒロインに惚れる



「野崎くん…この不良、いつになったらまみこに心開いてもらえるの」
「まみこが不良に心開くわけないだろう」

土曜日の午前から野崎くんの家に遊びに、というか原稿の手伝いに来ていた。もちろん千代たちは誰もいない。野崎くんと二人きりだ。

「不良がこんなにもまみこのことが好きなのに…」
「と言っても見た目に惚れただけだからな。それに他校生だし」
「…そろそろ名乗ってもよくない?」
「京極だったら、まみこに名前聞かれても、名乗るほどのものじゃねぇってかっこつけたくならないか?」
「…なるね」
「そうだろう。だから名乗らない」

不良の変なところに私の特徴を反映させているらしい。おかげでまみこと仲良くすることも叶わないし、無償の愛でまみこをピンチから救うだけだ。切ない。

「まみこにその気が無いって解ってるのに、好きだって伝えるのは、不良の身勝手になるのかな」
「伝えるくらいいいんじゃないか?一途なキャラは読者にも好かれる」

そう言いながら野崎くんは原稿とはまた別のネームを見せてきた。



「まみこ、大丈夫か?」柄の悪いナンパ男に絡まれていたところをまたしても助けてくれる不良。
「大丈夫です、ありがとうございます。貴方は、どうしていつも私のことを助けてくれるの?」心配そうな顔で尋ねるまみこ。
だが不良はにっこりと微笑んで「お前のことが好きだからだよ。だから、困ってたら助けるしかないだろ」と答えた。
「…ありがとう。でもごめんなさい。私には心に決めた人がいるの」申し訳なさそうに答えるまみこの頭を優しく撫でる不良。
「知ってる。でも俺の気持ちは変わらないから、何かあったらいつでも助けてやるよ」そう伝えて不良は静かに去っていった。



「鈴木を抹消する二次創作でもしてやろうか…」
「鈴木に恨みでもあるのか!?」
「鈴木さえ居なければ私がまみこと付き合えたのに!」
「落ち着け!お前は不良じゃなくて京極だからまみことは付き合えない!というか鈴木が居ないとしても、不良はまみこの好みじゃないからくっつくことはない!!」

作者様に冷たい言葉を浴びせられてしまった。不良はどう足掻いてもハッピーエンドを迎えられないということか。まるで私みたいじゃないか。

「まみこってば、私にあんなに思わせ振りな態度しといて…ひどい…」
「? まみこは不良に対して特に何もしてないだろう?」
「まみこにとっては普通のことでも、不良にとっては太陽の輝きに思えるくらいまみこが眩しいの!まみこが微笑んだり喋ったり照れたりするだけで不良は勘違いしてまみこにどんどん落ちていくんだよ!」
「さすが京極、不良の気持ちをよく理解している」

褒められても嬉しくないし、私の率直な感想だ。

「…まみこ、どうしたら振り向いてくれるかな」
「まず無理だろうな」
「…鈴木よりも、不良の方がまみこを幸せにする自信はあるよ?」
「不良が不良をやめて真面目になれば変わるかもな」

でも私から不良イメージは抜けたみたいなこと、みこりん言ってたし。何か変わったのかな?

「まみこの幸せって、何?」
「…鈴木とハッピーエンドを迎えることだろうな」
「やっぱり鈴木を抹消するしか…」

この考えに至るあたり、私には悪役がお似合いなのだろう。鈴木を抹消しないにしても、私にはまみこの幸せを願って別れを告げることくらいしかできやしない。

「けど京極、今まで和歌と付き合いたいって言ってたのにどうして突然まみこ推しになったんだ?ようやくまみこの可憐さに気が付いたのか?」
「…まみこへの気持ちに、気が付いたから」
「そんなにまみこが好きだったのか」
「…うん」

私がまみこではなくみこりんのことを言っていると、野崎くんは気が付いているのだろうか。きっと気付いてなんかいないだろうけど、好きなのかと聞かれて、顔が熱くなるのを感じた。

「そうか…。作者としてとても嬉しいが、まみこは女だし漫画のヒロインだ。せめて現実の男に恋しないか?」

やはり気付いていないようだった。これが少女漫画家かぁ。

「そうだ、そんなにまみこがいいなら御子柴はどうだ?あいつならほぼまみこだぞ?」

この男、本気で言ってるのか。

「現実のまみこが不良と付き合ったとして、夢野先生はまだまみこと鈴木の恋愛を描き続けられるの?」
「鈴木以外の奴と…」
「夢野先生の邪魔になるなら、まみこに手を出すのはやめとくよ。不良は不良らしくまみこを見守るし、先生の原稿を手伝うよ…」

野崎くんは難しそうな顔で考え込む。初恋もまだなのに、人の恋愛の答えが出せるのかな。

「俺は構わないぞ」
「えっ」
「むしろ付き合ってくれた方が、まみこが恋愛したときの正しい反応を見られそうだ。それにのろけ話もどんどん聞かせてくれれば漫画のネタになるしな!」

そうだ、こいつはこういう男だった。

「というか、御子柴のこと好きなのか?」
「今更!?いや、あの…そう、ですけど」
「さすがまみこ。モテるな」
「でもみこりん、自分のことプレイボーイとか言ったり永遠のラブハンターとか言ったりするんだけど、あれは何?ノリで言ってるだけ?私、もてあそばれてるだけじゃない?」
「御子柴が現実の大勢の女を扱えるほど器用に見えるか?」
「…見えない」
「そうだろう」

ということは、みこりんはプレイボーイでも何でもない?手を繋いだりするのも、もしかして私だけだったりする?私ってもしかして、特別扱いされてる?

「御子柴は一人すら相手にできるかどうかも疑わしいくらい、女に慣れてないぞ」
「それはそれでどうなのかな」

でも、野崎くんに相談してよかった。鹿島くんの方がみこりんと仲はいいかもしれないけど、野崎くんの方がきっとみこりんのことをよく観察してるから知っているはずだ。

「だが、応援はするぞ」
「…ありがと」

みこりんは以前言っていた。みこりんの世界ではみこりんが主人公だから、誰と仲良くするかは自分で決める、と。
みこりんにハーレムエンドを飾れるほどの器が無いと解った今、選ばれるのはきっと一人だ。
まみこが鈴木一人を好きであり続けるように、みこりんにも一人いればいいはずだ。

「…誰にも言ってないから、誰にも言わないでね?」
「堀先輩は気付いてるかもな」
「へ!?」
「というか、京極の演技の幅を広げるためにも恋愛させたいと言っていた。そしたらちゃんとしたヒロインも任せられるのに…とか何とか」

ハッピーエンドのお姫様の気持ちが解らないとかぼやいたけど、まさかそれをまともに受け取っていたなんて。

「普段の京極と御子柴の様子を見て、あの二人はお似合いだとかも言ってたぞ」
「…あの、私を浮かれさせないで。これで振られたらシャレにならない」
「京極の演技のために御子柴をその気にさせようか…とも言ってたな」
「…それでその気になったらみこりんちょろいし、堀先輩に感謝しかない」

みこりんに変化があったら、とりあえず堀先輩にお礼言おう。

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