バッドエンド


「…静かだな」

原稿の作業に集中しすぎてしまい、野崎くんに指摘された。たしかに、私は喋っていなかった。それに、みこりんも全然喋っていなかった。

「みこりんなんで無言なの?」
「…細かい作業してるから。お前こそ何か喋れよ」
「細かい作業してるのに、話しかけたら喋ってくれるの?」
「今喋ってんだろ」

あ、ほんとだ。私今みこりんと会話してる。

「この前さ、初めてギャルゲーをやってみたんだけどね」
「はあ!?」
「へへ、面白かったよ。響ちゃんっていう後輩の女の子がすっごく好みだったの」
「愛学か!?野崎お前、勝手に俺のゲームやらせてんじゃねぇよ!」

愛学? あの長いゲームタイトル、そうやって略すんだ。

「やらせたのは堀先輩だ」
「何っ…」
「あれ、みこりんのだったんだ?」
「あ」

みこりんでもああいう恋愛ゲームやるのは意外だ。女の子には不自由してなさそうなのに。

「響ちゃんがショートカットですごい可愛いから、私も真似して切っちゃおうかな〜って思っ、」
「それはダメだ!」
「へ?」
「あ、いや…もったいないだろ、長いの似合ってんのに」

似合ってる!!みこりんに褒められた!!嬉しい!!

「みこりんがそう言うなら、切るのやめるね」
「…おう」

何気なく視線を感じて野崎くんを見れば、ばっちり目があった。私もしかして観察されてる?ていうか、私の好意を知ってしまった野崎くんだし、ネタにできることがないか探しているのか?

「あ、あとね、本来なら乙女ゲームをやるべきなのかなって思って、それもやったんだけど…」
「おー」
「…あ、やっぱこの話はいいや」
「は?なんでだよ。感想は?」

どのキャラのくっさい台詞を聞いても、鹿島くんやみこりんには勝てなかった、なんて言えない。どのキャラの行動よりも鹿島くんやみこりんの方がかっこよかったなんて、言えない。

「…好みのキャラがいなくて、最初からバッドエンドにたどり着いた」
「それはひでぇな…」
「ちなみに愛学でもいきなり響ちゃんのバッドエンドだった」
「まじかよ。お前恋愛向いてねぇんじゃねーの」
「そっ、そんなこと…!」

ないとは言い切れなかった。

「…野崎くんはそれを見越して私を片想い不良野郎にしたのか…」
「そういうつもりではないが」
「じゃあもうちょっと不良に優しくしてあげてよー!」
「わ、わかった。京極の好きな龍之介で手をうとう、それでいいか?」
「よくないよ!同性でしょ!?」
「京極だって女だけどギャルゲー楽しんでんじゃねぇか」
「はっ…」

ということは恋愛に性別など関係ない?そんな馬鹿な。

「もういい、休憩!野崎くんゲーム借りてもいいですか!?」
「休憩というより最近そっちがメインになってるな」
「…そ、そうかな」
「そんなにゲームやりこんでんのか?」
「…愛学はあと図書委員の子だけになった」
「攻略キャラ8人もいるのに人ん家で7人も攻略するほどゲームしまくってんのかよ」

そう考えるとゲームに時間を費やしすぎている気がする。私もしかして原稿そこまで手伝ってないのか?

「…今からそいつ攻略すんのか?」
「うん」
「いや、でもそいつは…」
「何か問題でも?」
「…いや、別に。俺は原稿やるから楽しんどけ」
「?うん」

みこりんの挙動が不審だったが、気にせずゲームを始めた。攻略キャラの中では一番大人しくてしかもガードが固そうだ。

「響ちゃんの方が可愛い…」
「その図書委員ルート入ったら軽率に他の女子のとこ行くなよ」
「え、なんで?」
「…バッドエンドが待ってるからだ」
「このゲーム、バッドエンド多すぎじゃないかな…」

とりあえず普通にハッピーエンドを迎えたいため、好感度や男友達からの情報も集めつつゲームを進めた。これが響ちゃんだったらとっくにストーカー扱いされる頃なのに、図書委員のさやかちゃんの好感度はぐんぐん上がっていく。おかげで他の子に話しかける隙がない。

『京極くん、もうすぐ期末テストだね。勉強は進んでる?』

響ちゃん相手なら響ちゃんに勉強を教えてあげられたのに、さやかちゃんルートだとさやかちゃんから勉強を教わることになってしまった。私は一人で勉強できるからいらないのに。
それからというもの、さやかちゃんと登下校したり、一緒に勉強したり、図書館で過ごしたりした。それからさやかちゃんとお祭りデートに行きゆかたのスチルを回収し、海では水着のスチルを回収した。デートをするうちに何気なく手を繋ぐようになったりして、告白イベントも無いまま関係が進んでいた。

「ついにさやかちゃん家でお泊まり!?」

家で勉強会をすることになり真面目にお勉強をしていた。だが突然さやかちゃんがドジっ子スキルを発動し、転んだ拍子に押し倒してきた。

『京極くん…』
『さ、さやかちゃん』

そして暗転した。


「待ってさやかちゃん大人しい子じゃなかったの!?」
「京極みたいだな」
「どこが!?!?」

反抗はしたものの、それは薄々感じていた。みこりんとはお祭りデートしたし、手を繋いだこともあるし、お泊まりもしたし事故だけど押し倒しもした。思い返すと恥ずかしい。

「大人しそうな見た目して御子柴を押し倒したり男の家に泊まったり」
「わ…わ、私、故意にやってないもん…!」
「ドジっ子キャラか…」

私はドジっ子だった?いや、ドジしたのはみこりん押し倒した一件くらいしかないだろう。騙されるな私。


『京極くん…今日も遊びに行ってもいい?』


そこから先、放課後にさやかちゃんを誘うと色んな場所で暗転ばかりしていた。さやかちゃんがこんな淫乱な子だとは思わなかった。

『と、図書室でなんてダメだよ京極くん…あっ!』
『こらっ、何やってるんだ!』
響ちゃんルートなどで聞いたお馴染みのセリフが流れてきて、不純異性交遊扱いされ、停学からのバッドエンドを突然迎えてしまった。

「みこりん!!私何を間違えたの!?」
「勉強会の場所の選択肢で自宅を選んだせいだ」
「そんな前からバッドエンドに向かってたの!?」
「お前やっぱ恋愛向いてねぇんじゃねーの」
「そんなことないもん!私だって恋の一つや二つ…!」

二つもしないな、というかみこりんに向かってすごいこと言ってしまったな。みこりんも目を丸くして驚いていた。

「京極、好きな奴いるのか?」
「…龍之介くんとか、響ちゃんとか」

我ながら苦しいごまかしだと思うし、みこりん本人に聞かれたせいで顔が熱い。お前だ!なんて言えないし。

「京極」
「へ?」

野崎くんがスケッチブックを一枚破って、私に差し出してきた。そこには夢野先生作画の響ちゃんと、いつもありがとう!というコメントとサインが書かれていた。

「夢野先生〜〜!!家宝にします!!」

このコメントのいつもありがとうというのは、おそらくネタ提供ありがとう、ということだろう。むかつくけど嬉しさが勝ってしまって文句が言えない。

「そういえば御子柴、愛学のドラマCD持ってなかったか?」
「持ってるけど」
「響のストーリーもあったよな」
「そうなの!?えっ、か、貸してください!お礼はします!」
「…別にいいけど。京極って意外とオタク気質だな」
「ロマンス愛読してて漫画大好きってとこで気付かなかった?」
「そういやそうだな」

うまいこと話がそれて、私の好きな人うんぬんには聞かれずに済んだ。

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