伝えられない



恋話をする罰ゲームから逃げるために部屋を出て自販機のあるロビーまで向かった。
恋話をするのは嫌ではないのだが、私とみこりんの間にあった内緒の幸せを人に知られるのが少し嫌だった。電車で手を借りたのは不可抗力だから話したけど、他で手を繋いだことは、二人だけの内緒にしておきたい。
自販機で飲み物を買って、部屋に戻るか悩んだ末、ここに居座ることにした。都合のいいことに、他のみんなは各自部屋で楽しんでいるからここに合宿の子達はいなかった。

「はぁ…」

結局みこりんとお話できていないのが残念だ。
長椅子に腰かけてジュースを飲みながらぼーっとしていたら、誰かがこちらへ向かってくるのが視界に入った。顔を上げれば、私が今一番会いたかった人と目があって、思わず笑みがこぼれた。

「みこりん」
「一人で何してんだよ」
「みこりんこそ」
「俺は…あれだ、飲み物でも買おうと思って」

そう言ってみこりんは着ている浴衣のあちこちを触るのだが、財布が出てくる気配がない。部屋に忘れてきたのだろう。

「まぁいいや…」

諦めたのか、みこりんは私の隣に腰かけた。みんなと合宿なのにこんなところで二人でいるなんて、なんだか二人で抜け出してきたみたいでドキドキする。

「京極よぉ、昼間俺見て逃げただろ」
「え、いつ?」
「…海の家」
「気付いてたの?」
「ってことはわざと逃げたのかよ…」
「そりゃ、女の子たちと楽しそうに喋ってたらわざわざ行かないよ」
「…すまん」

嫌みなことを言ってしまったせいか、みこりんに謝られた。別に私はみこりんの何でもないんだから、謝ることないのに。

「水着、似合ってた」
「…えっち」
「はあ!?せ、せっかく褒めたのに…!」
「…恥ずかしいんだもん、しょうがないじゃん」

わざわざ今言わなくてもいいのに。あのあとみんなと合流したとき海で普通にみこりんと会ったんだし、そのとき言ってほしかった。わざわざ、二人きりのときに言われるなんて。

「…京極って、さ」
「何?」
「…好きな奴、いるのか?」
「そ、それ、前も言ったでしょ、龍之介くんと、響ちゃんだって」
「そうじゃなくて、ちゃんと現実の男で…」

みこりんはなんでそんなこと聞いてくるんだ。なんでそんなこと気にするんだ。何回も聞くほど、気になるの?

「…いるよ」
「いるのか!?」
「なんで、そんな驚くの」
「いや、だって…答えてくれると、思わなくて」
「…そう」

いないなんて言ったところで、どうせ私の顔色は赤くなる。隠せないものを隠したってしょうがない。

「ど、どんなやつなんだ?」
「…なんでそこまで言わなきゃいけないの」
「…そう、だよな」

突き放すような言い方をしてしまって後悔するが、言えないものは言えない。今私の隣に座ってるやつだよ!なんて言えたらどんなに楽か。そこまでの度胸がない。

「…みこりん、もし、私が…」

例え話として言ってみよう!と勇気を振り絞ってみたのに、背後で物音がした。喋るのをやめて振り返ってみたら、物影から赤いリボンが見え隠れしているのを見つけてしまった。千代がいるということは、野崎くんがいてもおかしくない。私の帰りが遅いから様子でも見に来たのだろうか。

「みこりん、ここ落ち着かないからちょっと歩こう」
「へ!?い、いいけど…」

話を聞かれていると知りながらみこりんと会話を続けるなんてことできない。しかし千代たちの存在がわかればみこりんと二人きりではいられなくなる。それなら、みこりんを連れ出すしかなかった。

「…それで、さっき、何て言おうとしたんだ?」
「何の話だっけ」
「もし私が…ってやつ」
「あー…うん、忘れちゃった。思い出したら話すよ」

もし私がみこりんのこと好きだったら、なんて聞いたって、みこりんを困らせるだけだ。きっとみこりんは優しいからマミコみたいにありがとうって言ってくれるんだろうけど。鈴木みたいに、マミコの方から好かれるようにならないと、きっと叶いはしないだろう。

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