鬼の目にも涙



みこりんはただ照れているだけ。そう暗示をかけてみこりんを見かけるたびに挨拶していたのだが、暗示が解けそうなほどに心が折れかかっていた。
今週は野崎くんの原稿に余裕がある時期だったから私が手伝いに行くこともなく、部活に出ていたため、野崎くんの家でみこりんに会うということすらできていなかった。だから登下校時に偶然出会って挨拶するだけだったのだが、みこりんからは素っ気ない返事しか返ってきていなかった。

「堀先輩…私もう、ダメです…」

大工仕事をしている堀先輩のところへいき、座り込んだ。

「恋なんか、全然楽しくないです。素っ気ない態度されるし、目は合わせてくれないし、全然会えないし…」
「おいおい、もう金曜だぞ?今週ずっとそうなのか?」
「そうですよぉ!ずっと、ずっと構って貰えなくて…。他の女の子たちとはいつも通りチャラく接するくせに、私には…」

愚痴っていたら辛くなってきて、目から涙が溢れそうになった。恋なんかで泣きたくないってのに。

「照れ屋にも程があるな」
「ほんとに照れてるだけなんですか?ほんとは私のこと嫌いなんじゃないですか?」
「嫌いな奴とはデートなんかしないだろ」
「…野崎くんに頼まれたから、しただけかもしれないし…」
「あ、資料のためか…」

堀先輩は黙りこんでしまった。みこりんに嫌われている可能性がゼロでは無いのだと思ったら、涙なんか堪えられなかった。

「な、泣くなよ、まだ本人に言われたわけじゃないだろ?」
「そ、そう、ですけどっ…」
「なら土日にでも連絡とってみたらどうだ?どうせあいつ暇だろ」
「…返事、来ますかね」
「心配なら電話しろ」
「…はい」

堀先輩は慰めるように私の頭を優しく撫でてくれた。それがなんだか恥ずかしくもあり嬉しくもあり、余計に泣けた。

そして土曜の朝みこりんに、今日か明日の日曜空いてる?と簡単な文章を送った。素っ気なくされすぎて、電話なんかとてもじゃないがかけられなかった。
漫画を読んでぐだぐだ過ごしながら返事を待ち続け、お昼を過ぎてからやっと返事が来たのだが、ごめん忙しい、とだけ送られてきた。
期待はしていなかったが、ショックだった。ほんとに忙しいのかもしれないけど、寂しかった。





みこりんのおかげで憂鬱な土日を漫画を読んで過ごし、月曜日が来てしまった。みこりんに会いたいけど、会ってどんな顔して何を言えばいいんだろう。なんかもうつらいし、笑顔で挨拶すらできそうにない。
ばったり会うのも嫌だったから、いつもと違う車両に乗ろうと思って乗車する場所を変えた。いつも、電車で初めてみこりんとエンカウントした車両に乗って、時間さえあえば運良く出会えるという感じだった。毎朝出会えるかどうかあんなに楽しみだったのに、今はこんなにも会いたくないなんて。

『電車が参ります──』

電車が止まりドアが開き、人が降りるのを待った。やっと乗ろうと思ったら、中にみこりんを見つけてしまい、目が合った。
みこりんってば、私に会いたくなくていつもと違うとこに乗ったのかな。なんて思ったら辛くなって、みこりんから目をそらして引き下がり、電車を見送った。





みこりんに嫌われてるとか避けられてるとか考えるだけで、気が重かった。こんな気分では、高らかに笑う悪役なんてできそうにない。申し訳ないけど部活を休ませてもらおうと思ったのだが、教室まで迎えに来られてしまった。

「椿ちゃん!お迎えにあがったよ」
「え…何の?」
「部活だよ」
「鹿島くんが!?ね、熱でもあるの?帰る?」
「そう言われると帰りたくなるんだけど。部活やめてデートでも行く?」
「い、いや…部活行く」

鹿島くんとデートはすごく素敵だけど、部長に怒られる。だったらもう、今鹿島くんを連れて部室に行った方がマシだ。

「…あの、失礼だけど、鹿島くんから部活行こうだなんて、どういう風の吹き回し?」

部室に行くまでの時間で、気になったから聞いてみた。隣に並んで鹿島くんを見上げると、スカートが目に入らないからただイケメンの隣を歩いている気分にさせられる。

「椿ちゃんに相談があってさ」
「相談?」
「そ。最近、御子柴がおかしいんだよ」

まさか御子柴という名前が出てくるとは思わず、ドキッとさせられた。

「クラスの奴らに何かあったのか聞かれたんだけど、私が御子柴のことなんか解るわけないし。椿ちゃんなら何か解るかと思ったんだけど」
「…おかしいって、どんな風に?」
「んー、なんか、話しかけても上の空って感じみたい。私は全然気付かなかったけど、先週からおかしかったらしいね。今日は私にも解るくらい変で、ずっと死んだ目してた」

今日ってことは、今朝のことが原因? 私と会ったから? それとも、私が避けたから?

「一応友達だから、ちょっと心配なんだよね」
「…そっか」

ごめんね鹿島くん。きっとそれ私のせいだろうし。

「まぁ、わかんないならいいんだ。ほっとけばそのうち直るだろうし。それより椿ちゃん、そろそろアクションの練習してみない?悪役極めるなら、戦えた方がかっこいいと思うよ。椿ちゃんみたいな可愛い女の子が悪役で怒鳴り散らして戦うこともできたらみんなを驚かせられるよ!」
「…じゃあ鹿島くんが教えてくれる?」
「もちろんだよ。手取り足取り、ね」

にこっと輝かしい笑顔を向けられた。それだけでちょっと幸せな気分になれたから、王子の輝きに感謝した。

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