ヒロインになれた


「椿ちゃん結構物覚え早いんですよ!私の指示通りちゃんと体動かせるし、驚いちゃいました!」
「この調子なら次の公演で殺陣を入れても問題ないかもな」
「ええっ、そ、そうですか?」

今日はずっと鹿島くんにアクションの稽古をしてもらった。もちろん鹿島くんはいつも王子だから剣さばきはかっこいいし、見本に見せてくれるその姿にいちいち惚れそうになった。
そして部活終わりに、堀先輩と鹿島くんと途中まで一緒に帰ることになった。

「しかし練習に夢中になりすぎたな。今何時だ?」

夕暮れすら通り越して、空はもう薄暗くなってきていた。時間を確認するために携帯を取り出し画面を見てみたら、メッセージの通知があった。

「すみません、ちょっと教室に忘れ物したんで取ってきます!先帰っててください!」
「なんだよ、そんな大事なもの忘れたのか?」
「そ、そうです!なので、また明日!さよなら!」
「おー、またな」
「ばいばーい!」


届いていたのは、みこりんからの連絡だった。放課後すぐの時間に来ていた連絡だったけど、二時間近く部活に出ていたんだから、もしまだ居たらそれだけみこりんを待たせていたことになる。もう帰ってしまっているかもしれないけど、無視するわけにはいかなかった。
校舎内は廊下くらいしか電気が点いていなくて薄暗かった。階段を駆け上がっていくと、G組の教室の電気が点いているのが見え、急いで教室に行きドアを開けた。

「みこりん!」

みこりんは窓際にいて、私に驚いて体を跳ねさせていた。

「ごめん、部活で、気付かなかった。おまたせ」

階段を走ったせいで、息が切れていた。少し苦しい。

「…俺のこと、怒ってるか?」

みこりんはビクビクしながら聞いてきた。そんなに怯えられると、へこむんだけど。

「何のこと?」
「…最近、避けてたこと」

ああやっぱり、私避けられてたんだ。みこりんの口からそれを言われ、胸がきゅっと苦しくなった。

「なんで、避けてたの?私何か、悪いことした?ずっと…寂しかったんだけど」
「…ごめん、その…。…怖かったんだ」
「…私のことが?まだ怖がってたの?」
「違う、そうじゃなくて…」

みこりんは言いにくそうにして壁にもたれ、ずるずると座り込んだ。

「バッドエンドのルートに入るのが、怖かった」
「……は?」
「ヒロイン選んだところで、バッドエンドになるのか、ハッピーエンドになるのか、親友エンドになるのか、色々だろ。現実だったら、普通にしてりゃ親友エンドだろうけど、行動起こしたら、違うだろ?ぬるいギャルゲーみたいに、攻めるだけでハッピーエンド一直線なんて簡単なもんじゃねぇし、響ちゃんみたいに攻めまくってドン引かれることだってあるかもしれねぇし…」
「ま、待って。何の話?え、何の用だったの?」

呼び出されていきなりゲームの話? 私とギャルゲーに何の関係があるんだ。

「現実はゲームみたいに何周もできねぇから、どう動いていいのか解んなかったんだよ…」
「…えっと、現実ってあの、私のことだよね?響ちゃんみたいに仲良くしてても、突然嫌ってくるかもしれないから、それが怖くて私のこと避けたってこと?」
「…おう」
「馬鹿。私は響ちゃんじゃないからみこりんのこと迷惑だと思わないよ…。ていうか、突然避けられたことに不満があるし…むしろその回避行動のせいでバッドエンドルート入るとこだったんだけど。私がこの1週間どれだけ悩んだか解る?ねぇ、聞いてる?」

座ってうつ向いたままのみこりんの前でしゃがみ、罰として威圧感を与えてやった。そのせいかみこりんは顔を上げてくれない。

「…怒ってるのか?」
「悲しんでるんだよ、みこりんに怖がられたせいで」

こんな会話、以前にもしたような気がする。あの時は不良的な怖さにみこりんが怯えてたせいだけど。

「…ごめん。避けてごめん。朝、京極に逃げられて、死ぬかと思った。避けられるのって、辛いんだな」
「そうだよ。…それが言いたくて、二時間近く待っててくれたの?」
「…おう。このままバッドエンド入ったら、死ぬ気がしたから」

みこりんは気が小さい。けど私なんかで左右されて死にそうになるだなんて、可愛いとも思ってしまう。

「みこりんが普通にしててくれたら、バッドエンドなんかにならないよ」
「…ほんとか?」
「ほんとだよ。だからまた、いつも通り挨拶して、偶然会えたら一緒に登校して、たまには一緒にご飯食べたり、また野崎くんのお手伝いしたり、二人で帰ったりとかしようよ」
「…ありがと。色々、ごめんな」
「いいよ。私はただ、みこりんと仲良くしたいだけだから」

みこりんと仲良くして、また手でも繋いだり、二人で出掛けて、デートしたりしたい。あわよくば、もっともっと仲良くなりたいけど。

「それで、一つだけ聞きたいんだけど、いい?」
「何だ?」
「みこりんは私のことゲームに例えたけど…、みこりんの中では私はヒロインの一人に含まれてて、バッドエンドと親友エンドとハッピーエンド、どの分岐も存在するってことなのかな」

せっかく二人きりなんだ。それに私とのバッドエンドを望んでいないということは、変なことを少しくらい聞いたところで、バッドエンドルートに入るわけがない。
しかしみこりんは、上げかけていた顔をまた下に向けて隠してしまった。目を見てくれないと不安になる。

「…そうだな」

そうってことは、親友になるか恋人になるかの二択ってことだよね。みこりんが自らバッドエンドを回避しようとしてくれてるんだから。

「ねぇみこりん」
「…何だ?」
「私、みこりんとは親友になりたくない」
「!?お、、俺のこと、嫌いか!?」

さっきまで弱々しかったみこりんが突然声を荒げ、びっくりする。

「逆だよ」
「ぎゃ……逆!?って…」
「…私の言いたいこと、解るよね。いい加減、顔上げてくれるかな」

少しの間を置いたあと、恐る恐るといった感じでみこりんは顔を上げ、私を見た。みこりんは今までにないくらい恥ずかしそうに、顔を耳まで真っ赤にさせていた。

「…強制イベントだから、逃げないでよ?」
「に、逃げるつもりはねぇ、けど」
「けど?」
「…俺から言いたい」

みこりんから? いや、あの、だって私の言いたいこと解った上でそんなこと言うんだよね? それもう、自惚れとかでなければ、ほぼ確実に、告白する前から返事を聞けたようなものじゃないの。

「…京極」
「う、うん」

みこりんが。
あの御子柴実琴が。
二人きりの教室で、私を呼ぶ。その声に集中できないくらい、心臓が、身体全体が激しく鼓動を鳴らす。


「…好きだ」

消え入りそうな声だったけど、確かに聞いた。そのたった一言を、頭のなかで何度も繰り返し幸せを噛み締めた。
ああこれが、ヒロインの気持ちなのか。
みこりんの表情を目に焼き付けながら、脳内では勝手に愛学のエンディング曲が再生されていた。

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