悪のヒロイン



「ははははは!!!貴様程度が私に勝とうなど百年早いわ!!」

鹿島くんと部長に丁寧に教えてもらったアクションはだいたい覚えられたので、台詞など演技込みで練習を開始したのだが、調子が良すぎて自分にドン引いた。
鼻で笑う程度の悪役だったが、威勢よく腹から笑ってしまい、気恥ずかしくなる。

「くっ、やられてたまるか!」
「ははは!!苦しめ!!喚け!!泣き叫べ!!」

まぁアクションの練習だし、と思ってうろ覚えな台本のことを考えるのをやめて適当な台詞で鹿島王子を威圧し、剣で攻めまくった。

「ぐわっ!やられた!」

私が引かなかったせいなのか、鹿島くんは私に合わせて倒れてくれた。

「あの、魔王が勝っちゃっていいの?」
「いいんじゃねーの。今日の京極には誰も勝てる気しねぇよ」
「…高笑い、もうやめますね」
「今回の台本ではな。そんなテンション高い魔王じゃねーし。けど剣さばきは良かったぞ。鹿島が圧されるくらいだからな」

部長は満足そうに笑って褒めてくれた。まだ少し慣れないけどこれなら鹿島くんときちんと戦えそうだ。

「この前まで絶望のドン底みたいなテンションだったのに、最近どうしたんだよ?何か良いことでもあったのか?」
「えへへ…ちょっとマミコと色々ありまして〜〜」
「ほー、今度詳しく聞かせろよ」
「は〜〜い」

今すぐにでものろけたい。だが今は部活中だし、部員はいっぱいいるから何も言えない。ただ堀先輩にだけはマミコというキーワードで大体察してもらうことはできる。便利だ。
ここで隠そうとする理由は、ただ一つ。みこりんと付き合っているという事実は、自然にバレるまでは口外しないという話になったからだ。それは野崎くんも例外ではなく、告白シチュエーションを詳細に聞かれそうだからしばらく黙っておくことにした。
G組の人に相合い傘だとかを見られたせいで前々から疑いを持たれ噂されていたらしいから、バレるのは時間の問題だろうけど。


「今日の椿ちゃん、魔王っていうか、表情はヒロインだよね」
「そうかなっ!?」
「うん。すっごい幸せそうだし、今ならヒロイン役できるんじゃない?」
「確かにな。やらせてみるか」

堀先輩は別の台本を引っ張り出してきて、適当なページを開いて私に渡した。

「…なにこの、少女漫画みたいな台本…」
「それは察してくれ」

これも野崎くんが書いたものなのだろう。いつも自分が演じる悪役登場部分しか念入りに見なかったからあまり気にならなかったけど、自分がヒロインだと思って読んでみるとなかなか恥ずかしい脚本だった。


「急に呼び出してごめんね!来てくれてありがとう」

姫と王子などではなく、学園ものだった。放課後、桜の木の下に彼を呼び出すシーンだった。

「構わないよ。何の用だった?」
「あ、あのね、あの…私ずっと前から、亀井くんのことが好きだったの。…よかったら、つきあってください」

役だとは理解している。だがしかし、放課後に呼び出して告白というシチュエーションにデジャブを感じて恥ずかしくなる。

「私、亀井くんとは、運命の出会いだって思ったの。遅刻しそうな時に食パンをくわえてぶつかったあの日、落とした食パンなんてどうでもよくなるくらい、衝撃を受けたの。それから貴方を見るたび胸がドキドキして、心がざわざわして…。亀井くんはいつも優しくて、かっこよくて、それで…」
「鶴橋さん…」

鹿島くんは気恥ずかしそうな嬉しそうな顔で歩み寄ってくる。そのまま台本通り続けようと思ったのだが、セリフが学園ラブコメから逸れていた。どうしようかと一瞬だけ迷ったが、さっき使ったまま足元に置いてあった剣を拾い、鹿島くんの首を斬りつけた。

「そういうところが本当に隙なの!!」

鹿島くんは目を見開いて、床に崩れた。このセリフのあとに亀井くんに抱き付くと書いてあり、指示通りに、倒れた鹿島くんをそっと抱き寄せた。


「すまん京極…そのセリフ誤植で、普通に告白の好きってことだったんだ」
「そ、そうですよね!?おかしいと思いました!ヒロイン役なのにいつも通り悪役になっちゃうから、どうしようかと…」
「やっぱり椿ちゃん、悪役だと元気になるね。椿ちゃんがやる悪の女王になら殺されてもいいかも」

死体になってくれていた鹿島くんは、そんなことを言いながら私を抱き締めてきた。相変わらずドキドキするし顔は熱いし、やはり役だとしてもまともに鹿島くんといちゃいちゃできるわけがない。

「結局照れまくってヒロインやるのに向いてねぇみたいだしなぁ」
「鹿島くんのこのイケメン顔に慣れろって方が無理なんですよ…」
「慣れてくれたら私と恋に落ちる幸せなお姫様になれるのに」

野崎くんの考えた王道ラブロマンスで鹿島くんのお姫様になってみたい気持ちはある。しかし私の演技力では、他にお姫様になりたい部員の子達を差し置いて私がお姫様になるなんてこと、できそうにない。

「残念だなー…」
「それなら、役なんかじゃなくて、本当に私のたった一人のお姫様になってみるかい?」

鹿島くんは私の目を見つめ、頬を撫でながら口説いてきた。普段からこんなことしてもらえるなら、わざわざお姫様役なんかにならなくてもいいのかもしれない。

「それはそれで楽しそうだけど、鹿島くんは女の子のことみーんなお姫様って呼ぶからやだ」
「じゃあ椿ちゃんのことだけお姫様って呼んで、他の子は子猫ちゃんとでも呼べばいいかな、お姫様?」
「…そんなチャラい王子のお姫様にはなりたくない」

鹿島王子のことは好きだしイケメンだと思うから照れるけど、どう足掻いても友達以外の関係にはなりたくないな。

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