君しか見えない



「…野崎くん、あの、どういう状況?」

原稿がピンチだという話を聞いて、部長に事情を説明して部活を休んで野崎くんの家に来た。するとどういうわけか若松くんがみこりんを羽交い締めにし、千代がその横で正座しているという光景があった。なぜ原稿をしていない。

「待ちわびたぞ。今から少女漫画家が女子の心情を想像する特訓に付き合ってもらいたくてな」
「…はい?よくわからない」
「とりあえず座ってくれ」
「はい」

言われた通り、千代の横に正座した。千代も状況を把握していないのだろうが、野崎くんの前だからいつも通り楽しそうだ。

「まずはこれだ。喧嘩を売る不良と、ガンつけられてるヒロインの場面だ。このときのヒロインの心情を想像してみてくれ、佐倉!」
「えっ、私?えっと…怖い!誰か助けて!って感じかな」
「そうだろうな。次は…」

不良と言っているが、野崎くんが見せてきたのは、だいぶ前に私が部活で演じたいじめっ子役の時の写真だった。
たしかにヒロインの心情は千代が思う通りだろう。しかしこれを今こんな風にやらなきゃいけないことなのか?原稿がやばいと聞いたから駆け付けてきたのに。
野崎くんは不良演技している私の写真を数枚めくり、手を止めた。

「これだ。台詞を噛んでしまって照れながら謝る不良の姿。これをカメラに収めたヒロインの心情を、若松!」
「え、ヒロインが写真撮ってるんですか?」
「…言葉のあやだ。カメラマンの心情を答えてくれ」
「それはまぁ…、怖い人でもこんな可愛い顔するんだなぁ、って感じですかね?瀬尾先輩もたまにはこういうギャップ見せてくれてもいいんですけどね…」

カメラマンってたしかずっとみこりんがやってたような気がするんだけど。これいじめっ子役の時だから入部してすぐの時だと思うんだけど、まさかそんな頃からみこりんがそんなこと考えていたわけがない。あと若松くんはさりげなく可愛いとか言うのそろそろやめてほしい。

「さて次は…」

野崎くんが写真を何枚もめくるが、ほとんど私がメインだし、演技中だけでなく、部員とただ喋っている姿だったり、ふとした仕草や表情などが収められているものが多々あった。

「この日の画像フォルダの四割は京極の写真だった。次の日の分は六割に増していたし、多い日には九割を越えていた。さて、このカメラマンの心情は?佐倉」
「えっ…そんなの、カメラマンが椿にみとれてただけじゃ…」
「若松はどう思う?」
「敵の弱みを探すために観察していたんだと思います!」
「…そうか 」

カメラマンって大体、帰宅部のみこりんの仕事だったと思うんだけど。あのみこりんが、私にみとれていただなんて。そんな馬鹿な。

「御子柴、答え合わせをしたいんだが」
「し、知るかよ!!そんな前のこと覚えてねぇっての!!」
「えっカメラマンってみこりんのことだったの!?この写真全部みこりんが!?」

千代が目を輝かせて私とみこりんを交互に見る。若松くんも驚いた顔で私をみてきた。そうか、みんなの視線でみこりんが恥ずかしがって逃げないようにするために若松くんがみこりんを固定してるのか。野崎くん、みこりんに可哀想なことしないであげてよ。

「離せ!!俺は帰る!!」
「今帰ったら写真もデータも渡さないぞ」
「…」

暴れて若松くんを振り払おうとしたみたいだが、野崎くんの一言で大人しくなった。みこりんが帰らないなら私が帰ってもいいかな。なんかもう恥ずかしい。

「御子柴先輩って、京極先輩のことそんなに敵視してたんですか?」
「…若松、お前が瀬尾を見る目と俺の目を一緒にするんじゃねぇ」
「え、じゃあ佐倉先輩の言う通り京極先輩にみとれてたんですか!?」
「うるせーな!覚えてねぇって言ってんだろ!」
「無意識で京極先輩のことばかり目で追ってたんですか!?少女漫画のヒロインみたいですね!!」
「誰がヒロインだ!!」

初めは恋に自覚の無いヒロインだったのか。みこりんのヒロイン力が高すぎる。

「ねぇ、みこりんって…椿のこと好きなの?」
「あぁ!?んなもん、好きじゃなきゃ付き合うわけねぇだろ」

恥ずかしがりやのみこりんが人前でそんなこと言うなんて、こっちが恥ずかしくなる。

「え…みこりんと椿って付き合ってるの!?」

千代も野崎くんも若松くんも、驚いていた。
ということはなんだ?みんなまだ気付いてなかったの?

「みんな知らずにこんな恥ずかしい尋問してきたの!?」
「知らないよ!!二人がなかなかくっつかないから強行手段に出たんだよ!」
「どうやら心配する必要は無かったみたいだな」
「そういうことなら早く言ってよ〜!ずっと気にしてたんだからね!いつから付き合ってたの!?」
「…先週」
「きゃーっ!」

もしかして今日は原稿のためなんかではなく、私とみこりんをどうにかするために呼ばれたのか。もしまだ付き合ってないときにみこりんが私を撮りまくってたなんて話を聞いていたら、思考回路が爆発してここには居られなかっただろう。

「でもさすが御子柴先輩ですね!こんなに可愛い人を彼女にするなんて」
「当たり前だろ?俺の手で落とせない女はいねぇんだよ」
「若松くんに羽交い締めされたまま言われても全然かっこよくないよ」
「…若松!!!」

若松くんはやっとみこりんを手離した。

「つーか若松!さっきから京極のこと可愛い可愛いうるせーよ!いつまで口説いてんだよ!!」
「それは…クセで」
「クセで人の彼女を口説くな!!京極は大魔王役を目指してんだから照れないようにする特訓なんかもうしなくていいんだよ!!」
「えっ、椿ヒロイン目指すのやめたの!?」
「うん…だってヒロインの演技上手い人、他にいっぱいいるんだもん」

さっきからずっと野崎くんが黙ったままペンを走らせているから気になって見てみたら、マミコが『鈴木くんの隣が似合うような可愛い子、私以外にいっばいいるよね…』と嘆いていた。ヒロインの台詞に使ってもらえてちょっとだけ嬉しい。

「それに鹿島くんがね、私になら殺されてもいいって言ってくれたから、大魔王として鹿島くんを殺したいの!だから、鹿島くんファンが怒らないくらいに悪役演技を練習して主役を目指す!」
「その台本を俺が書かなきゃいけないのか…」
「よろしくお願いします!」

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