不良A


「そういえば、演劇部に入ったんだよな?何役に抜擢されたんだ?」
「……いじめっ子A」
「見た目のイメージぴったりだったんだよね?普通にしてれば全然怖くないのに」

今日はいつもの、素の私として野崎くんの家を訪れていた。一瞬、首をかしげられたが、一応昨日会ったばかりだったおかげか私が京極椿だと気付いて家にいれてくれた。

「演技、やってみてもらえないか?何かイメージが沸くかもしれない」
「台本か何か無いと…」
「そうか、じゃあこのあたりで」

野崎くんは恋しよっの5巻を取りだして、私に手渡した。

「佐倉もマミコ役で付き合ってくれ」
「わっ、私も?」

5巻を開くと、マミコが夜道を歩いていて不良に絡まれる話だった。また不良役かと思ったが、夢野先生のためなら仕方がない。

「よぉ嬢ちゃん、こんな時間に一人で散歩かい?」
「いっ、急いでます、ので!」
「一人でなんて危ないぜぇ?俺が家まで送ってやろうか、それとも公園でデートでもするか?」
「やめ、、やめてください!」
「嫌よ嫌よも好きのうちだよなぁ!」

悪役を演じる楽しさににやにやしてしまうのだが、漫画ではこのあと鈴木が偶然にも通りかかって助けてくれる。だがこの場に鈴木を演じる人間が居ないせいで、止まってしまった。

「よし嬢ちゃん、助けも来ねぇみてぇだし俺と遊んで行くか」
「えっ!?終わりじゃないの!?」
「俺らの楽しい夜はこれからだぜ!!」
「きゃー!」

マミコ、ではなく千代を抱き締めてみれば、小さくて腕に収まった。なんとちょうど良い大きさなんだ。ふと見てみれば、野崎くんはすごい勢いで鉛筆を走らせ、どうやら私らをスケッチしているようだった。

「あの、野崎くん?」
「動かないで!」
「あ、はい」

しばらく千代を抱き締めていたら、背後でドアの音がして、誰かが入ってくる足音がした。

「な……なんだ?」
「その声はみこりん!紹介するね!今私を抱き締めてるのは京極椿ちゃん!新キャラ作りのためにお手伝いしてもらってるところなの!」
「…そうか」

みこりんとやらは背後にいるため顔が見れない。動いたら野崎くんに怒られるからみこりんが私の視界に入ってきてくれれば楽なのに、みこりんにその気は無いようだった。

「鈴木、お前なら不良に抱かれるマミコを見たときどうする?」
「お、俺が鈴木か?まぁいいけどよ……」
「よし、じゃあ演技続行!頼んだぞ鈴木!」
「あ、アドリブで演技しろってのか!?」

まだ顔も見えぬ鈴木みこりんが狼狽えている。私としても早く千代を解放してあげたいからどうにかして邪魔してくれ。

「お…おい、マミコに何してやがる!」
「鈴木の口調を守れ鈴木!!」
「……ま、マミコに何してるんだ!その子は、俺の彼女だ!離せ!」
「へぇ、嬢ちゃん、マミコって名前なのか。見た目も中身も可愛いんだなぁ?食っていいか?」
「ややややめてください!のざ…鈴木くん、助けて!」
「やめろ!」

そこで鈴木のみこりんに腕を引かれ、千代を離してしまった。不良ならこの程度でただのイケメンから逃げたりしないと思い、振り向き様に鈴木みこりんの胸ぐらを掴んだ。

「てめぇ邪魔してんじゃねぇぞコラ!」

怒鳴ったはいいものの、みこりんは私も見覚えのある人だった。学園の王子様である鹿島くんと仲の良い、御子柴くんだった。まさかあの彼が千代にみこりんなんて呼ばれる人だとは思っていなかった。あの御子柴くんの胸ぐらをつかんで睨み付けるだなんて恐れ多い。

「に……逃げろマミコ、ここは、俺がどうにかする」
「鈴木くん…!」
「これから殴られて不細工になった面なんて、可愛い彼女に見せたくねぇもんなぁ?」
「あ、スケッチするからちょっとストップで」

友達でもない人の胸ぐらを掴んで見つめあうというか睨みあう状況で止められたくなかった。身長差のおかげで少しはましだが、だいぶ恥ずかしい。普通にかっこいいし、この人を睨まなきゃいけないとか心苦しい。

「御子柴でかい、京極より少し低いくらいまで屈んでくれ」
「はぁぁ!?」

無理言うなとか何とか言いつつも、御子柴くんは膝を曲げて私よりも低くなった。態勢がきついせいか、震える御子柴くんは可愛い。

「よし、ありがとう。もういいぞ」
「はー。あの、申し遅れました。改めまして京極椿です」
「えっと、御子柴実琴です…」
「…確認だけど鹿島くんの友達の、だよね?たまに演劇部きて写真撮ってる…」
「あぁ、俺が資料のために写真が欲しくて御子柴に頼んだやつだな。そういえばカメラ持ってきたか?」
「ほらよ」

御子柴くんがカメラを渡すときに、野崎くんはスケッチブックを机に置いた。そこにはさっきの胸ぐらを掴むシーンが描かれていたのだが、不良の男がマミコの胸ぐらを掴んで迫っているシーンに改変されていた。

「不良と鈴木のシーンじゃなかったの!?」
「鈴木が不良と戦って勝てるわけないだろう。今後使うとしたらマミコと不良だからな」
「…もしかして私、不良の男役で描かれるの?」
「予定ではな」

なんだかひどい気がしたが、文句は言えない。描いて貰えるだけありがたいと思っておこう。

「やっぱり写真でも鹿島くんは絵になるね〜」
「そうだな。…けど、京極の気迫もなかなか絵になるな」
「え、私のことまで撮ってたの?」
「いや、だって、王子様の鹿島の資料は充分あるし、不良の資料は無いと思ったから…」
「だから椿ばっか撮ってあるの?不良役の椿すごい怖いね、写真なのに気迫が伝わってくるなんて」

なんか恥ずかしいな。

「…京極って、素で不良じゃないのか?」
「みこりん失礼だな〜。不良なのは演技だけだよ?普段の椿は普通に良い子だよ!」
「部活中と今日のこれしか私のこと知らなければ無理ないよね…。全然、怖くなんかないからね?むしろ御子柴くんのことみこりんって呼んじゃえるくらいにはフレンドリーだから、誤解しないでね?」
「なんだ御子柴、京極が怖いから大人しいのか。京極はロマンスの愛読者だし普通の女子だぞ」

不良だと思われていたことよりも、恐怖に思われていたことのほうがショックだった。だが御子柴くんは、不敵に笑って私を見た。

「ふっ、俺がこんな可愛い女の子を怖がる訳がないだろ?それに、俺と仲良くしたいならみこりんじゃなくて実琴って呼べよ」

さっきまでとは別人のような強気でキザなことを言われ、混乱した。というか、あの御子柴くんに可愛いと言われたことが嬉しすぎて、茶が沸かせそうなくらいに顔が熱くなった。そして御子柴くんも、自分で言っておきながら照れて顔を赤くしていた。

「み、みこと……」
「なっ…名前で呼ぶんじゃねー!!!」
「はあぁ!?今、自分で、名前でって、何!?何なの!?」

私が勇気を出してみたのに御子柴くんは名前で呼ばれることを拒絶してきた。訳がわからない。

「京極すまんな、御子柴はたまに虚勢を張るから本気にしない方がいい」
「みこりんは照れ隠しで更に恥ずかしいこと言っちゃうんだよね」
「うるせー!!」

あっ、じゃあもしかして可愛いとか言ったのもなんとなく口から出してしまっただけ?浮かれた私が恥ずかしい。

「へーっ、見た目はチャラいくせに、随分と可愛い性格してるんだね、みこりん」
「みこりん言うな!」
「千代はよくて私はだめなの?それともやっぱり名前で呼んでほしいのか?実琴くん?」
「やっ、やめろ!!ばか!」

ムカついたからいつもの悪役の調子でみこりんを馬鹿にしてみたら、以外にもあわあわしながら照れてくれた。チャラいしかっこいいから近付きがたいかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。かわいいところもあるじゃないか。

「お前、そうまでして俺と仲良くしたいのか?困った子猫ちゃんだぜ」
「ぐっ」

行動が可愛いとはいえ、このかっこいい顔で突然子猫ちゃん呼ばわりされると動揺する。が、私より先にみこりんが自分で言って照れてしまう方が早かった。

「野崎くん、筆が進むね」
「あぁ、良い人材連れてきてくれてありがとな」
「えへへ〜」

メモだかスケッチだか知らないけど、野崎くんの手が動く動く。今のやりとりが少女漫画で使えるとは思えないんだけどな。

「もうやめよう、野崎にネタにされるだけだ…」
「…そうだね、みこりん」
「なっ、結局みこりん呼びかよ」
「だめなの?」
「……別に」

みこりんは照れ隠しなのかそう言って、台所の方へ逃げていった。

「御子柴は臆病だからいびらないように」
「…いびってるように見えた?まだ私のこと不良だと思ってる?」
「そうじゃないが…御子柴が怖がってるような気がして」
「怖がってなんかねーよ!!」
「あぁ言ってるけど」
「さっきも言ったが、虚勢を張ってるんだ」

どっちが本当なのかわからないけど、怖がって距離を置かれるのはちょっと寂しいな。せっかくだから、仲良くしたいんだけど。


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