不良オーラ



「京極、最近悩みでもあるのか?何かあったのか?」

担任の先生に呼び出され、唐突にそう言われた。何のことだろうと思いきや、思い当たるのは見た目の一件くらいだ。

「最近、演劇部に入ったんですよ」
「演劇部?」
「それで不良役をやることになったのでちょっと普段の生活にも影響出ちゃってるのかもしれないですね。そんなに変わりました?」
「ああ……突然グレて顔つきもキツくなって、職員会議で話題に上がってな…」

え、そこまで?たしかに真面目に生きてきたが、職員たちに影響を与えるほど優等生してたっけ?でも会議ってことはたぶん先生たちの目には優等生に見えていたんだろう。

「私、真面目ですよね?全然不良じゃないですよね?」
「それはこっちが聞きたいが……グレた訳じゃないんだよな?」
「そんなことないです!ちょっと目付き悪いかもしれないですけど、私普通です!!普通に真面目です!」
「な、ならいいんだが……。まぁ、呼び出して悪かったな?また何かあったら、ぐれないですぐ先生に相談するんだぞ?」
「だからぐれてないですって……」

納得はいかなかったが解放してもらえたので、生徒指導室を出てすぐに野崎くんの家に向かった。

「お邪魔しまーす」

一応ぴんぽんを鳴らしてからドアノブをひねったら開いていたので入らせてもらった。開いていたら自由に入ってきて良いと言われていたので、遠慮なく入った。

「こんにちはー……あれ?みこりんだけ?」
「…おっす。野崎なら体動かしたいとか言って飲み物買いに行った」
「そっか。私に何かできることある?」
「…お前に何かできるのか?」
「失礼な。この前だってベタ塗りとかトーン貼りとかやらせてもらってできたもん」
「ほー」

じゃあ、と言ってみこりんは原稿を私に差し出した。

「ベタは佐倉がやりたがると思うから、できればトーンから」
「はーい。今日千代こないの?」
「知らねー。部活じゃねーのか?」
「そか」

トーン貼りのお手伝いを始めたわけだが、沈黙が生まれてしまった。せっかくみこりんと居るのだからお話しもしたいけど、黙ってた方が仕事しやすいなら黙るしかないし、ちょっと迷う。

「し……」
「ん?」
「しゃべれよ!!なんか!何黙ってんだよ!?」
「えっ、何その理不尽な怒り!?」
「気まずいだろうが!!」

みこりんはちょっとだけ泣きそうになりながらそんなことを訴えてきた。この沈黙は破った方がよかったのか。というかそんなことわかるわけないでしょうが。

「じゃあ、何かお喋りする?」
「おっ、おう」
「……」
「……」
「…え、みこりん喋ってよ」
「何をだ!?弱味なら教えないぞ!?」
「そんなの求めてないんだけど……」

どうにもみこりんは私のことを誤解している気がする。なんというか、怖がっているようにしか思えない。

「私さ、みこりんが思ってるような不良じゃないよ?遅刻も欠席もしないし、サボりもしないし、宿題はちゃんとやるし、成績も学年上位だし、えっと、真面目だよ?」
「最近になって優等生の仮面がはがれたってことか?」
「不良の仮面を手に入れたって表現の方が的確かな」
「ほんとかぁ?」

そこまでして私が不良だと決めつけたいのだろうか。なぜだ。そんなに私が怖いのか。

「千代みたいな子が不良と仲良くするわけないでしょ」
「若松のこと振り回してる不良みたいなのと仲良くしてんじゃねぇか」
「結月のこと?あれは馬鹿なだけで不良じゃないよ。見た目で決め付け……え、もしかして私のこと見た目で不良だと判断してるの?」
「だってどう見ても」
「どう見ても不良要素無くない!?」

つい立ち上がってしまったので、みこりんを見下げた。

「いつも制服こんなにきっちり着こなしてるよ!?むしろ着崩してるみこりんの方が不良だよ」
「その見下ろす威圧的な態度が…」
「何?…怖いの?」
「怖くねーよ!座れ!」

みこりんが必死に言うものだから、大人しく座ってあげた。大体同じ高さの目線で目を合わせるのは、みこりんがイケメンなせいで緊張する。

「座ってあげたけど」
「なんでそんな偉そうなんだよ」
「怖がるみこりんのお願い聞いてあげたからだよ」
「怖がってねぇって。せっかく二人きりなんだから、なるべく近くで顔が見たいと思ったんだよ」

この男は、なぜこうも突然に恥ずかしいことを口走るんだ。照れ隠しの言葉だとは解っていても、どきっとする。そしてみこりんも、馬鹿みたいに照れていた。

「みこりんすぐそういうこと言う…。やめてくれないかな…」
「お、怒ってんのか?」
「…怒ってるように見えるの?」
「見えるから聞いてんだよ」
「……怒ってないです。チャラい男子高校生に怖がられてしまって悲しんでるんです」

落ち込んだ気分を変えようと思い原稿に目をやれば、マミコに逃げられて立ち尽くす私、ではなく不良くんがいた。さすが私モデルなだけあって、この子の気持ちがよくわかる。原稿を見つめてため息をついていたら、やっと野崎くんが帰ってきてくれた。

「のっ、野崎っ」
「お邪魔してます」
「あぁ、やってくれてるのか。ありがとう」

野崎くんは嬉しそうに言ってくれたのだが、何やらみこりんの方を見て首をかしげた。

「どうした御子柴」
「…みこりんまだ私のこと不良だと思って怖がってるみたいなんだけどどうしたらいいの?私今こんな気持ちなんだけど」

不良が立ち尽くすその原稿を、野崎くんに向ける。こうなった原因は野崎くんが私の間違ったイメージで作り上げたキャラにもあるんだから、どうにかしてほしい。

「御子柴は気が小さいからな」
「小さくねーよ!」
「じゃあ怖がらないでよ、傷付くんだけど」
「怖がってもねぇって言ってんだろ!?」
「落ち着け御子柴」
「俺は落ち着いてるっつーの!二人して何なんだよ!こんなとこ居られっか!」

みこりんはわんわん吠えながら部屋を飛び出していった。

「……えっ、これ私が悪いの?追いかけるべき?」
「御子柴は小心者の構ってちゃんだからな……たぶん外でうろうろしてるはずだ」
「…かわいいね」
「そういう奴なんだ。単純だから、戻ってこいって言えば嬉しくなって戻ってくると思うぞ」
「…そう。じゃあまぁ呼んでくるよ…」

言われた通り外に出てみれば、部屋の前を行ったり来たりとうろうろしているみこりんがいた。そして私に気付き、足を留めた。

「みこりん」
「なっ、なんだよ!」
「…私、みこりんと仲良くしたいだけだから。寂しいし戻ってきてよ」
「京極……」

みこりんはしばらく迷ってから、こっちに近付いてきた。

「…こ、怖がって悪かったな」
「ん。怖がらせてごめんね」

自分より身長の高いチャラい男子にどんな謝り方だよと思ったが、みこりんが単純ならたぶんこれで大丈夫だろう。
ひとまず仲直り(?)をしたので部屋に戻ろうと玄関の扉を開けてみると、メモとペンを構えた野崎くんがいた。

「お手伝いさせられたあげくネタにされていると思うと若干腹が立つね」
「ネタ提供ありがとう」
「そりゃどうも」


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