作画資料



野崎くんの家には、なぜかセーラー服があった。
聞くと、どうやら資料用に用意した衣装を千代に着せようとしたことがあったらしい。が、千代は恥ずかしがって着ようとしなかったとのこと。可愛いんだから着れば野崎くんにアピールできそうなのに、もったいない。

「だけど、なんで私が……」

千代が着なかったからという理由で、なぜか私が代わりにセーラー服を着ることになってしまった。男の子の家で着替えるとかいう最高に意味のわからない体験なんかしたくなかった。
渋々着替えに取りかかったものの、セーラー服のサイズが微妙に合わなかった。千代用に用意されたそれは、私よりも下のサイズだった。きついものを着るのは嫌で、扉の向こうにいるはずの野崎くんに声をかけた。

「あの、野崎くん?あの……は、恥ずかしいんだけど、えっと、サイズが、合わなくて、その……」
「大きかったか?」
「逆だよ!小さかったの!言わせないでよ!」

デリカシーの無い野崎くんはたまにこう私の心をえぐってくる。

「じゃあ代わりに別のやつ着てもらえるか?そのへんに紙袋があると思うから、その中のやつを」

扉付近にあった紙袋を開けてみると、紺色のセーラー服が入っていた。資料にしても何枚こんなもの買ってるんだ野崎くん。趣味なの?仕事なの?



「野崎くん!これ最初から私に着せるために買ったでしょ!?」

着てみたはいいが、スカートの丈が異様に長かった。なんというか、ドラマや漫画でよく見るような、スケバンが着ていそうなセーラー服だった。
おまけにマスクまで入っていたし、ついでだからそれもつけ、ついでに腕捲りをして扉を開けた。

「ひぃっ」
「に……似合ってるぞ」

いつのまにやらみこりんも来ていたらしく、私の恥を見られてしまった。違う、これは野崎くんの資料のためであって、私が着たいから着たわけではない。ノリノリとかそんなわけない。

「こんな格好させて、ほんとに使うの?」
「使うはずだ」

まだ未定なのか。野崎くんはとりあえずカメラを構えて私のことを撮り始めた。

「スケバンが何するの?ヒロインいじめるの?」
「そうだなー……あ、もうちょっとオラついた感じで首かしげて」
「あ、はい」

気だるげに野崎くんを見下してみる。しかしその横のみこりんが怯えているような気がしてへこむ。いつになったらみこりんに普通の女の子を見る目で見てもらえるのだろうか。

「あれ?ていうか……まみこいじめたとして、誰が助けるの?鈴木じゃ不良に勝てないとか言ってなかったっけ?」
「あ」
「…野崎くん、なんとなくこれ着せたかっただけでしょう」
「いや、そんなことはない!だからそう怒るな。何か飲み物いれようか?紅茶…は無理なんだったか。ココアいれようか?」
「怒ってないのでお気遣いなく!」

ちょっと大きい声を出せばまたみこりんがびくっとする。悲しいなぁ。

「資料として使えないならもう着替えていい?」
「あ、あぁ。次の資料、クローゼットに入ってるから」
「まだ着るの!?」
「いやぁ、だって佐倉が着てくれないから。嫌なら御子柴に着てもらうけど」
「なんで俺が女物着なきゃいけねぇんだよ!?」

そうなるとやっぱり私が着るしかないのか。嫌だけど、これは野崎くんではなく、夢野先生のお願いなんだ。大好きな漫画の資料として使ってもらえるんだから、喜ぶべきなんだ。

「ちなみに、次は何着るの」
「パジャマだ」
「は?」
「そう凄むな……、町中で見られない服だからなかなかイメージが沸かなくてな」

そう、夢野先生が困ってるんだ。それを助けられるのなら、ぜひ、ぜひ私が助けたい。野崎くんではない、夢野先生のお手伝いを……。



「着ました!!」

男の子の家で着替えをして、更にそれがパジャマだなんて、わけがわからない。しかもそれを男子高校生二人にまじまじと見られるだなんて。なんだか私の貞操観念がおかしいみたいじゃないか。恥ずかしい。

「ふ、普通に恥ずかしいんだけど」
「じゃあとりあえずこれ持って座ってくれ」
「あ、ココアいれてくれたんだ。ありがとー」
「ストップ!」

飲もうとしたら止められた。そして何枚も写真を撮られた。

「あの…ココア冷めちゃう……」
「ん?あぁ、すまん。飲んでくれ」
「うん…」

飲む姿もカメラにおさめられた。やはり恥ずかしい。

「こうして見ると、普通の女子だな」
「どう見たって元から普通の女子でしょ」
「でも不良スタイルの方が似合ってるぞ」
「嬉しくないけど解ってて言ってる?」

野崎くんとみこりんの中で、私がどんどん不良のイメージで固まっている気がする。私はこんなにも普通におとなしい女子なのに。

「みこりんはどう思う?」
「は?お、俺か?」
「私、不良っぽいのよりもきちんと着た制服の方が似合うよね?」

みこりんは考え込んでしまう。ああ、これで着崩した制服だとかスケバンセーラー服だとか言われたらどうしよう。

「…パジャマの方が似合う」
「みこりん……」
「いやっ、あの、パジャマ姿が一番弱そうっつーか、落ち着いて見える?みたいな」
「…ふーん」

弱そうって何だろう。不良姿だと強そうで怖いからかな。たしかにパジャマの女子とか、攻撃力も防御力も低そうだし。ていうか、男子二人がいる部屋にパジャマの女子一人ってすごく危ないにおいがする。

「あの、もういいかな?恥ずかしいから、自分の制服に戻りたいんだけど…」
「あぁ、いいぞ。協力ありがとな」
「いえいえ」

飲みかけのココアを机に置いて、立ち上がった。が、ズボンの裾が長かったせいか自分で踏んでしまい、バランスを崩して倒れそうになった。
原稿の置いてある机にココアなんて置くんじゃなかったと後悔をし、せめて机にぶつからないように倒れなきゃと気を付けた結果、被害を全てみこりんへ集中させることになってしまった。
思いきりみこりんの上に倒れこみ、みこりんは私の下敷きになった。おかげで私はあんまり痛くなかったけど、みこりんの呻き声は聞こえた。

「野崎っ、原稿大丈夫か!?」
「野崎くん原稿汚れてない!?」

一番心配だったことを口にしてみれば、同時にみこりんも同じようなことを口にしていた。自分や相手の身より野崎くんの原稿の心配だなんて、お互いに馬鹿だな。

「ん?あぁ、大丈夫だ」
「よかった…」

ほっと一息ついたものの、野崎くんのカメラのシャッター音が鳴り止まない。当たり前だが、男女でハプニングを起こしているのだから野崎くんにとってはオイシイ話でしかないだろう。転けたんだから少しくらい心配もしてほしかった。

「いっ、いい加減起きろよ!つーか、原稿より俺の心配しろよ!?」
「ごめん…ていうかそれは私の台詞だよ」

やたらいい匂いなみこりんから体を起こしてみれば、みこりんはいつも以上に赤面していた。恥ずかしい発言をするよりも、女子と密着する方が恥ずかしいということか?みこりんってば、やっぱり純情なのか?

「わ、私、着替えてくる」

みこりんをそのまま放置して、着替えに使っていた野崎くんの寝室へ逃げ込んだ。
私なんかのせいで顔を真っ赤にさせたみこりんが可愛すぎて、私までつられて顔が熱くなった。女の子にちやほやされるみこりんだからこの程度じゃ照れないかなとも思ったのに、意外だった。
顔の熱が冷めなくて、着替え終わってもしばらく部屋を出ることができなかった。

- 8 -

←前次→