みこしばメモリアル


「みこりん、おはよ」

通学時、電車に乗ったら見覚えのある彼が壁にもたれて立っていた。イヤホンをしてスマホをいじっていたから、視界に入るように少し顔を覗きこんで手を振れば、やっと私に気付いてくれた。

「おぉ、おはよ」
「はー、走ったから疲れちゃった」
「別にまだ急ぐような時間じゃねーだろ?」
「まぁね。でもいつも次の電車から混み始めるから嫌でさ」

あのみこりんと一緒に通学だなんて、なんだか信じられないな。友達になる前、一年の時から同じ電車に乗って見かけることはあったが、話し掛けることなんて一切なかったし、おそれ多かった。それなのにこうして普通に話せるなんて、夢みたいだ。

「あれ?みこりんなんで傘なんか持ってんの?」
「は?天気予報見なかったのか?今日雨だぞ」
「なんで!?だって、さっき晴れて、」
「すぐ天気悪くなるってよ」

それじゃあ帰りは確実にずぶ濡れ決定じゃないか。しまった。せめて駅から学校に行くまでは晴れていてほしい。濡れて学校に行くなんて嫌すぎる。

「うわっ」

つり革を持っていなかったせいで、電車の揺れにつられてふらつくし、乗客に背中にぶつかられ、私はみこりんにぶつかった。

「ご、ごめん」
「別に……。危なっかしいから手でも貸してやろうか、子羊ちゃん?」
「……うん」

子羊ちゃんだとかみこりんが本気で言っていないのは解っているが、せっかくだから差し出された手を握った。誰かに見られるかなとか心配もしたけど、雨のせいなのか乗客が増えてきたし、どうせ人陰で見えないだろうと腹をくくった。
それから私もみこりんも無言になってしまい、恥ずかしくて気まずくてみこりんの顔も見られない状態が続いた。電車が揺れるたびにみこりんの手をきつく握ってしまうし、みこりんも気をきかせて手に力を入れてくれる。無言だろうと、優しいことにはかわりなかった。


「降りるぞ」
「あ、うん」

握った手をそのまま引かれて電車を降りた。いつまで手を握ったままなのかと思ったが、降りたらすぐに離された。ですよね。

「あの、…ありがと」
「……礼には及ばねーよ」

改札を出て外に出れば、早速雨が降りだしていた。こんなことならちゃんと天気予報を見ておけばよかった。

「ほら」
「え?」
「入らねーのか?」
「いいの?」
「当たり前だろ。か弱い子羊ちゃんが風邪でもひいたら困るからな」
「う、うん、ありがとう、ありがたいよ、大丈夫だよ」

みこりんが馬鹿みたいに恥ずかしそうに顔を背けて動かなくなるから、軽く慰める。照れるのは可愛いけど、ちょっとだけめんどくさい。

「…行くぞ」

落ち着いたのか、みこりんはやっと傘をさした。登校する他の生徒たちもいるし、みこりんがあのみこりんであることが私を緊張させる。しかしここまできたら入るしかないし、ドキドキしながら傘の下にいれてもらった。
この狭い空間でみこりんと肩を並べて歩くだなんて、他の女の子が見たらどう思うんだろう。私なんかが本当にみこりんの傘に入っていてもいいのだろうか。
色んな考えが頭のなかをぐるぐると回り、軽く混乱しかけていたら、不意にみこりんが沈黙を破った。

「あんまり離れんな…傘そっちやると俺の肩が濡れるだろうが」
「えっ、あ、ごめん。だったら、私の肩を犠牲にしてくれればいいから…」
「寄ればどっちも濡れねーだろ。つか、なんだ、俺に寄るの嫌か?距離とられてるみたいで寂しいじゃねーか」

なんて恥ずかしいことを聞いてくるんだ?と思いみこりんの顔色を伺ってみれば、照れるどころか落ち込んだような表情だった。寂しいとか、恥ずかしげもなく本気で言っていたのか。

「つーかよぉ…お前さ、俺と二人んとき全然喋らねーよな」
「…そうかな」
「佐倉はともかく、野崎とか鹿島とは普通に喋るし」

それはみこりんも同じだろ、と言いたくなる。けどまぁ、みこりんが人見知りなのは知ってるししょうがない。知ってるのに自分から喋りかけない私が悪いな。

「…だって、緊張しちゃうから」
「は?」
「あのかっこよくて大人気な御子柴実琴くんだよ?それと突然友達になれたからって、そんな、軽々しく話しかけるとか、緊張するし、顔見たら頭真っ白になるし、見つめあうと素直におしゃべりできないし…!」

言わばアイドルのようなものだ。決して関わるはずでなかった存在なのにこうして隣に存在してしまっているから、現実味が無くて、何と声をかけていいのかわからなくなる。

「…気に入らねーしいけすかねぇ奴だから、とかそういうわけじゃないんだよな?」
「そんな不良みたいな感じじゃないし、いい加減、みこりんと話すことすら恥ずかしがってしまう普通の女子だってことを理解してほしいよ…」

いつまでみこりんに不良だと思われ続ければいいのだろう。いけすかねぇ、とかそんな言葉使ったこともない。

「手握ったり相合い傘したりはできるのに話すのは恥ずかしいのか?お前の感覚おかしいんじゃねぇの」
「全部恥ずかしいに決まってるでしょう…!状況が状況だからしかたなくやってるだけだよ…」

ていうか手を差しのべたのはみこりんの方だし、傘入れてくれたのもみこりんだし、そんなかっこいいことを難なくしてしまうみこりんの方がおかしい。

「しかたなくとか言うなら、別に傘出てきゃいいだろ」
「…それは、あの、やだよ」
「なんでだよ」

あれ?なんかみこりん怒ってる?私の言い方が勘に障ったのかな。

「せっかくみこりんとお喋りできてるんだから…もっと喋りたいもん。不良だとかいう誤解も解いて、仲良くなりたいし…」
「…だったら、もっと喋れよ。嫌われてんのかと思うじゃねぇか」
「え、あ、ごめん。全然嫌いじゃないよ」
「…あと、人前だと御子柴くんって呼ぶの、何なんだよ。普通に呼べばいいだろ」

いやいや、普通の呼び方が御子柴くんなのでは。みこりん、って呼ばれるの嫌がってたじゃないか。だから人前ではわざわざ御子柴くんって呼んであげたのに。

「なんか不都合なことでもあんのかよ?」
「…不都合、ってことなら、まぁ、女の子たちの目が怖いとか…そのへんかな…」

みこりん!なんて呼んでるところをもし御子柴くんのファンに知られたらどう思われるか。みこりん人気だからなぁ。

「何言ってんだ?京極より怖い目した女子なんかいないだろ」

ははは〜、と軽いノリで言われてしまった。いや、そりゃ目付きは悪いさ。でもそういう意味じゃない。

「最近の、恋しよっ☆読んでてわからないかな?まみこが鈴木と仲良くしてるの見るだけで怒るモブ女子いたでしょ?実際に、私がみこりんと仲良くしてるの見て怒る女子だって居ないとは言えないからね?」

鹿島くんみたいに囲まれることはまず無いけど、みこりんに声をかける女子はたくさんいる。たくさんいるんだから、みこりんに気がある子だって絶対いるはずだ。

「…別に、モブ女子なんか気にしてもしょうがないだろ。俺の世界では俺が主人公なんだから、誰と仲良くするかは俺が決める」
「…それで、他の女子じゃなくて、私と仲良くすることに決めてくれたんだ?」
「…」

自分でもなんか恥ずかしいことを言った気がして、ちらっとみこりんを見てみれば、みこりんは真っ赤な顔をして私を見ていた。

「だっ、誰も、京極一人とだけ仲良くするとは言ってねぇ!俺はっ…永遠の、ラブハンターだからな」
「…はいはい」

もう学校も近かったし、照れているのを慰めずにそのまま流して黙って歩いた。
あの御子柴実琴ということもあり、二人で傘に入っているのを多数の人たちにめちゃくちゃ見られたけど、我慢した。睨み返さなかった私は偉いと思う。


「傘、ありがとね。助かったよ」
「おう。…帰り、どうするんだ?」
「…、一緒に帰ってくれる?」
「そ…そこまで言うなら、しかたねぇな。この俺が教室まで迎えに行ってやるよ」
「ありがとう。じゃあよろしくね」
「お、おう」

帰るときまで、雨が降ったままだといいな。

- 9 -

←前次→