流されて



演習が終わって皆で喋っていたら、「一色さん」と呼ぶ声がした。振り向けば少し遠くであの席官さんがにこにこしながら手を振っていた。

「えっ、本郷さんだ。透ちゃん呼ばれてない?」
「あ、うん、なんかご飯誘われて」
「うっそ!デート!?うらやまし〜!」
「美男美女だ〜」

あの人、本郷さんって言うんだ、なんて考えながら、みんなにまたねと挨拶して本郷さんの元へと駆け寄った。

「お待たせ」
「いえ、みんないたので、全然待ってないです」
「ん、もしかしておしゃべりの邪魔しちゃった?」
「そんなこと!大丈夫です、くだらない話してただけなので」
「そ?ならよかった」

行こうか。なんて言いながら肩に手を回され歩き始めた。それを見てか同期の友達が騒いでいた気がするけど、手を振り払うこともできなくてそのまま歩いた。

「デート楽しみで、お昼からすごく時間長かったよ」
「そうですね、結構時間経ったのでお腹空いちゃいました」
「…、何か食べたいものある?お昼カツ丼食べてたけど、お肉好きなの?」
「はい!」
「はは、元気良い返事」

うっわ恥ずかしい!なんて思うけど、ご飯のことになるとテンションが上がってしまうのはどうしようもない。私の本能だ。
それから気をきかせてくれたのか、焼肉屋さんに連れていかれた。嬉しい。

「一色さん優秀だし可愛いし、モテそうだよね」
「ん…人並みには」
「人よりはモテそうだけどなぁ。学生のとき告白とかされなかった?」
「されたこともありますけど…そんな、そんな多くないですよ」

恋バナは苦手だ。何と言っても私がまだ恋をしたことがないからだ。恋をすると食欲が失せるという話も聞くし、私はご飯を美味しく食べたいから恋はあんまりしたくない。

「付き合わなかったの?」
「そうですねー…勉強でいっぱいいっぱいだったので」
「じゃあもしかして、勉強から解放された今なら付き合えるようになったの?」
「んー…」

そもそも好きな人がいないからそんなのわからないんだけどな。そんなことよりお肉食べたいんだけど食べていいかな。

「お昼にも言っちゃったけどさ、俺一色さん初めて見たときから気になってて、今はもう、好きなんだよ。見た目だけじゃなくて、優秀で真面目なとことか、美味しそうにご飯食べるとことか、友達と談笑してる表情とか、見てたらどんどん好きになっちゃって」

どうしよう、真面目に告白されてしまった。こんなパターンは初めてだ。なんか、大人の余裕みたいなものを感じる。

「彼氏いないなら、俺と付き合ってくれない?」
「彼氏は、いませんけど…」
「もしかして好きな人いる?」
「それも、いませんけど…」
「けど、何?何か、問題ある?」

問題は無い。ただ、私はこの人のこと、何も知らない。

「俺の片想いなのは解ってるよ。でも、付き合ってくうちに俺のこと知って、好きになってくれたらすごく嬉しいし、嫌とかでなければ…どうかな」

嫌ではない。私だって、付き合うってどんな感じなのかなとか、興味くらいはあるし。でも、その一歩を踏み出すのは、知らない世界だから少し怖い。

「初めはさ、こうやって美味しいご飯一緒に食べるとこから始めて、いっぱい話して、仲良くなろうよ」
「……そのくらいなら」
「ほんと!?ありがとう!俺一色さんのこと大事にするよ、これからよろしくね。そうだ、せっかくだから下の名前で呼んでもいい?」
「え?あ、は、はい?」

付き合うところに了承したつもりはなかったのに、なんだか付き合う流れになってしまったのかこれ?私は付き合う前にとりあえず仲良くなるところだけしたかったのに。そんなことを、嬉しそうな笑顔のこの人に告げるなんて残酷なこと、できなかった。


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