埋まらない距離
「メリークリスマス!!」
今日は九番隊の同期たちとの忘年会だった。現世のクリスマスというイベントの真似事なのか、サンタというおじさんの真っ赤な服を着てはしゃいでいる人たちも何人もいた。
「檜佐木くんサンタの服似合わない!あはは!」
「うーっせ!じゃんけん負けたんだよ!」
ご飯を食べていたら寄ってきた檜佐木サンタに爆笑したら、顔面にお菓子を叩きつけられた。
「クリスマスプレゼントだ」
「えっ、私なんにも用意してないよ」
「いいんだよ、サンタは無償でプレゼント配るおっさんなんだから」
そう言って檜佐木くんは他の人たちにも投げ捨てるようにお菓子を配り与えていた。檜佐木くん、自分に利益が無くてもそういうことするとこあるよなぁ、なんて眺めつつ鶏肉を貪った。
「ねぇ透ちゃん檜佐木くんと付き合わないの?」
「え、なにそれ」
「お似合いじゃん」
「そう?」
「あれ、好きじゃないの?」
「んー」
たまに聞かれるこの質問、死神になってから何度目だろうか。檜佐木くんのことは好きだけど、付き合おうとか考えたことはない。いや、皆に聞かれまくったから考えたことはあるけど、付き合ったとして何が変わるというのだろうか。むしろ、何も変わりたくなかった。
「檜佐木くんは透ちゃんのこと好きじゃないかなぁ」
「あ、私もそう思うー」
「だよね〜!」
「うぇーい!」
友人たちは飲酒しながら勝手に騒いでいるけれど、そんなこと私に言われてもなぁ。
「檜佐木くんは大事な友達だから簡単にさわれないの。檜佐木くんにはね、幸せになってほしいし、檜佐木くんはきっと出世するから、もっとすごい女性と付き合ってもらわないと」
「なにそれもったいなーい!出世すると思うなら今のうちにつばつけとかなきゃ」
「やーだ!私は大人しく彼の成長を見守るの」
私なんかが手を出して檜佐木くんの人生を狂わすようなことがあったら後悔で死んでしまう。だから私は付かず離れずなお友達ポジションを維持していきたい。
「あれ?透ちゃんさっきから何のんでる?」
「オレンジジュース」
「せっかくの忘年会なのに!?年忘れようよ!お酒のも!」
「お酒あんまり飲まないから…」
「今日くらいいいじゃん!いっぱい飲んでみようよ!」
「えー」
なんて友達に流されつつ、ご飯とともに酒を追加された。飲まされたカクテルはジュースと大して変わらなくて、ぐびくび飲めた。
◆
「ねぇ檜佐木くん!ごめん、透ちゃんが…」
サンタ役しながらの幹事なんて二度とやるもんかと、帽子を外して床に投げ捨てていたら、女子に声をかけられた。一色に何かあったのかとドキリとして振り返ると、同期の男の膝枕で気持ち良さそうに寝ている一色の姿を見つけた。
「お酒、強くなかったんだね、ごめんね」
「…俺に謝られてもな。起こすわ」
「あ、妬いてる?」
「まさか」
図星でまたドキリとさせられた。まさか俺が、一色が別の男にくっついてるから妬いてると、ばれているだなんて。
平然としたふりして近付けば、一色は寝ていて気付かないし、男の方もでれでれしながら一色の寝顔を見ていてイラついた。
「おい一色」
呼べば男はびくっとしたが、一色の方は「なーにー檜佐木くーん」なんて言いながら枕にしている足に頭を擦り付ける。やめろ、それは別の男だ。
「食後のデザート食うか」
「食べるー!」
「起きろ」
「起きるー!」
一色は起き上がったが、一瞬眉を潜めて、口元を抑えた。
「待て!吐くな!落ち着け!」
「ぅ…」
周りも一色のヤバさを察したのかバケツが無いかとか厠はどこだとか騒ぎ始めた。どうせ歩けないだろうと思って背中を擦っていたら、収まってきたのか眉間のシワは消えた。
「ごめん檜佐木くん…お腹いっぱいだから、デザート食べれないや…」
こいつもしや、酒のせいじゃなくて飯の食い過ぎで吐きそうになってたのか。アホすぎる。
「みんな二次会行くけど、どうする?」
「…檜佐木くん行くなら行く」
「俺は行くつもりだけど」
「えー、帰ろうよお」
じゃあお前だけ帰れよ、なんて冷たいことを言えるわけもなく、ため息が出てしまう。俺はどうしても、こいつに弱い。
「早く寝ていいこにしてなきゃサンタさん来てくれないよ」
「今までもサンタ来たことあんのかよ」
「ないけどでも今年いいこにしてたから突然くるかもしれない!」
頼むから満面の笑みでそんなこと言うな。なんでサンタなんか信じてんだ。
「じゃあ帰るか」
「帰るー!」
「みんな聞いてんだから楽しそうに答えんな」
申し訳程度に叱ってみたが、一色はニコニコしていて何も聞いていないようだった。
「悪い!俺一色帰らせてから二次会向かう!」
「おっ!送り狼だな!おっけー!またなー!」
「二次会向かうって言っただろうが!」
同期のやつらほぼ聞いてんだから恥ずかしいこと言うんじゃねぇ。
「立てるか」
「立つー!」
ばっ!と両手を俺に向かって延ばしてきた。これはどうするべきだ、抱き締めて立たせるのは違うし、ガキみたいに脇に手をやって立たせるのもセクハラだし、手のひら掴むのが正解だよな。
両手を握って力を込めて引けば、ふらふらと立ち上がった。しかしすぐにバランスを崩して倒れそうになったから、しかたなく、しかたなく抱き止めた。
案の定、ヒューヒュー囃し立てられた。
「床が!世界が歪んでる!」
「バカ、歪んでんのはお前の感覚だ」
「え?ちょっとよくわかんない」
これは早く帰らせた方がいいな。
「檜佐木!忘れもの!」
「あ?」
サンタの帽子を投げられたのは解ったのだが、両手が一色で塞がっていたため受けとれず、顔面で受け取った。ずり落ちた帽子は更に一色の頭に落ちた。
「もーらお!」
一色はその帽子をかぶって満足そうに笑った。可愛がりたくなる衝動を抑え、一色を体から離してやっとまともに立たせた。
「じゃーみんな、まったねー!ばいばーい!」
「ばいばーい!」
さっさと部屋まで送って二次会に行こう。行かなきゃ後日ここにいる全員に良からぬ噂を立てられてしまう。俺は構わんが、一色に申し訳なさすぎる。
「…おい」
「ん?」
一色は何食わぬ顔をして俺の手を握っていた。みんな見てるぞ、なんて言っても気にしないだろうし、そのままさっさと居酒屋を出た。
「楽しかったねー!」
「そうだな」
一色は楽しそうに歩きながら、繋いだ手を前後にぶんぶん振った。普段ずっとテンションを抑えていたみたいだったから、ありのままの、昔と同じかそれ以上のテンションを見れてほっとした。
「元気出たか?」
「うん!元気ー!檜佐木くんは?」
「あぁ、元気出た」
なんつーか、一色が楽しそうにしてくれる姿を見るのが、一番楽しくて、元気が出てくる。
「檜佐木くんはクリスマスプレゼントもらえたー?」
「もらってねーよ、サンタだし」
「んーやっぱサンタさんって可哀想だねえ。私が何かあげるよー、何がいい?」
「元気もらったからいいわ」
「えーそれプレゼントにならないよ」
楽しそうな一色と、二人きりで、手を繋いで並んで歩いて、なんてことない会話をして、こんなに幸せなのにこれ以上何を欲しがるって言うんだよ。
「あ、そーだ、冷蔵庫にこっそり食べるようのデザートあった。帰ったら一緒に食べよっか!プチプレゼント!」
「いや、俺二次会行かなきゃいけねーし…」
「えっ、今から私と過ごすために一緒に来てくれたんじゃないの?」
一色は寂しそうにそう言って、ぶんぶん手を振るのもやめて足を止めてしまった。
「帰ったら檜佐木くん行っちゃうなら私帰んない」
「バカ、帰らなきゃ冷えるだろ」
「やだ、檜佐木くん行っちゃうもん」
「あのなぁ…」
そんな顔で、そんな寂しい声を出すな。酔っぱらってるのは解ってる。深い意味が無いのも解ってる。だけどそれは、反則だ。
「…デザート食ったら、ほんとに行くからな」
「わーい!よかった!」
一色はまた笑顔を取り戻し、元気よく歩き始めた。くそ、こんな酔っぱらいに振り回されるなんて。さっき腹一杯でデザートなんか食えねぇって言ったくせに。
「さっきの忘年会さー、楽しかったけどさー、檜佐木くんずーっとふらふらしててしゃべれなかったから、楽しかったけど楽しくなかったのー」
「…そうか」
「だからねー、今すっごい楽しいの!」
ほんとに、一色に酒飲ました奴ありがとう。
「檜佐木くんは?楽しい?」
「あぁ、楽しいよ」
「よかったー!」
俺も、本当によかった。
甘い時間を味わっていたら、一色の部屋にたどり着いた。ここまで手を繋いできてしまったが、隊の誰かに見られたりしてないだろうか。しまった。
「入ってー」
「お、おう」
一色の部屋の中に入るのは初めてだった。ここまで送ることはあったけど、いつもは入り口でさよならだったから。
「はい、お客さん」
ローテーブルの側に雑に座布団を置かれたから、向きを直して腰をおろした。一色は外気に冷やされ酔いが覚めてきたのか、だいぶまともに部屋を歩き回って、暖房をつけたり冷蔵庫を開けたりした。
「デザート!苺のショートケーキ!」
「…一個しか無いのに俺に分けてくれるのか?」
「檜佐木くんだからとくべつー。コーヒーのむー?」
「あ、あぁ…」
さらっとすごいことを言われてドキリとする。特別ってなんだ、どういう意味だ。特別って、特別ってことだよな。
「はい!インスタントコーヒー!」
「わざわざインスタントって言わなくてもいいんだぞ」
「お砂糖いる?」
「いや、いい」
「そっか。それじゃあ、かんぱーい!」
「コーヒーでか。乾杯」
熱々のコーヒーカップをそっと持ち上げて、一色のカップに優しく当てた。
「つーか今日忘年会でたらふく食うつもりだったのに、なんでデザート用意してたんだ?」
「檜佐木くんと食べるためだよ?」
「…この事態を予想してたのか?」
「予想じゃないよー、期待してたの!きっと檜佐木くんならいつも通り送ってくれるだろうなって!でも他の子と帰ることになったらケーキ無駄になっちゃうと思って、1個だけにしちゃったのー」
「…俺のためねぇ」
「そうだよー」
夢じゃねぇのかと思ってしまうが、火傷しそうなほど熱いコーヒーが、これは現実だと知らせてくる。
「食べていいよー」
なんて言いながら、フォークでケーキをすくって差し出してくる。酔っぱらいに振り回されるのも悪くないなと思いながら、そのケーキを口にした。
「うまい」
「よかったー!私も食べるー」
一色はそのフォークでそのままケーキを自分の口へと運び込んだ。間接キスじゃねぇか、なんて童貞みたいなことを考える自分に嫌気もさすが、これはフォークを一本しか用意していない一色がおかしいだろ。
「はい、今度檜佐木くんー」
「…」
しかし文句を言ったらこの幸せを崩してしまう気がして、俺は黙って受け入れた。考えすぎてショートケーキの味なんかよく解らなくなっていたが、ただ、幸せだった。
「苺、どうしよっか」
「苺好きだろ、食えよ」
「んー、でもこれ檜佐木くんのために買ったケーキだもん。メインは檜佐木くんにあげる」
「ほんとは食いたいくせに。フォークよこせ」
俺は一色の手からフォークを奪い取り、苺を突き刺して一色の口にねじこんだ。
「もー!むりやり!」
「うまいか」
「うんー」
苺が美味しいせいで、怒るに怒りきれていないのがおかしくて、つい笑ってしまった。
「どーするの、全部食べちゃったから檜佐木くん二次会行っちゃうじゃん…」
「なんだ、まだ居てほしいのか?」
「うん、だってせっかく、久しぶりに二人でゆっくりおしゃべりできるのにさ、終わっちゃうの寂しい…」
たしかに、いつもはどっかの店で飯食って部屋まで送ってさよならだったから。二人きりでゆっくりできる時間はなかった。休みの日だって、一緒にでかけることもなかったし。
「今さら二次会行ったってもう酔っぱらいのテンションについていけねーよ」
「えっ、じゃあもう行かない?」
「行かない」
「やった!」
俺だって、一色にここまで言われてまで二次会に向かう理由は無い。たまには、幸せに浸ったって許されるだろ。
「でももう0時越えるぞ。早寝早起きするいいこのとこにしかサンタ来ないんじゃねーの?」
「檜佐木サンタがいるから、本物サンタいらなーい」
「そんなこと言う奴のとこには一生本物は来ないだろうな」
「毎年檜佐木サンタが来てくれるならそれでいーよー」
毎年クリスマス一緒に過ごしていいのかよ。俺が特別だからか?本気かそれ?
「…来年も、クリスマス一緒にやろ」
「お…おう、良いぞ」
「やった!じゃあ今度は、ケーキ二個用意しとくね」
「…次も一個でいいけどな」
思ったままの言葉を口から漏らしてしまえば、一色に首をかしげられた。
「また食べさせてほしいの?檜佐木くん甘えん坊だー」
あはは、と笑われたが、それでいい。そう思っといてくれた方が平和だ。
「私ねー、檜佐木くんと友達になれて本当によかったよー。死神にもなれたし、今すごい楽しいし、すごい感謝してる」
「…俺も、感謝してる」
「こんな馬鹿な私と仲良くしてくれて、ありがとね。これからもずーっと仲良くしようね、ちゃんと友達でいてね。 馬鹿だけど、嫌いにならないでね」
馬鹿やろう、ずっと友達でいたくなんかねーっての。
「嫌わねーよ、何があってもな」
例え俺が一色に嫌われるようなことがあったとしても、俺はきっと、一色を嫌いになんかなれやしない。
「んー…どうしよ、せっかくなのに、眠い…寝たくないのに…」
「無理すんな、寝ろよ」
「寝たら檜佐木くん行っちゃう…」
「いや、そりゃそうだろ…」
さすがに、これ以上ここに居座れない。こんな酔っぱらいで甘えたな一色と一緒にいたら、俺がどうなるかわからない。
「布団…は引きっぱなしかよ。運んでやるから」
「わ、」
どうせこの酔い具合じゃ一色は全部忘れるだろうと思い、お姫さま抱っこして布団まで運んでやった。びっくりしたのかしがみつかれて、こっちがドキドキさせられた。
「…おい、離せよ」
「離したら、檜佐木くん行っちゃう…」
布団におろしてやったのはいいものの、一色の腕が俺の首から離れなかった。おかげで至近距離で見つめあうことになり、心臓が口から出そうだった。一色の目は今にも寝てしまいそうなほどとろけていた。
「…離さないと、一緒に寝ることになるぞ」
「離さなかったら…一緒に寝てくれるの?」
「さ、誘ってんのか?」
一色は答えずに、俺を抱き寄せた。覆い被さるように重なった体は柔らかく、小さかった。
「檜佐木くん…」
耳元で名前を呼ぶ声にぞくりとする。酔っているのか、本当に誘われているのかわからない。都合よく解釈していいのだとしたら、俺は一色に触りたい。
「一色…」
控えめに、頬に唇を寄せてみても、嫌がる声は出なかった。でもさすがに無断で唇に触れる勇気はでなくて、代わりに冗談で済むかもしれない胸に触れてみた。手に余るくらいの大きさで、柔らかさも感じられた。何も言ってこないから、死覇装の襟元から手を突っ込んで下着越しにも触れてみた。
「ん…檜佐木くんのえっち…」
「…おやすみ」
「おやすみ…」
余程眠かったのか、おやすみと言っただけで寝始めた。胸に手を置いたままなのに。しかしさすがにこれ以上は今後の関係に響く気がして、服から手を抜いた。
無防備に眠る一色は可愛くて、誰にも渡したくなかった。席官と付き合っていたあの時期だって、死んでしまいたかったほどだった。あいつがクズで、別れさせることができる相手だったことが不幸中の幸いだった。
「…またな」
眠る一色の額にキスをして、俺は部屋をあとにした。
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