覚えられた弱点
清清しい朝だった。一つの疑問は、忘年会に居たはずなのになぜ朝になっているのかということだった。化粧も落とさず、寝巻に着替えもせず、自室の布団で眠っていた。
たしか昨日、友達にお酒をどんどん飲まされて、はしゃいでしまったことはなんとなく覚えている。重たい体を起こして部屋のなかを見渡してみると、ローテーブルに、ものを食べ終えたままのお皿と飲みかけのコーヒー二人ぶんが置いてあった。足元にはサンタの帽子があるし、ここに檜佐木くんを呼んで一緒に食べたのだろう。フォークが一つしか無かったから、もう一本は床に落ちているのかと思って見渡したけど、見当たらなかった。不思議に思いつつ食器を片付けてから、シャワーを浴びることにした。
今日は私は午前休みだけど、檜佐木くんはどうだろうか。普通にお休みかもしれないと思い、檜佐木くんの部屋を訪ねてみた。
「あ?…一色…」
「おはよう檜佐木くん。今日休み?」
「…おう」
「お昼御飯、食べいこ。食べたら私仕事行く」
「…着替えるからちょっとだけ待ってろ」
檜佐木くんは寝起きの顔なのか、三割増しくらいで目付きが悪かった。着替えて出てくる頃には、目付きはいつもの悪さまで回復していたけど。
「お待たせ」
「いいよ、行こ」
檜佐木くん休みなら私も休んでぐだぐだしたいのになぁ。今度休みが合ったら、どこかでかける提案でもしてみようかなぁ。
「…昨日、ショートケーキありがとな。うまかった」
「それはよかった。私こそ、部屋まで送ってくれてありがとね」
「それはいつものことだろ」
「そうだけど。いつもありがとうございます」
部屋まで送ってくれたこと以外に、檜佐木くんが私に何をしてくれたのかがわからないから困る。
「あのー、昨日私酔ってたよね。何か変なこと言わなかった?」
「…変なことしか言ってねーな。覚えてねぇの?」
「お恥ずかしながら…」
「ふーん…」
忘れてしまったせいか、私の罪悪感のせいか、檜佐木くんが寂しそうな顔をした気がした。
「ごめんね、忘れちゃって」
「別に」
「せっかく部屋まで呼んで、二人で会話してたんだよね。覚えておけるなら覚えておきたかったよ…」
忘れてしまったことがもったいない。昨日の私は檜佐木くんと何を話したんだろう。もう一度同じ話をしてほしいけど、檜佐木くんにそんな手間かけさせる訳にもいかない。
「手繋いで帰ったの、覚えてねーの?」
「そーなの!?え、なんで!?」
「お前が握ってきたんだろ、こうやって」
檜佐木くんは私の右手を握ってきた。そんな恋人同士みたいな恥ずかしいことしないでよ、ていうかほんとに昨日私からそんなことしたの。
「嘘でしょ!」
「抱き締めたけどそれも覚えてねーの?」
「し、知らないよ!?なにそれ!?」
「お前が飛び込んできたんだろ」
「うっ、嘘でしょ」
「俺が一色に嘘ついたこと無いだろ」
そういえばそうだった。だから私、檜佐木くんのこと100パーセント信じてるんだった。ていうか仮に嘘つかれてたとしても私馬鹿だから気付かないし。檜佐木くんが本当だと言えば本当になってしまうだけだ。
「…全部忘れたんなら、なかったことにしといてやるよ」
そう言って手を離されて、一気に血の気が引いた。酒なんかのせいで忘れてしまった私が完全に悪いけど、でも、私と檜佐木くんの間にあったことを一つでも無かったことにされるのは嫌だった。
「やだよ、忘れてごめんね?勝手にべたべた触ってごめんね、もう触んないから、怒らないで」
「は?いや、怒ってないからな?」
「…顔が怒ってる」
「元からこんな目付きだ」
「あ、ほんとだ…」
怒ってないと言われて安心してふざけたら、頭を叩かれた。可愛い私の頭を叩ける男なんて檜佐木くんくらいのものだ。
「…ほんとに怒ってない?」
「怒ってねーよ。…酒での失敗なんか誰にでもあんだろ。もうこれから周り見えなくなるほど飲むなよ?」
「はい…」
「…これくらいで嫌わねぇから、安心しろ」
落ち込んだら、めちゃくちゃうれしい言葉とともに頭を撫でられた。嫌われないかなと不安だったから、檜佐木くんの言葉と行動と声と表情が全部嬉しくて、嬉しすぎて泣きそうになった。
「ありがとう、私ずっと檜佐木くんについてく…」
「なんだその感動の仕方。つーか、ついてくも何も、同僚だし、センスは一色のが上だろ」
「そんなことないよ、檜佐木くんすごいから絶対のしあがって私のこと置いていくよ」
「…ずっとついてくるなら俺がのしあがってもちゃんとついてこいよな」
「ついてく!」
檜佐木くんがそう言ってくれるなら、私これから檜佐木くんを支えるためだけに死神がんばろうかな。美味しいご飯食べたいってことしか考えてないとたぶん、ほんとに檜佐木くんに置いてかれちゃいそうだし。
「学生の時みたいにさ、また支えあっていこうね!」
「そうだな」
ばしばしと檜佐木くんの背中を叩いてみたら、優しくぽんぽんと頭を撫でられた。頭撫でられるのが好きすぎてぐっときた。
「なんか檜佐木くん優しすぎて怖いんですけど…」
「どこが怖いんだよ」
「顔とか…」
「元からだって言わせたいだけだよな?怒るぞ?」
「だめだめ!怒ったら更に怖くなっちゃう!透ちゃん泣いちゃう!えーん!」
咄嗟に下手な芝居をしてみたら、ため息をつかれた。ふざけすぎたかな。
「よしよし、泣くな透ちゃん」
めちゃくちゃ棒読みだったけど乗ってきてくれて、優しく何度も頭を撫でられた。しかも名前まで呼ばれてしまい、よくわからない恥ずかしさが込み上げてきた。
「泣いてる子にそんなことしたら惚れられちゃうから気を付けた方がいいと思うよ…!」
「…、なんだよ、惚れたか?」
「惚れてないけど!迂闊に女の子にこういうことしない方がいいよってこと!」
忠告をしているだけで別に檜佐木くんに惚れたりなんかしていない。にやにやしながら聞いてくるのはやめてよね。
「じゃあ一色以外にはしないようにするわ」
「…あ、はい」
私にもしなくていいんだけど、と言おうと思ったけど、私は頭を撫でられたい。欲のせいでうっかり受け入れてしまった。
「いいのかよ」
「え、あ…だって、頭、撫でられるの好きだし…」
そう言うと、檜佐木くんは黙って私の頭を何度も撫でた。人が見てるのにやめてと言えなくて、どうしようもなくて黙るしかなかった。
- 15 -
←前・次→