大切な人



「今日もみんなお疲れ様〜!よくがんばりました!偉い偉い!」

ラビッツのレッスン終わりはいつも、全員の頭をわしゃわしゃと撫でさせてもらっていた。がんばったご褒美だよなんて口実をつけながら、実際は私がそうしたいからしているだけだなんてのは秘密のことだ。

「おれは同い年だからそんな褒め方しなくてもいいんりゃりょ…」
「でもに〜ちゃんだけご褒美無いのはよくないからね?に〜ちゃんも頑張ったんだから、ご褒美!」

照れて呂律の回らないに〜ちゃんはいつもの三割増しで可愛くて、ラビッツと仲良くなれたことを幸せに感じる。

「じゃあ私ここの鍵返してから行くから、みんな先帰っててよ。お家の人が心配するといけないし」
「それはこっちの台詞だぞ。楓は女の子なんだから、 一人で帰らせたらそれこそお家の人が心配する」
「いやぁ、うちは別に心配なんか…」
「そういう問題じゃない。鍵はおれが返してくるから」

に〜ちゃんはこう見えても男の子だ。私の手からレッスン室の鍵を取り上げて、さっさとレッスン室を出ていった。

「昇降口でに〜ちゃんを待ちましょうか。楓さんもに〜ちゃんも、皆で一緒に帰りましょう」

可愛い創くんに柔らかい笑顔でそんなことを言われたら断れるわけもなく、というか断る理由も無いからうなづいて、皆で昇降口へ向かった。

「おやおや!奇遇ですねぇ…☆ 楓も友也くんも子ウサギさんたちも、今お帰りですか?」
「うわあ!出た!」
「お化けじゃないんですから私が学校に出るのは自然なことですよ?」

待ち構えていた渉くんにびっくりした友也くんは、私の後ろに隠れてしまった。

「渉くん待っててくれたの?」
「せっかく仲直りしたんですから、帰路を共にするなどして更に仲を深めようかと思いましてね。子ウサギさんたちまで居るとは思いませんでしたが、久々に友也くんの顔も見られて嬉しいですよ!聞いていますか友也くん?」
「聞いてない!」
「ちゃんと聞いてくれているではありませんか」

最近は北斗くんが忙しいからなかなか演劇部全員が揃うこともなくて、北斗くんがいないと友也くんもあまり来てくれないから困ったものだ。

「今に〜ちゃんが来るの待ってるの。渉くんも一緒に帰る?」
「もちろんですよ、誘っていただきありがとうございます!」
「げっ」
「友也くんったら嬉しいからって汚い声を出さないでくださいね〜?」
「嬉しくなんかない!」

仲が良いなぁと思いながら騒がしいのを眺めていたら、小走りで近付いてくる足音が聞こえた。

「渉ちんの声、だいぶ遠くまで聞こえてきたぞ〜?楓のこと迎えに来たのか?」
「ふっふっふ、また帰りにと言ってあったので、来ないと私が嘘つきだと思われてしまいますからね?健気な忠犬のように朝からここに座って楓の帰りを待ってました」
「それこそ嘘だろ〜」

朝こそびっくりしてしまったが、渉くんがいつも通り元気で安心した。いつも通りの演技をしている可能性もゼロではないけど、いつも通り接してくれるならひとまずそれで満足だ。
それからみんなでおしゃべりしながら電車にのって、私と渉くんは同じ駅で電車をおりた。


「…あれ?渉くんここの駅だっけ?」
「もうひとつ先ですが、楓を家まで送り届けますよ。もう外は暗いのでね」
「そんな、渉くんの帰りも遅くなっちゃうのに」
「私のことはいいんですよ。せっかくこの時間に一緒にいるんですから、そのくらいのことはさせてください」

そういうきゅんとするような優しさを見せられると調子狂うなぁ。

「久しぶりですねぇ、こうして楓と帰るのは」
「そうだね。中学のときぶりかな?」
「ええ、卒業式の前日ぶりですね」

あの時か、と思い出して胸がざわついた。寂しいねなんて会話をしながら渉くんと帰って、まだ明るかったのに家まで送ってもらった記憶がある。そのあと、寂しすぎて部屋でわんわん泣いたことも。

「私、卒業式の日も楓と帰ろうと思ってたんですけれど、式が終わってからすぐ楓を探しても見つけられなかったんです。最後だからこそまた会う約束をしたくて、いつもみたいにまたねって言いたかったのに、言えないまま卒業して、会えないまま高校生活を過ごしてしまいました」
「…たしか私、式が終わった瞬間にダッシュで帰った気がする。誰にも泣いてるとこ見せたくなくて」
「泣いてたんですか?一人で…」

そうだよ、一人でだよ。

「あの頃私の一番の仲良しは楓で、楓の一番の仲良しは私なんだと思ってました。だから、最後に挨拶できなかったのがすごく心残りで、高校も離れるのに挨拶も無しに終わりだなんて、私ったら楓と仲良しだなんてとんだ勘違いをしていたのかなとショックを受けていたんですよ」
「…それは、ごめん」
「今また仲良くしてくれているので、今さら言うことでもなかったんですけど…すみません、変なこと思い出してしまって」

涙を見せたくないなんて理由でとった行動で、渉くんにショックを与えてしまっていただなんて。こうして会うまで、ずっとそんな気持ちでいたのだろうか。
申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまい、何て言葉を返そうか迷っていたら不意に手を握られた。

「責めてるわけじゃないんです。そうやって思ってしまうくらい私にも弱いところがあったりするので、昨日置いてかれたのも、寂しすぎて動揺しちゃったんです。私が情緒不安定だなんて驚きでしょう?笑い飛ばしてくれていいですからね」
「…私も、一番の仲良しは渉くんだと思ってたよ」

そう伝えれば、意外にも渉くんは目を丸くさせていた。

「だから、アイドルになるとか言い出したときも、帰ってから寂しくて泣いてたよ。手の届かない人になって、一緒に演劇できなくなるんだって思って。応援するよって言ったけど、本当はアイドルになってほしくなかった」
「楓…」
「…あ、今は違うけど!あの頃は自分が寂しいのが嫌でそう思ってたけど、今はプロデューサーさせてもらってて純粋に応援してるからね!」

アイドルになってほしくなかったなんて、正直に言いすぎただろうか。渉くんは私を見つめたまま何も言わないから、不安に襲われた。

「私も、楓が立派なプロデューサーになってくれるよう応援しますよ。名残惜しいですが手を繋ぐのはやめておきましょうか。仮にもアイドルとプロデューサーがとんだ勘違いをされても困りますしね」
「う、うん」

そう言いながら離された手は、渉くんの言う通り名残惜しかった。けれどアイドルになる人とそんな恋人みたいなことをしていていいわけがないから何も言えなかった。

「…私本当に嬉しかったんですよ、貴方がこの学院に来てくれて。それに、仲良しだと思っていたのが私だけではなかったと確認できて、今とても幸せです」
「それは、私もだよ」
「…一つ、私と約束をしませんか?」
「何?」

あぁ、もうすぐ家に着いてしまう。まともに会えなかった2年間の隙間を、もっともっと埋めたいのに。

「私きっと、英智に飽きられない限りはアイドルをすると思うんです。学院トップのユニットだなんて枠から飛び出て、英智とならきっともっと上へ行くことになると思います。…もしそうなっても、私の手の届くところに居てくれませんか?」
「…それって、」
「楓がプロデューサーになると言うのなら、プロデューサーとして。もしならなかったとしても、友人として。前みたいに、手の届かない人だなんて思わないでいてほしいんです。私がアイドルの日々樹渉だとしても、私は貴方の日々樹渉です。いつだって手の届く距離にいると約束しますよ」

卒業式の日の私の選択で、渉くんに相当寂しい思いをさせてしまったのだろう。もちろん私だって、大事な友達だった渉くんと会えなくなって本当に寂しかった。

「約束する。渉くんがアイドルになるなら、私はプロデューサーになるよ」
「演劇の方はよろしいのですか?プロデューサーになったら、やる機会が無くなってしまうと思いますが」
「万が一私が女優になれたとしても、毎回渉くんと一緒にお仕事できる訳じゃないしね?プロデューサーになって、渉くんとか皆とお仕事できる方がやりがいありそうだし」
「そういうことなら、応援しますね。一緒に頑張りましょう!」

渉くんのにっこりした笑顔が見られて、ほっとした。それだよ、私はアイドルの皆を、渉くんを笑顔にしてあげたい。

「指切り」
「ふふ、もし私が約束を破るようなことが起きてしまったら針千本を飲んでアイドル辞めてしまいますね」
「こ、怖いこと言わないでよ」

針千本くらい渉くんなら躍りながら飲めそうだけど、そんなことを売れっ子アイドルにさせたら私が殺されそうだ。少し怯えながらも渉くんと小指を絡ませて指切りをした。

「楓のお家はこの辺りでしたよね」
「うん、あそこの角の」
「少し寂しいですが、お別れですね。また明日お会いしましょう」
「うん、また明日ね」

約束をしたからには、私も本気でやらなければならない。渉くんをがっかりさせないためにも、私自身が、手が届かないと諦めて泣いてしまわないためにも。

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