足りない自覚



アイドルは眩しい。それは私がアイドルのことが特別好きで、大事で、愛するべきものだからである。

「あ、宗くん」

昼休みに教室を出たら、ちょうど廊下を歩いていた宗くんを見つけた。いつも部室にばかり居るから、教室付近に居るなんて珍しくて声をかけた。

「おはよ」
「おはよう、もう昼だが今まで寝ていたのかね?だらしない。ネクタイが歪んでいるのだよ」

宗くんはしかめっ面で私に近付いてきて、何の躊躇いもなく私のネクタイをほどき始めた。

「な、」
「身嗜みくらい整えなよ」

こんな皆が普通に通るような廊下で人にネクタイを外されるだなんて思っていなかった。いつも聞いているはずの衣擦れのしゅるしゅるという音がやけに耳について恥ずかしくなる。まるでこれから脱がされるみたいで、以前宗くんの前で肌を晒したことが自然と頭に浮かんでしまう。
戸惑って固まっている間に宗くんの細く美しい滑らかな指先で、私めのネクタイは綺麗に絞められた。

「ふむ、完璧だ」
「はわわ…ありがとうございます…」

ただでさえ恥ずかしい行為をされて顔が熱かったのに、萌えキャラでもないのに実生活ではわわだなんて擬音を口にしてしまったせいで余計に恥ずかしくなってしまった。

「…ところで、今何か製作中の衣装はあるかね?」
「へ?あ、あるよ。UNDEADのやつ」
「放課後それを持って手芸部部室に来たまえ」
「いいけど、なんで…」
「すっぽかしたら許さないよ」

言うだけ言って宗くんは私を無視して去ってしまった。衣装を持っていってどうするんだ、進捗を見て手伝ってくれるのか? まさかあの宗くんが? もしかしてあのときのお詫びだろうか。

「見たよ」
「へ」

廊下で立ち尽くしていたら声をかけられハッとした。顔をあげると、いつも飄々としている薫くんが眉をしかめて私を見下ろしていた。

「斎宮くんも大胆だね、こんな公の場で女の子のネクタイをほどくだなんて」
「…私もそう思います」
「楓ちゃんだって満更でも無さそうだしさ?自分がどんな顔してたか想像できる?」

満更でもないなんて、そんな。いや、たしかに喜んでしまったので否定はできないけど。

「誰にでもそういう顔するの、よくないよ」

薫くんの言う通りだ。女子だから男子に何か言われてされて、振り回されるのはある程度は仕方がない。でもそれ以前に、私はプロデューサーとしてここに居ることを忘れてはいけない。私はちやほやされるためにここにいるわけじゃないんだ。

「ごめん薫くん、不快にさせて」
「え?いやいや、そんな本気のトーンで怒ってるわけじゃないからね?」
「だとしても、言ってくれてありがとう。これからは浮かれないように気を付けるよ」
「も〜〜、真面目なんだから」

お叱りを受けたから心改めたのに、そんな困った顔で頭を撫でられてもこっちが困るんだけど。

「そうじゃなくて…いろんな男が楓ちゃんのこと狙ってるんだから、人前で無防備な姿晒さないでって言いたいの。こうやって簡単に触らせるのもよくないし、あんな照れた可愛い顔、人に見せちゃダメってこと」
「…じゃあ薫くんのこれも拒否することになるけどいいの?」
「俺だけは特別に許してよね。まぁ無防備な方が俺としてはありがたいところでもあるんだけどね」

なんて笑いながら、頬まで撫でられる。それはさすがに恥ずかしくて、薫くんの手を押し退けた。

「残念。でも他の男のことはそうやってちゃんと距離置いてね。気を張るのに疲れたらいつでも俺がハグしてあげるから、いつでもおいで」
「ご忠告ありがとう〜善処します」
「釣れないなぁ」

皆は許してくれるけど、大事なアイドルにそう簡単に触れてはいけないんだ。私だって、大事なアイドルに知らない女がべたべた触っていたら腹が立つ。私が触ってアイドルの輝きを汚すようなことはしてはいけない。アイドルの眩しさは、プロデューサーのものではなくてファンみんなのものなんだから。

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