見えにくい心
「お邪魔します!」
久し振りに訪れる手芸部部室は緊張した。ドアをノックすると、中から扉が開かれた。
「あ、楓さん…って、あ、お師さん、俺この人と喋ってええんやっけ?」
「好きにしたまえ。それより早く、中へ」
「へ?もしかしてお師さんの言うてたお客さんって楓さんのことやったん?」
「その通りだよ、わかったのならお客様に紅茶を」
「はーい!」
すごく間近でみかくんを見てしまった。オッドアイがお人形さんみたいに綺麗でドキドキしてしまった。
扉を閉めて部室に入ると、宗くんは立ち上がり、宗くんの向かい側の椅子をひかれて座るように促された。
『いらっしゃい、楓ちゃん♪』
「うん、お招き頂きありがとう。言われてた衣装、持ってきたよ。宗くん見てくれるの?」
「あぁ、言葉通り見るだけだけれどね。ここにある道具は好きに使うといい」
「あ、ありがとう?」
教えてくれるとかそういうのは無しなのかな。なんだろう、もしかして一緒にお裁縫したかっただけ?宗くんてば仏頂面しておいてそれなら不器用にも程がある。
「楓さんお紅茶煎れたけど、アップルティーで問題あらへん?聞いてから煎れたらよかったんやけど、俺焦ってもうて…」
「大丈夫だよ、ありがとう。いただくね」
「ほんならよかった!お菓子も食べる?俺飴ちゃん持ってんねん。あ、でもお紅茶飲むんなら飴ちゃんは合わへんか」
「影片、君も座りなよ。粗相をしないように」
「んあ〜そうする」
ちょっとだけしょぼんとしながらみかくんは宗くんの隣に腰をおろした。
持ってきた衣装を広げて、自前の裁縫道具を準備した。
「あの…こんなこと聞くのもどうかと思うんだけど、どうして呼んでくれたの?」
「君が衣装製作をしていると聞いたから、腕前を見てやろうと思ってね」
『宗くんったら、楓ちゃんとお裁縫できるの楽しみに待ってたのよ』
「そうなの?それは嬉しいなぁ」
「こら、余計なことを…」
マドモアゼルが教えてくれることが宗くんの本音だとするのなら、ここに呼ばれたことは喜ばしいことだ。
「俺も楓さんとお裁縫できるの嬉しいわぁ。楓さんお人形さんみたいにべっぴんさんやから、お師さんの創作意欲も沸くんちゃう?」
「それはどうだろうね」
「そう言いつつも針より筆のが進んどるみたいやね」
「影片は口ではなく手を動かしたまえ」
「んぁ…」
お人形みたいとかべっぴんだとか初めて言われた。演劇中の姿を褒められることはあっても日常生活の中で容姿を褒められることなんてまずないから、なんだか浮かれてしまいそうになる。
「ところで、最近渉とは話をしているのかね?」
「渉くん?最近教室にもあんまり顔出さないから…あんまり話せてないかも」
「…そうか」
渉くんがどうかしたのだろうか。もしかして宗くん、渉くんに何かあったから私をこうして呼び出したのか?
「なんだか元気が無いようだったから気になってね。原因は君かと思っていたが、喧嘩した訳でないならこれ以上僕から言うことは無いよ」
「え、待って待って、元気無いって、どんな感じの?」
「元気が無いことくらい見ればわかるだろう?まぁ、会って話をしていないならわからないのかもしれないが」
うそ、宗くんてば渉くんの元気の有無が見てわかるの?観察眼がすごすぎる。私ですら何年もかけて仲良くしてやっとわかるようになったことなのに。
「それって楓さんとおしゃべりしてへんから元気無いんとちゃうん?会いに行ったら元気出るんやないやろか」
「確かに、それは一理あるね」
「え、え?渉くんそんなに私に左右されるかな?」
2人はそれで納得したみたいだけど、そんな馬鹿な。教室に来てくれれば会えるのに、来ないから会えないだけじゃないか。
「だって俺がお師さんにしばらく会えんかったら、ずーっと落ち込んでまうもん。同じことやない?」
「…まぁ、君が気にしていないようならわざわざ会いに行くことも無いだろうけどね。あれも子供ではないんだし、会いたいなら自分から会いに来るだろう」
気にしていなかった訳ではない。ただほんとに、みんなのレッスンとか衣装作りとか企画考案とかで予定が詰まりすぎていて、部活に参加できていないだけだ。今日はたまたま空いてたからここへ来ているけど…宗くんから呼び出されなかったらどうしていたんだろう。私は演劇部に向かっていたのだろうか。
「話はそれだけだよ。それと君の手付きを見て解ったが、りゅ〜く……鬼龍に裁縫を習っただろう?あれに教わっているのなら僕から君に裁縫で口出しすることはもう何も無いのだよ」
「よくわかったね?紅郎くんと仲良しなんだね」
「ノン!誰があんな極悪人と仲が良いのやら!寝言は寝て言いたまえ」
食いぎみでノン!と否定され少しびびる。仲良しでもないのに手芸の手付きで師匠が誰かなんて普通わからないだろう。2人で裁縫をしていたことがあるとかそんなところじゃないのか。
「ごめんなぁ、お師さんちょっと地雷が多いんや、堪忍な」
「う、うん」
たぶん英智くんの話とかした日には二度と口を聞いてもらえないだろう。宗くんと話すときは一層話題に気を付けなければ。
「もう用済みだ。後は好きにしたまえ」
「ご機嫌ななめだ…」
『好きにしていいってことは、このまま残って一緒にお裁縫をしてもいいし、仲良しの渉くんに会いに行ってもいいのよ。宗くんったらわかりづらくてごめんなさいね?』
あぁそういうこと?ていうか、渉くんのことが心配だから様子を見てこいってことでしょう。
「宗くん、みかくん、マドモアゼルも、今日は呼んでくれてありがとうね」
「…どういたしまして」
「おおきに」
「また時間あるときに、ここに遊びに来てもいい?」
宗くんは意外と優しい人だから、頷いてくれるだろう。みかくんは「ええで!」と即答してくれた。
「断る」
「うそ!?」
まさかこの流れで断られるなんて思わなかった。
「僕たちは部活動中であって遊んでいるわけではないのだよ。君が転部してくるというのなら毎日でも顔を出してくれても構わないけどね」
「お師さんのいけず〜」
「時間があるなら自分の所属する部活に顔を出しなよ」
宗くんの優しさは遠回りで解りにくい。けれど、友達思いなことは今日で理解できた気がする。
「…わかった、ありがとう。私今から演劇部に顔出してくる」
「んぁ、もう行ってしまうん?」
「影片」
みかくんの寂しそうな表情に引き留められそうになるが、それを宗くんが止めてくれた。
「また来ます!ほんとに、今日はありがとう。活動、がんばってね。お邪魔しました!」
「またな〜」
残っていたアップルティーをお行儀が悪いが一気に飲み干し、みかくんとマドモアゼルに手を振られながら部室を後にした。
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