皆のプロデューサー


「あれ?」

演劇部部室に来てみたはいいものの、そこには誰もいなかった。北斗くん友也くんが居ないのはいつものことだが、渉くんまで居ないとは。授業はとっくに終わったあとだし、さすがにもう帰ってしまったのだろうか。
でもせっかく宗くんからのお招きを途中で抜け出してきたのだから、渉くんに会えないと意味がない。もう勢いで、渉くんに電話した。


『はぁい!貴方の日々樹渉です!』

3コール目でやっと出てくれて、聞こえた声は元気一杯のように思えた。

「やっほー。今まだ学校にいたりする?」
『ふっふっふ…私は今どこにいるでしょう?貴方の後ろかもしれませんね?』
「それは嘘、今部室だけど渉くんしばらくここ来てないでしょ?渉くんの匂いがしない」
『えっ、私ってそんなに匂います?残り香が出るほどに?毎日入浴も洗濯もしてるんですけど』
「冗談だよ」

渉くんの匂いは解るが、部室に居たかどうかまで解るほどきついものではない。テキトーに言っただけのことを本気にされるとこっちが焦ってしまう。

「まぁ、帰っちゃったなら私も帰るけど。ちょっと渉くんと久々にお話したかったなーってだけだからさ」
『…まだ、学校に居ますよ』
「え?どこ?」
『ふふふ、どこでしょうね?』
「うーん…」

周りから人の声はしないから、きっと一人でどこかに居るんだろうけど。でも部室以外で一人で居られて平気で電話できるところって?保健室だとうるさがられるだろうし。

『見つけてください』
「ヒントは?」
『私の残り香を辿ってきてください』

そんなもの冗談なんだってば。文句でも言おうかと思ったけど、電話口から音が聞こえてきた。電話を当ててない方の耳でも微かに聞き取れる、空を飛ぶ飛行機の音が。
渉くんが逃げる前にたどり着こうと思って、電話を切って走り出した。校舎の上の方の階は全て特別教室か部室ばかりなので、渉くんが居るのはきっと部屋の中ではなく、外だ。外なのに運動部の声より飛行機の音が聞こえる場所は一つしかない。

階段を駆け上がって屋上へ行けば、外へ出る扉の鍵は空いていた。いまだ慣れないだだっ広い屋上を見渡せば、木陰のベンチに人影が見えた。

「渉くん!」

駆けよってそのベンチに寝転がる人の顔を覗き込めば、薄紫色の綺麗な瞳と目があった。

「Amazing!まさか本当に見つけてくださるなんて!ご褒美のハグを捧げましょう!」
「わ!」

渉くんは勢いよく起き上がり、私の腕を引いて思い切り抱き締めてきた。逃げ場もなく、渉くんの膝に座ってしまったしされるがままだ。

「2人で会うのは久し振りですね?寂しかったですか?」
「寂しかったのは渉くんでしょ?よしよし」

肺が渉くんの匂いでいっぱいになる。
昼間薫くんに注意されたばかりだと言うのに、拒否できずに渉くんの背中を撫でてしまう次第だ。

「…楓は、寂しくなかったですか?」

答えにくいことを直球で聞かれ、心臓がドキリと跳ねる。

「…正直なところ、寂しいって自覚は無かった」
「まぁ、そうですよね。プロデューサーは毎日引っ張りだこで忙しそうにしていましたしね」
「けど…今日久し振りにちゃんと会えて、すっごく嬉しいのは確かだよ」

明確に寂しいと言う感情があったわけではないから、嘘はつけなかった。だから今の正直な感情を伝えれば、さらにきつく抱き寄せられた。

「あぁもう、私を驚かせるなんて罪な人ですね?忙しすぎて私のことなんてどうでもよくなってしまったのかと思いましたよ。私も、楓が会いに来てくれてとても嬉しいです」
「どうでもよかったらわざわざ探さないよ」

渉くんは嬉しそうにふふふと笑い声を漏らしている。私の一挙一動でこんなにも嬉しそうにされてしまうと、他の皆と同じように距離を保つことが難しく思えてしまう。

「どうやら私、貴方が居ないとダメみたいです。最近どうも調子が悪くて、どうすればいいのか解らずこんなところで雲の流れを見つめていたんです」
「な、何それ、大丈夫?」
「はい!楓が来てくれたおかげでここで無意味に過ごしていた時間に意味が生まれましたからね」

結局会った瞬間から元気だし、元気の無い瞬間を見れなかったから、宗くんが言っていた元気の無い渉くんの姿は私の目では捉えられなかった。

「しばらく…充電させてください。このままで」

渉くんは私を抱き締めたままベンチに仰向けに寝転がった。抱き締められたままの私は、全体重を渉くんに乗せてしまうことになり申し訳なかったが、渉くんの胸から聞こえてくる鼓動が心地よくて、抱き締められる腕を振りほどいてまでどこうなんて気は起きなかった。
しかしよく考えてみれば、前回部室で抱擁された時は演技の一環であったが、今この瞬間の抱擁は渉くん自身の意思なのでは。そう思うと途端に緊張して、動悸がした。

「楓…」

優しく名前を呼ばれながら頭を撫でられて、もう心臓が口から飛び出そうな程だった。大人しくしていても渉くんは何か続きを話すわけでもないし、沈黙に耐えられなくて体を浮かせて渉くんを見下ろした。

「ふふ、こうして見ると私が楓に襲われるみたいですね。食べてみます?」
「ば、馬鹿なこと言わないの!帰るから起きて」

起こそうと思って腕を掴めば、私が腕を引くよりも先に勢いよく上体を起こしてきて、その勢いのまままた私を腕に閉じ込めた。

「あ…甘えん坊」
「すみません、楓が優しすぎるのでつい」
「…なら、しょうがないね」

何がしょうがないのか自分でもよくわからないけど、もうどうにでもなれと思って私からも渉くんを抱き締めた。こっそりと耳を胸元にぴったりと寄せてみれば、私と同じようにドキドキとうるさく鳴っている音がした。

「こんなことするの、最後にしましょうか。私は貴方の日々樹渉なので大歓迎ですが、貴方は皆のプロデューサーです。私だけが特別だなんて、人に知られたら贔屓だ何だと言われてしまうかもしれません」

薫くんに言われたようなことをまた言われてしまった。私が皆のプロデューサーなんてこと、わかってる。簡単に触れられない方がいいのもわかってる、でも、避けたら悲しむこともわかっているのに、拒否なんてできないよ。

「…だったら、私、全員平等に優しくする。みんなの頭撫でるし手も繋ぐしハグもする。それなら、渉くんともそういうことしても皆平等だから構わないよね?」
「とち狂ったことを言わないでください、そんなことをしたらこの学院の風紀が乱れてしまいます」
「じゃあどうすればいいの、私は渉くんと触れあわないようにして、他の皆とも故意に触れあわないようにすればいい?それってすごく、寂しいよ」

渉くんの胸を押して体を離して見上げれば、困惑しているのが見てとれた。困っているのはこっちの方だ。

「すみません、困らせるようなことを言ってしまって…」
「…私こそ、ごめん」

言いようの無い感情が胸のなかを渦巻いて、謝罪以外の言葉が出てこなかった。何を言っても、状況を悪くしてしまうような気がして怖くなった。

「…帰ろっか、暗くなる前に」
「…そうですね。お家までお送りしますよ」
「うん、ありがとう」

さっきまでの熱い気持ちが嘘みたいに冷えきってしまい、泣きそうになった。私はずっと渉くんの応援をしたくて、支えたくて、傍に居たくて、プロデューサーになると決意したのに。どうしてこうもうまく隙間を埋められないんだろうか。


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