彼への想い



「楓ちゃん、お昼一人で食べてるの?」

食堂の隅っこで壁に向かってご飯を食べていたら、ポンと肩に手を置かれた。それから薫くんは自然に私の向かいの席に腰かけてきた。

「顔、死んでるよ?」
「…お昼休憩なので、プロデューサーの仮面を外して休んでたの」
「ふぅん、じゃあ今は俺だけが楓ちゃんの本当の顔を見れてるってこと?特等席だね」

食べている姿を見つめられるのはなんだか嫌で、残りのお米を口にかきこんで食べ終えた。

「プロデューサー業、疲れちゃった?」
「疲れもするよ、薫くんだってアイドルするの疲れるときあるでしょ?」
「ん〜、あんまり?そもそも俺、練習もそんなにしないし、疲れるほどアイドルに専念してないというか」

気楽そうで羨ましい限りだよ。もしかして私も薫くんくらい肩の力を抜くべきなのだろうか。

「疲れたならさ、たまにはプロデューサーだなんてこと忘れて俺とデートしようよ」
「でも私プロデューサーだし…未来あるアイドルとデート写真なんて撮られたらどーするの」
「お堅いなぁ、むしろ誰とでも遊ぶ俺だからこそ気楽にデートできるのに」

それも良くないと思うんだけどな。ほんとに薫くんのこと好きな人が聞いたら卒倒するよ。

「それに、スクープされたら責任もってお付き合いするから安心してよね」
「安心できません」
「だめ?」
「だめ〜〜」

息抜きをすることによりリスクを負うのはよろしくない。気にかけてくれるのはありがたいし嬉しいけども。

「あれっ、羽風先輩やっと楓さんとデートしてるんですか?」
「学校の食堂で相席してるだけのことをデートなんて呼びません」

振り向けばそこには、双子の、え〜っと、ひなたくんかな?

「ひなたくんも一緒にどう?」
「ほんとですか?ありがとうございます、俺ゆうたですけどいいですか?」
「うそっ!ごめん、間違えちゃった」
「うっそ〜〜ひなたで合ってますよ!」

にしし、と笑いながらひなたくんは私の隣に腰かけた。変な嘘つかれるから、失礼してしまったかと思ってびびってしまった。

「ちょっと、なんで楓ちゃんの隣なの」
「え?羽風先輩もしかして、俺に隣に座って欲しかったんですか?も〜、それならそうと言ってくださいよ!」
「いや、やっぱりいい、男に距離詰められても嬉しくないって」

ひなたくんが薫くんの横に移動しようとすると、手でシッシと追い払うようにしたのでひなたくんはまた腰をおろした。薫くんてばあんまり男の子たちと仲良しこよしって感じしないんだよなぁ。

「羽風先輩ひどくないですか?楓さんもそう思いますよね?」
「うん、そう思う。もうちょっと優しくしてくれてもいいのにね〜」
「ほら!聞きました?もっと優しくしてほしいな〜」
「俺は女の子にしか優しくしないの。楓ちゃんだけは特別だよ?」
「あんずさんにもデレデレしてるくせに〜」
「こら」

特別、と言われると嬉しいけども、その優しさは受け取ってはいけないもののような気がする。私が薫くんの特別になってしまったら、私も薫くんを特別扱いしなきゃいけない気がしてしまう。

「その点楓さんは俺にも羽風先輩にも皆にも優しいですよね」
「ありがとう、褒めてもなにも出ないよ〜?」
「褒め言葉じゃないでしょ、皆に優しいってことはそれが普通ってことなんだから、俺がなにも特別扱いしてもらえてないってことだし」

薫くんは拗ねたようにそっぽを向いてしまう。可愛いけれど、言葉は鋭利で私に突き刺さってきた。

「楓さん好きな人とかいるんですか?」
「私は皆大好きで愛してるよ」
「え〜浮気者じゃないですか!皆平等に愛してるのなんて、誰のことも愛してないのと同じですよ」

ぷんっ!とひなたくんまでそっぽを向いてしまう。どうしてそうなってしまうのか、皆平等に扱うのが正しいことだと思うのに、どうしてそれが受け入れられないんだろう。

「…じゃあ、そうなのかも」

私はこんなにアイドルのことを愛しているのに、これは皆からすると愛ではないのだろうか。

「俺が楓ちゃんに愛するってどんなことかを教えてあげようか?」

薫くんはひなたくんが見てることなんてお構いなしに私の手を両手で優しく包むように握ってきた。

「誰にでも優しくしてたら嫉妬しちゃうから、楓ちゃんにだけ優しくするし、楓ちゃんとだけデートするし、手も繋ぐし抱き締めるしキスもするよ。ライブは特等席を用意するし、誕生日もクリスマスもバレンタインもホワイトデーも楓ちゃんと過ごして、これからの俺たちのことを話し合うの。俺とそんな風に過ごせたら幸せだと思わない?」

間近でふんわり微笑まれて、眩しさに殺されそうになる。プロデューサーしていて良かった。ファンになりました。

「俺のことだけ特別に愛してくれたら、他の皆に適度に優しくしても俺は文句言わないよ。誰にどんなに優しくしたところで俺たちの愛には勝てないからね」
「…でもそれ、プロデューサーとしてはだめじゃない?薫くんだけ贔屓だよ」
「恋愛と仕事を天秤にかけるの?両方手にいれた方が幸せじゃない?」

目から鱗な回答だった。やはり私の頭は固すぎたようだし、人と会話をするのは大事だと再認識した。欲しいものを全て手に入れる貪欲さも私には必要なのかもしれない。

「ねぇ、だから、俺は両方手に入れたいよ」

すごく真面目な顔で見つめられてハッとした。もしかして私、口説かれてるのか。気付いた途端に顔が熱くなるのを感じた。

「勉強になります」
「邪魔しないで」

ひなたくんが口を挟んでくれたおかげで薫くんが眉をひそめ、少し笑ってしまった。

「いいところだったのに」
「いや、そんな、だって、困るよ」
「どうして?だって今は皆一緒だから、好きな人いないんでしょ?」

自分の言ったことを返されただけなのに、胸がきゅっと締め付けられた。

「居ても俺ではないと思うので、お邪魔虫は退散しますね。では!」

空気を読んでしまったひなたくんは光の早さで居なくなってしまった。こんな色男とこんな話のときに2人にさせないでほしい。

「ね、ねぇ、もうすぐお昼休み終わっちゃうよ…?」
「いるよね、会えると嬉しくて、目が合うときゅんとして、会話すると胸が高鳴って、触れ合うと体温が上がったりする相手。こうして手を握っても、熱くなるのは俺だけで悲しいよ、楓ちゃんの手は俺では温まらないみたいで」

問い詰められて、動悸と冷や汗が止まらない。プロデューサーの風上にも置けないような私が、恋愛なんかに現を抜かしている暇はない。恋愛感情なんて、知ってしまったらもう後に引けないことくらいは理解できる。

「ファンってね、ガチ恋勢とか居るんだよ。恋愛くらいしておいたほうが、そういうファンの需要を感じ取れるよね」
「それは、一理あるけど、」
「俺じゃだめ?楓ちゃんの好きな相手より、俺の方が上手に楓ちゃんを愛せると思うんだけど」

女遊びをしているだけあるのか、言動の熱量が飛んでもなくて胸焼けしそうになる。ガチ恋勢だったらもう薫くんの虜で逃げられなくなっていたかもしれない。

「…ごめんね、だめ」
「そんなに…、彼のことが好き?」

私の想いなど知らないはずの薫くんに『彼』と言われて、愛しい彼の顔を思い浮かべてしまった。私は彼のことが好きで、もう既に恋をしていたのだと、自覚させられてしまった。

「…意地悪」
「ふぅん…楓ちゃんって、好きな男のこと考えるだけでそんな可愛い顔になっちゃうんだね」

とんでもなく熱い顔を隠したくて、薫くんの手を外させて自分の頬に手を当てると、熱でもあるんじゃないかという程に熱かった。

「悔しいよ、正直」

切なそうにする薫くんを見たら悲しくて、泣きたくなった。

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