ぷかぷか



私は誰も悲しませたくなくて、不快にもさせたくなくて、恋心はしまいこもうと思った。プロデューサーの仮面を被り、それを完璧なものにしようと努力した。
相変わらずRa*bitsの子達の頭を撫でる行為はやめられていないが、それ以外の不要な接触は物の見事に避けていた。というか、今まで確実に行っていたなでなでをやめてあの子達が悲しむ可能性があるからそれだけはやめられなかった。桃李くんが膝に座らせろとか凛月くんが膝枕しろとか抱き枕になれとか言うのは丁寧にお断りしてきたし、紅茶部のクッキー食べさせあいっこも良くないと思って参加もできていない。
皆平等に、と行動すればするほどに、誰のことも愛していないと言ったひなたくんの言葉を思い出して苦しくもなった。


「楓、なにか『なやみごと』ですか?」

気を抜いて歩いていたら、噴水から突然話しかけられた。心配そうな表情で奏汰くんが私を見上げていた。

「びっくりしたぁ」
「ぼくは『ひーろー』なので、なにかあるならいってくださいね。きっとたすけてみせますよ」
「ありがとう、ちょっと疲れてぼーっとしちゃってただけだから大丈夫だよ」

一人でいるとつい気が抜けて、明るい顔を作るのを忘れてしまう。明るい顔って作るものだっけ?なんて考えたくもない。

「このまえ、わたるも『うかないかお』をしてました。だから、いっしょに『ぷかぷか』しようとさそったんですが、ことわられちゃいました」

私は一切教えてもらえていないけど、渉くんも何か悩んでいるのだろうか。そんな素振り見せてくれないから、私から聞こうにも聞き出せない。それに、二人きりで話すのが、少し怖い。

「楓も『うかないかお』なので、『みずあび』しましょう。あたまをひやすと『すっきり』するんですよ、しってました?」

奏汰くんに両手を掴まれて、有無を言わさず噴水の中へと引っ張りこまれた。奏汰くんに覆い被さるように、二人一緒に体のほとんどが水に沈んだ。

「ぷはっ」
「うふふ。みずもしたたるいいおんな、ですね」
「褒め言葉かなそれ…」

毎日奏汰くんが使っているおかげか噴水は綺麗に手入れされていて、水も澄んでいて綺麗だった。

「どうですか、『すっきり』しましたか?」

奏汰くんは柔らかく微笑み、私の濡れた髪を耳にかけてくれる。雰囲気も仕草も全て美しくて、妖精にでも話しかけられているような気分になった。

「…渉くん、なんで浮かない顔なんてしてたのかな」
「わからないです、ぼくもおしえてもらえなかったので。楓はわたるのことがきになるんですか?」
「うん…」
「楓もわたるにおしえてもらえなかったんですか?」

違う、そうじゃない。浮かない顔すら見れていないから、なぜなのかは聞けていない。それどころか、最近は込み入った話もできていない。
力なく首を振れば、冷たく濡れた手で頬を撫でられた。

「なにもしらないのは『かなしい』ですよね。わたるはきっと、楓が『かなしい』ことをまだしらないんだとおもいます。『かめん』でずっとかくしていたら、ふたりともわかりあえない『どうけし』になっちゃいますよ」
「…それは、嫌だな。私がなりたいのは、道化師じゃなくてプロデューサーだもん」
「ぷろでゅーさーの『かめん』もはずさないと、楓が『かなしい』のはつたわらないですよ?」

それもそうだ。プロデューサーとして生活している間は、渉くんと深いやり取りがなくてもfineとのお仕事はできていたし普通に過ごせていたんだから。私が悲しいのは、私自身と渉くんとの個人的な関わりが減ってしまったことだ。

「悲しいなんて言って、渉くん迷惑がらないかな」
「だいじなあなたにいわれることなら、わたるはなんでもうけとめてくれますよ」
「…大事なんて、渉くんが言ったの?」
「それはいわなくても、みていてわかりますよ。わたるは楓がだいすきでだいじなので、楓のおはなしをするとき『しあわせ』そうでした。楓もわたるがだいすきですか?だいじですか?」
「私は…」

言葉にしようとしたら、苦しくて涙が溢れてきた。

「だいじょうぶですよ、『みずあび』したらぜんぶみずにながせますからね」
「私も、渉くんのこと大好き…」
「よくいえました〜。こんどはそれを、わたるにいってあげてくださいね」
「いう〜…」

泣き顔を見えないようにか私を抱き寄せて、そのまま一緒に水に沈んだ。よしよしと頭を撫でられて余計に泣けたが、全て水と混ざってかき消された。

「ふ〜、ずぶぬれになっちゃいましたね?きがえはもってますか?」
「ジャージなら持ってるから大丈夫」
「ふくが『すけすけ』になってしまったので、こういしつまでおくりますね」

奏汰くんの視線の先を私も見てみれば、ブラウスが透けて桃色の下着がくっきりと浮かんでいた。奏汰くんがどんなにぽやぽやしているとは言え、男の子に指摘されてさすがに私も照れてしまう。

「ちあきがたおるをおいていってくれたので、つかってください」

奏汰くんは噴水の脇にたたんで置いてあった大きめのタオルを広げると私に立つように言って、肩にタオルをかけて透けた部分を覆い隠してくれた。

「でも、奏汰くんも拭かないと…」
「ぼくはみずがすきなので、へいきですよ」
「そ、そう?」
「はい。それよりも、はやくおきがえしないと、わるいむしがよってきちゃいますよ」

悪い虫って何のことだろうか。私は奏汰くんに背中を押されて、言われるがままに更衣室に連れていかれ、室内に押し込まれた。

「わるいむしがつかないように、ここでまってますね」
「あ、ありがとう?」

どうやら更衣室の外で待っていてくれるらしい。奏汰くんがそこに立っていたら水溜まりができてしまいそうでどうしようかと思ったが、とりあえずあんまり待たせてもいけないと思い、ブラウスとスカートと靴下を脱ぎ捨てて、急いで全身をタオルで拭いた。
靴もびしょ濡れになってしまったが、裸足に履いて帰るしかない。
濡れた制服をビニール袋に入れてカバンにしまい、上下ジャージを着て更衣室の外にでた。

「お待たせ〜」
「今来たところなので待ってませんよ。さぁ帰りましょうか」
「渉くん!?」
「いい反応ですね〜」

奏汰くんが呼んだのだろうか、驚きすぎて心臓がうるさい。私と奏汰くんが歩いて濡れていたはずの床も全然そんな跡は無く綺麗になっていて、魔法のようだった。

「奏汰ならお友達にタオルを貰いに行きましたよ。楓はどうしますか?部室にドライヤーがあるので、髪の毛くらい乾かしてから帰りますか?」
「…うん、そうしようかな。このまま電車乗るのも気が引けるし」
「そうしましょう、ずぶ濡れのまま帰して親御さんに心配もかけられませんしね」

久しぶりに渉くんと2人になれて緊張する。好きだと言うなんて宣言してしまったから、奏汰くんにこの場を用意されたのだろうか。あまりにもできすぎていて怖いくらいだ。

「髪もだいぶ伸びてきましたね、三つ編みでもしますか?」
「渉くんとお揃いになるね?たまにはしてみようかな」
「お揃い…良いですね。同じがあるのは嬉しいです」

濡れた私の髪を一房とってくるくると捻ったりして遊ぶ渉くんは、全く緊張なんてしていない様子で少し悔しくなってしまった。

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